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2020.06.23

麻酔なしの帝王切開?産後7日間眠ってはいけない?壮絶な出産の歴史から見えた「母は強し」の姿

この記事を書いた人

私情ではございますが、2月に第三子を出産いたしました。第一子が破水・陣痛からの緊急帝王切開だったため、第二子・第三子も帝王切開となり、合計3度お腹を切っております。

現在は医療も発達し安心して出産ができる環境が整っていますが、第一子のときに「生まれるまで何があるかわからない」ということを散々思い知らされたので、この現代社会においても出産は命がけだということを痛感しています。

そこで、ふと気になったのが「今ほど医療が整備されていない頃、女性たちはどうやって出産していたのだろう」ということ。調べてみると「母は強し」を体現するような女性たちの姿が見えてきました。

【縄文時代】土偶に込められた出産への祈り


縄文時代頃に作られていたといわれている土偶。

これまでに発掘された土偶のなかには妊娠している女性の姿や生殖器を強調させた女性の姿を模したものも多いため、「安産・多産を祈願して作られた」という説もあります。

これには、当時の悲しい出産背景があるのです。

明治大学博物館学芸員の忽那氏の「先史時代の“子ども”」によると、当時の女性一人が出産する子供の数は4~5人。
しかし当時の人口は最も多かった縄文時代中期でも26万人止まりで、現代よりも出生率が高いのに人口が頭打ちだったのは多くの子どもが幼いうちに亡くなっていたことが原因といわれてます。

また、縄文時代の年齢別死亡率を見てみると女性は10代後半~20代までがピークという数値も出ているため、出産時に命を落とすことも多かったという見方が濃厚です。

つまり、縄文時代の出産は文字通り「命がけ」。

そのうえ、無事に出産して必死に育てても子どもが亡くなってしまうことも多かったのです。

この背景から、縄文人たちは祈りを込めて土偶を作っていたのでしょう。

【平安時代】源氏物語で垣間見える当時の出産


平安時代に書かれた紫式部の源氏物語には、当時の出産風景を垣間見ることができます。

当時、出産は「穢れ(けがれ)」とされ、白壁や白縁畳の産屋にて白装束に身を包んで出産に臨んでいました。

現代では尊いものとされているので、出産に対する意識が今とはだいぶ乖離がありますね。

そして、葵の上の出産シーンについて「どんな祈祷を施しても物の怪が去らない」といった描写があるので、難産は物の怪の仕業だと考えられていたようです。

ちなみに、当時の出産は「座産」というスタイルが主流であり、産婦は懐抱・腰抱の二人の産婆に寄りかかって座って出産していたのだとか。

出産スタイルを自由に選択できる現代とは違い、横になって出産するのは許されなかったそうです。

【江戸時代】痛みに耐えて孤独な出産

江戸時代は、天井から垂らした綱をつかんで陣痛に耐えました。

平安時代と同様に、産屋や納屋などに隔離して出産に臨んでいた産婦も多かったそうです。

また横浜に滞在していたフランスの海軍士官モーリス・デュバールは、日本政府高官の妻が声を出さずに出産していたことを記述しています。

このことから、当時の産婦は一人寂しく痛みに耐えながら声を押し殺して出産していたことがうかがえますね。

しかも、産後は7日間眠ってはいけないとされていたのだとか。

産後は体力を消耗してグッタリしているのに一週間も眠ってはいけないなんて、過酷すぎますね。

【江戸時代後期】帝王切開が始まる


日本で初めて帝王切開手術が行われたのは、江戸時代後期の1852年。

3日間もの陣痛に苦しんだ末に胎児が死亡してしまい、緊急手術が行われることになりました。

驚くべきことに、なんと麻酔なしでの手術!

現代の帝王切開は基本的には全身麻酔ではなく半身麻酔で、目も見えるし耳も聞こえるし話もできる状態で手術を受けます。

痛みはないものの開腹手術の感覚はじんわりと感じるのですが、麻酔をしないなんて信じられません。

ただ、果敢に帝王切開に挑んだ医師と産婦のおかげで、私のように帝王切開術を必要としている女性にとっての道が拓けたのです。

このことについての詳しい記事はこちらを参考にしてくださいね。

【明治時代~昭和時代】住み慣れた自宅で出産


現代では病院やクリニックで出産する人がほとんどですが、当時は自宅で出産する人が多く、産婆(助産師)の存在が欠かせませんでした。

明治以前に比べると産屋などに隔離されることは少なくなり、自宅の畳の上で出産できる産婦が増えたそうです。
出産環境はだいぶ良くなったものの、不測の事態が起きても対応できる現代の出産現場に比べるとまだまだ不安が残りますね。

いつの時代も母は強し


昔の出産シーンを振り返ると、強い心をもって出産に挑んだ母たちの愛が垣間見えました。

今では「出産」は人生の一大イベントとして喜びの瞬間でもありますが、昔は危険と隣り合わせの命がけのことだったのですね。

そのように頑張って出産を経験した女性たちのおかげで、今の私たちがいると思うととても感慨深いものがあります。

※アイキャッチは『婚礼錦貞女車 七 初産』 鈴木春信 より部分

書いた人

東北で生まれ育ち、現在は東京在住。3児の母として、縁のある土地の郷土料理を食卓に出したり、日本の伝統的な遊びを子どもたちと一緒にしたりしています。着付けを習ったりアンティーク着物を集めたりする趣味がある一方で、相撲やプロレス観戦も大好き。ペットの犬1匹・猫2匹を溺愛しています。