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読み物
Culture
2020.11.23

YouTuberもあっと驚く?江戸時代のトンデモビジネス図鑑

この記事を書いた人

小学生男子がなりたい職業第1位に、「YouTuber(ユーチューバー)」がランキングされて、テレビなどのメディアで話題になりました。有識者からは否定的な意見もあったようですが、子どもにとって憧れの存在であることは確かなようです。アイデア勝負で、自作動画を投稿するYouTuberたち!

実は江戸時代にも、こんな風に自分自身を資本にした仕事が多く見かけられました。なかには、えっ!!とびっくりするようなトンデモ商売も! 「なんでやねん!」とツッコミながらお読みください!

目立ってナンボ!唐辛子売り

現代でも辛いものを好む人は多いですが、江戸の町では薬味の唐辛子粉が大人気でした。きっかけは、当時大流行した蕎麦。江戸時代には3000軒以上の蕎麦屋があったと言われ、ぶっかけ蕎麦の薬味として唐辛子粉が一大ブームになったのです。

そこで登場したのが唐辛子売りです。売り子が「とうがらし、七色とうがらし」と呼声を出して、江戸中を売り歩きました。ユニークだったのは、必ず大きな張りぼての唐辛子を抱えていたこと! 約180センチもの大きさだったそうで、これは目立ちますね! 巨大唐辛子のなかには小袋に入った唐辛子粉が収納されており、中々考えられたパフォーマンスでした。でも、持ち歩くのは、かさばって大変だったことでしょう。


同じ時期、大坂でもうどんの薬味として唐辛子粉がブームになっていました。商人の町・大坂の唐辛子売りは、巨大唐辛子というビジュアルではなく、話術で勝負していたようです。甘辛屋義兵衛(あまからやぎげい)は、客のリクエストに応じて面白い口上を並べるのが評判だったと、都市の風俗の解説書『守貞饅稿(もりさだまんこう)』に書かれています。特別のチップを払う人もいたと言うので、よっぽど面白かったのでしょう。関西のバラエティ番組では、町中のロケで素人相手に笑いを取る芸人が多いのですが、ルーツはこんなところにあったのですね!

こちらの、七味唐辛子の熱い記事もお読みください!!
今、儲かる日本のスパイス!七味唐辛子の名家、八幡屋礒五郎に俺の願いをぶつけてきた。

なんじゃ、コレ?の大道芸!

江戸時代は、町の辻や盛り場で芸を披露して、通行人から見物料をもらう大道芸も大流行しました。現在も見られる皿回し曲芸を披露する者もいました。

『人倫訓蒙図彙(じんりんきんもうずい)』国立国会図書館デジタル

なかには芸を見せてくれるならともかく、首をかしげたくなるような大道芸人もいたのだとか。『掃除しょ』は、竹ぼうきを持って、「庄助しょ、掃除をしょ、朝から晩まで掃除しょしょ」と叫びながら家々の戸口を掃いてお金をもらったと言います。何これ? 芸でもなんでもない!

もっとひどいのになると、気味悪がらせてお金をもらうなんていう強者も! 紙で作った墓石を抱えて、ざんばら髪の顔を出して、「大評判大仕掛けの幽霊でござい」と言っては、お金を請求する『墓所の幽霊』。もう、こうなったらギャグでしかないですね! 商売として成り立っていたとすると、双方の遊びだったのかも? コンプライアンスという考えもなかった江戸時代は、いい加減で大らかだったのでしょうね。

▼「温故知新」先人たちのビジネスモデルを、もっと調べてみませんか?
年間400万人が参拝した江戸のツアー!お伊勢参りを先導した御師のビジネスモデルが凄かった

参考文献:『復元江戸生活図鑑』笹間良彦著 柏書房

書いた人

幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。十五代目片岡仁左衛門ラブ。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。