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2021.08.07

比企局こと「道」とは?人物解説!堀内敬子演じる女性の人生【鎌倉殿の13人予習シリーズ】

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今回解説するのは比企能員(ひき よしかず)殿の妻! 比企局(ひきのつぼね)! ドラマでは「道(みち)」という名がつけられている。

度々言及している通り、当時の女人の本名は秘匿されているので、「道」という名は三谷幸喜殿のオリジナルだ!「比企→引き→潮の満ち引き→みち→道」という連想らしい。比企氏の重要人物には頼朝様の乳母にあたる「比企尼(ひきのあま)」がいるから、区別するために付けられたんだと思う。

おっと、自己紹介が遅れたな。鎌倉御家人・三浦胤義(みうら たねよし)が語る! 令和4(2022)年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』予習シリーズ! オレが何者かは第1回参照なッ!

史料の中の比企局

「道」こと比企局の半生については、史料があまり残されていない。分かっているのは渋河兼忠(しぶかわ かねただ)殿の娘であり、頼家(よりいえ)様の乳母だったということだけ。

ちなみに渋河氏の本拠地は上野国渋河郷(現・群馬県渋川市)。室町以降に詳しい者は足利一門というイメージがあるだろうが、鎌倉時代の渋河氏はそれとは別の地方豪族だった。没落してから領主不在となっていた渋川郷を、足利の庶流が貰い受け、渋川を名乗ったらしい。

鎌倉時代の正室と側室と後家

比企能員殿と比企局の娘が頼家様の妻となり、男児を産むんだが……それによって悲劇も生まれてしまう。どんな悲劇かは比企殿の記事を参照してもらうとして、なぜ比企と北条が対立する事になってしまったのかについて。

当時の「正室」は戦国時代あたりの「正室」とちょっと考え方が違っていて、「正室が産んだ男児が跡継ぎになる」ではなく「跡継ぎを産んだ母が正室になる」というものだった。ちょっとややこしいかも知れんが、それを念頭に置いておいてくれ。

まず頼朝様の正室といえば、頼家様や実朝様を産んだ尼御台(あまみだい=北条政子)だ。尼御台の実家である北条氏は、もともと家格が低かった。だから頼朝様がちょっとでも身分のある家柄の妻に男児を産ませてしまうと、そちらが嫡男となってしまうだろう。そうなったら尼御台はたちまち正室の座から降ろされてしまう。だから頼朝様の浮気を許さなかったんだ。

この辺りの詳細は、和樂webの過去記事にもあるな。
妻の妊娠中に不倫?バレた後も密会⁉︎源頼朝を虜にした美女「亀の前」とは

一方で頼家様の正室は誰かというと……それは分からない。なぜなら正式に跡継ぎが決まる前に頼家様は追放されてしまったからだ。しかし『吾妻鏡』を読むに、少なくとも北条は比企の娘との子が跡継ぎであると認識していたようだ。

そして夫が早く亡くなった場合、正室は「後家」となる。後家の権限はとても強かった。夫の遺産をどのように配分するか、跡継ぎを誰にするかなどを決める権利を持っている。だから頼朝様が亡くなった後は尼御台とその実家である北条が主導権を握っていた。

しかし頼家様の嫡男が比企との子であると決まった後はどうなる? 将軍の正室の座、将軍の後ろ盾の座はごっそりと比企のものになってしまうんだ。

だから頼家様が危篤になった時、北条としては頼家様が亡くなる前に比企をどうにかしなければならなかった。それをドラマではどのように描くのか、比企局……「道」がどう関わるのか。大いに注目だな!

道役、堀内敬子殿について

確実に、強いッ! 小池尼御台に敗けないぐらいの強さを持っているッ! なんなら勝てるかもしれない! そうか~比企が勝者か~……どんな鎌倉になるんだろうか……。って、今回の主役は北条義時だったわ。

「なりませぬ、すべては比企のためにございます」

偶然にも、私の母の名前は三千子(みちこ)
少しだけ、他人ではないような感覚になりました。

NHK_PRサイト 堀内敬子のコメントより抜粋

発表された台詞からして、比企のブレーンになりそうな予感。出番も多いだろうな。史料がほとんどない「比企局」をどのように演じてくれるのか……楽しみだ!

「鎌倉殿の13人」13人って誰のこと? 人物一覧

「鎌倉殿」とは鎌倉幕府将軍のこと。「鎌倉殿の十三人」は、鎌倉幕府の二代将軍・源頼家を支えた十三人の御家人の物語です。和樂webによる各人物の解説記事はこちら!

1. 伊豆の若武者「北条義時」(小栗旬)
2. 義時の父「北条時政」(坂東彌十郎)
3. 御家人筆頭「梶原景時」(中村獅童)
4. 頼朝の側近「比企能員」(佐藤二朗)
5. 頼朝の従者「安達盛長」(野添義弘)
6. 鎌倉幕府 軍事長官「和田義盛」(横田栄司)
7. 鎌倉幕府 行政長官「大江広元」(栗原英雄)
8. 鎌倉幕府 司法長官「三善康信」(小林隆)
9. 三浦党の惣領「三浦義澄」(佐藤B作)
10. 「中原親能」
11. 「二階堂行政」
12. 「足立遠元」
13. 「八田知家」

書いた人

承久の乱の時宮方で戦った鎌倉御家人・西面武士。妻は鎌倉一の美女。 いわゆる「歴史上人物なりきりbot」。 当事者目線の鎌倉初期をTwitterで語ったり、話題のゲームをしたり、マンガを読んだり、ご当地グルメに舌鼓を打ったり。 草葉の陰から現代文化を満喫中。