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国は力で支配することはできるが、人の心は力で支配することはできないんだ。(チンギスハン)
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2022.05.20

1日千人絞り殺す。人口減少社会はイザナミの呪いだった!?「ひねくれ日本神話考〜ボッチ神の国篇vol.9〜」

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夫婦の物語はいよいよクライマックスへ!一体どんな会話を繰り広げるの?

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約束を破った夫・イザナギにガンギレして死のチェイスを始めた妻・イザナミ。
ここでイザナギが踏みとどまって素直に謝れば、直後に起こった悲劇は防げたかもしれない。
だが、イザナギは無情にも二人の間に越えることのできない巨岩を置いてしまった。
完全なる決別の意思表示である。

二人の間に聳える巨石。さあどうするイザナミ!

手弱女(たおやめ)ならばここでよよと泣き崩れただろう。
だが我らがゴッドマザー・イザナミはそんなヤワい人(っていうか神)ではなかった。
「ほお、そうかい。そういうつもりかい。なら、いいよ」と覚悟を決めたのである。
永訣の覚悟を。
せっかくだから、この名場面も原文でお読みいただこうと思う。

おのおの対(むか)い立ちて、事戸(ことど)をわたす時、伊邪那美命言いしく、
「愛しき我が汝夫の命、かくなさば、汝の国の人草、一日に千頭絞(くび)り殺さん」と言いき。

(訳 岩を挟んでお互い面と向かい、別れを言い渡す時に、イザナミは「愛しい私の夫よ。こんなことをするならば、お前の国の人間を、一日に千人絞め殺してやろう」と言った。)

「絞り殺す」のインパクト半端ない!一生使わないと思うけど…

ちょっと待って。
夫にガチギレするところまではいい。
仕返ししてやろうって気分になるのもわかる。
だけど、なんでその手段が「おまえの国の人草=国民を一日千人ずつ殺してやる」なの?
人間、関係なくない??
超とばっちりじゃない???
ていうか、そもそも人間、いつの間に出現した????

人類の存在はデフォルト? 日本神話の不思議な特徴

そう、「人間はいつの間に」も、実は日本神話の特徴の一つだったりする。世界の創生神話にはだいたい「人いかにして生まれしか」が含まれているものだが、我が国の神話ではすっぽり抜けて落ちてしまっているのだ。それまで影も形もなかった人間が、イザナミの超不穏発言において初めて登場するのである。つまり、人類誕生譚は抜きで「人はなぜ死ぬのか」を説明するエピソードだけが記録されたのだ。

確かに、最初の人類といえばアダムとイヴを思い出しますが…

記紀神話の記録者、ここの辻褄が合うようにきちんと補っておこうという発想はなかったのだろうか。神話的跳躍とはちょっと質が違う。設定ミスを、そうとは感じていないような気配がある。
不思議でならないが、我々の先祖にしてみれば、人間が存在するのは自明の理であって、起源神話の必要性になんて思いも及ばなかったのかもしれない。
やっぱりガバガバだ、日本神話。

なんにせよ、はた迷惑極まりないイザナミの宣言に対して、イザナギはなんと答えたのだろう。
やっぱりここは一発「万物の父」としての自覚を取り戻してほしい。
そして、「いや、イザナミ。それでは人間たちが哀れだ。きちんと謝るから撤回してくれ」と頼み込んでほしい。
さあ、どうだ。

ここに伊邪那岐命詔りたまいしく、「愛しき我が汝妹の命、汝しかせば、吾一日に千五百の産屋を立てむ」と詔りたまいき。

(訳 イザナギは返答して、「愛しい私の妻よ、お前がそうするならば、私は一日に千五百の産屋を立てよう」と宣言した)

違う、そうじゃない。
そうじゃないんだ、イザナギ。
千人死ぬなら、千五百人産ませようって発想、完全に間違っている。数合わせしたらオールオッケーではないんだ。アホな政治家じゃないんだから、君は、神として、殺されようとする人々を救わねばならなかったのだ。
ほんともう、マジでなんなの、このお騒がせトンチンカン夫婦。
とにかく、この騒動のせいで、私たち人間は日々大量出生/大量死の運命を背負ってしまったわけである。

ただし、常に出生数が死亡数を上回るから、人口自体は増え続ける、はずだったのだが。
どうやら21世紀に入り、本邦ではイザナギの誓いよりイザナミの呪いの方が力を増してきたらしい。
2021年に政府が発表したデータによると、日本では平均して一日に約3800人が亡くなるのに、生まれてくるのは2400人程度に留まっている。神話では一日500人ずつ増えるはずだったのが、現実では一日1400人ほど減り続けているのだ。ちなみに、平成元年には一日の平均出生数は約3400人、平均死亡数は約2200人だったので、まだまだイザナギの言祝(ことほぎ)が優勢だった。日本が人口漸減のフェーズに入ったのは2008年とされている。

がーん、人口減少は神世の時代から続く呪いのせいだったの????

イザナギとイザナミ・最後の夫婦喧嘩がいったいいつ頃勃発したのかはわからないが、イザナギの言祝の方が先に効力を失ってしまったらしい。しかも、これから先もイザナミ優勢は覆りそうにない。
今からでもイザナギには心からイザナミに詫びてもらい、人口減少の呪いを解くべきだと思うのだが……。

とにかく、我が国の両親神がいかにお騒がせカップルだったかはこれでおわかりいただけたことと思う。
そして、カップルも最後にシングルに戻る、が古代からの国是であることも。
ね、やっぱり「日本はぼっち国」で間違いないでしょう?
なお、この騒動はまだまだ余波が続くのだが、それについてはまた次回。

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書いた人

文筆家、書評家。主に文学、宗教、美術、民俗関係。著書に『自分でつける戒名』『ときめく妖怪図鑑』『ときめく御仏図鑑』『文豪の死に様』、共著に『史上最強 図解仏教入門』など多数。関心事項は文化としての『あの世』(スピリチュアルではない)。

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平成元年生まれ。コピーライターとして10年勤めるも、ひょんなことからイスラエル在住に。好物の茗荷と長ネギが食べられずに悶絶する日々を送っています。好きなものは妖怪と盆踊りと飲酒。