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2022.08.05

あのスサノオも生まれたけれど…長女以外の扱いが雑すぎる〜!「ひねくれ日本神話考〜ボッチ神の国篇vol.14〜」

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日本書紀の、泥沼離婚しなかった世界線のイザナギ・イザナミがSSR級ゴッデスを産んだところまでが前回のお話でした!

▼過去のシリーズはこちら

天高く輝く太陽の神たるにふさわしい女神・大日孁貴(おおひるめのむち)を得たイザナギイザナミの両神は、すっかり感動してますます神生みに力が入った。

あの月神がまさかの名無し⁉︎

そのかいあって次も、大日孁貴には及ばぬものの、やはり身から光を放つ素晴らしい御子が誕生した。月の神である。日本神話が好きな方なら、「ああ、月読尊ね」とすぐに見当がつくだろう。

ところが、である。

不思議なことに、日本書紀はこの月神の名を明記していないのだ。

もちろん、一切記されていないわけではない。月弓尊、月夜見尊、月読尊なんてお名前があるのよ、とは紹介している。ただし、あくまでも「一書にいわく」だ。日本書紀オリジナルの名は、ない。

なぜ?

名前は、とても大切なものなのに。ゴダイゴの名曲「ビューティフルネーム」だって、「名前それは燃える命 一つの地球にひとりずつひとつ」と歌っているではないか。

父母神は、この子の希少性を「日にならべて天を治めさせるべき」と嘉し、できたばかりの天上世界に送るほどには存在価値を評価している。

太陽と月、ものすごく重要そうなペアなのに、扱いが違いすぎる…。


でも、逆に言うとそれだけ。

名付けは親が子にしてやる最初のプレゼントだというのに、それすらしなかったこの父母って一体……。

もちろん、日本書紀製作委員会(仮称)が記録しなかっただけ、っていう可能性もある。けれど、さすがに神名を勝手に不要として削除してしまうとは考えづらい。単に書き忘れた、もないだろう。正史の編者がそこまでうっかりさん揃いだったらビックリである。

ならば、可能性は二つだ。

一、本当に名無しだった。

二、日本書紀がベースにした伝承には存在していなかった月神を、何らかの理由で挿入した。

では、二つのうち、どちらがよりありうるだろうか。

私は二番目なんじゃないかなあと思う。もちろん、ただの勘ではない。後続する「一書」の記述を見ての結論だ。これについては、また改めて触れるとして、とにかく、日本書紀の編者たちは「月神の名は一書から引用すれば十分だ」と判断したわけだ。ここに何らかの理由があったと考えるのは、穿ち過ぎではないだろう。

だが、名無しの月神は能力を認められただけマシだったのかもしれない。

続く二神は、認められもせず、ただ追放されてしまうのだから。

神様残酷物語

え? 続く「二神」? 三貴子誕生の話なのになんで残りが「2」になるわけ? これ書いている人、もしかして算数弱い人? と思われたかもしれない。

だが、「2」で間違っていない。筆者は確かに算数弱い人ではあるのだが、3-1ぐらいはできる。ここは「二神」で合っているのだ。

なぜなら、日本書紀において月神の後に続くのは蛭児(ひるこ)であり、三貴子の一角・素戔嗚尊(すさのおのみこと)はその次、四番目に生まれているのである。

そう、古事記では第一子だったヒルコが、日本書紀では神生みオーラスの三貴子に並ぶ子と位置づけられているのだ。さらに、舟に乗せて海に流し、捨ててしまう結末は同じで、古事記にはなかった背後事情の説明もあるのだが。

その理由がまたひどいのだ。

なんと「三歳になっても立たなかったから捨てた」というのである。

ひっで〜〜〜〜〜


もうむちゃくちゃだ。「お前、いい加減にしろ」アゲインである。

こう思うのは何も私だけではない。平安時代には大江朝綱という公卿が「父母(かぞいろは)あはれと見ずや 蛭の子は三歳(みとせ)になりぬ 脚立たずして」と和歌に読んでいる。ざっくり訳すと「父母は哀れとは思わなかったのだろうか。ヒルコは足が立たないまま三歳になったというのに」。古代の大宮人もこれはさすがにひどい仕打ちだと思ったのだろう。

しかし、神生みフィナーレにまつわる騒動は、これだけでなかった。

最末子である素戔嗚命もまた、父母神にとっては気に入らぬ子だったのだ。

けれども、理由は蛭児とは異なる。

両親が素戔嗚尊を忌避した理由、それはその性格にあった。

日本書紀、夫婦仲は重要視してたのに親子仲は超シビアなのなんでなんと思うのは私だけ?

どんな性格だったかって? それはまた次回!

▼毎月第1・3金曜日に配信!「ひねくれ日本神話考〜ボッチ神の国篇〜」シリーズはこちらからチェック!

書いた人

文筆家、書評家。主に文学、宗教、美術、民俗関係。著書に『自分でつける戒名』『ときめく妖怪図鑑』『ときめく御仏図鑑』『文豪の死に様』、共著に『史上最強 図解仏教入門』など多数。関心事項は文化としての『あの世』(スピリチュアルではない)。

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平成元年生まれ。コピーライターとして10年勤めるも、ひょんなことからイスラエル在住に。好物の茗荷と長ネギが食べられずに悶絶する日々を送っています。好きなものは妖怪と盆踊りと飲酒。