Culture

2023.12.06

夏目漱石『こころ』のヒロイン、覚えていますか? ひとり文芸ミュージカル・源川瑠々子さんインタビュー

古典芸能や舞踊といった日本ならではの様式と感性を取り入れたエンターテイメント「ひとり文芸ミュージカル」。物語の余白をすくい上げ、想像の世界を無限にふくらませる本舞台は、古典文学に心細さを感じている読者を文芸の世界へと誘ってくれます。

女優・歌手の源川瑠々子さんはこれまで夏目漱石、島崎藤村らの作品や万葉集を題材に舞台を重ねてきました。能舞台でミュージカルを上演するという試みにも挑戦しています。12月にはデビュー20周年記念公演として夏目漱石『こころ』のヒロイン〈静〉を主役にした舞台を予定。源川さんに作品の魅力、そして小説では語られなかった静の“こころ”について尋ねました。

【源川瑠々子(みながわ るるこ)】
2003年3月、ミュージカル『もうひとつの、こころ』(原作:夏目漱石『こころ』)でデビュー。本作品はミュージカル評論家・瀬川昌久氏により“ひとり文芸ミュージカル『静-shizu-』”と改められる。2006年6月、バンコク公演を成功させる。2012年『三毛子-みけこ』(原作:夏目漱石『吾輩は猫である』)、2016年『乙姫』(原作:万葉集)を公演。女優と平行して島崎藤村の詩集を歌った楽曲もリリース。和小物作家、二代目卯庵(うあん)としても活動中。

「私」が鎌倉の海岸で出会った「先生」は…… 夏目漱石『こころ』あらすじ

「私はその人を常に先生と呼んでいた。だから此所でもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。」

こんな美しい書き出しで始まる『こころ』は、孤独な明治の知識人の内面を描いた、夏目漱石を代表する作品のひとつです。

書生の「私」は、鎌倉の海岸で眼鏡を拾ったのをきっかけに「先生」と知り合い、奇妙な友情で結ばれていく。「自分は寂しい人間だ」「恋は罪悪だ」そう語る先生は悲しみを帯びた、秘密めいた人物だった。ある日、病の父のもとへ帰郷していた私に先生から遺書が届く。親友Kを裏切り死においやったこと。明治天皇が亡くなり、後をおって乃木大将が殉死した事件。遺書で明かされたのは、エゴイズムと罪の意識のはざまで苦しみつづけ、命を引きずるようにして生きてきた先生の姿だった。

『こころ』を小説ではなく舞台で読みなおす


馬場: 源川さんは静(原作:夏目漱石『こころ』)のほかにも、三毛子(原作:夏目漱石『吾輩は猫である』に登場する猫)も演じられていますよね。夏目漱石の文学の魅力はどんなところにあるのでしょうか?

源川: 漱石先生の作品はなにより日本語の美しさが際立っていると思います。後世の文学にも大きな影響を与えています。でも初演(『もうひとつの、こころ』後の『静-shizu-』)の時には静という女性のことを取り上げている方はほとんどいなかったんですよ。この20年間を振りかえると、世の中も変わり女性に光りが当たるようになり、静の印象も変わってきたように感じます。この作品は今こそ理解しやすいのではないかと思います。

漱石先生はロンドンに留学しているときも、ものすごい数の舞台を観てらっしゃるんですよね。しかもそれを細かく分析して、グラフにしている。その経験が作品に影響していないわけはないので、もしかすると本作にも、まだ私たちの見えない世界があるのかもしれない。それが漱石先生の文学のおもしろさなんじゃないかなって思います。

読書は時代によって見え方が変わってくるし、読者の年齢によっても変わります。人生の経験を積んだあとで『こころ』を読み返してみたら、物語のちがうところに引きこまれるかもしれない。だから文学を楽しむには自分の成長しかないですよね。舞台を通していろんな方たちの刺激を頂くことで、文芸作品の見方が変わっていくように感じます。

語られなかったヒロイン〈静〉のこころの行方 


馬場: 『こころ』では先生が下宿先の娘である静に、親友のKもまた彼女に切ない恋心を抱いています。本舞台の演出家(音楽も担当)である神尾憲一さんは、静を「手ごわそうな女」と表現していました。演じてみて、源川さんは静をどのような女性だと思われましたか?

源川: 静は明治時代の女性です。明治の終わりを描いた『こころ』には明治天皇の崩御、乃木希典の殉死と奥様の静子さんに対する漱石の思想があるように思います。そういう意味でも静子さんの存在は意識しつつ演じています。でも当時の、一歩引いたつつましやかな奥さんのイメージだけではない一面も見え隠れしている。

私は明治女性と今の女性って共通する部分がすごくあるように思うんです。個を大事にしているようでありながら、周りとの調和もすごく敏感に感じ取っているところが似ているんじゃないかなって。SNSを見ていても、今の若い子の方が明治女性の気持ちがわかるんじゃないかな。

馬場: 私は静を自然体でコケティッシュな女性だなと感じました。健全で、自然体で。もしかすると無邪気な女性なのかなって。

源川: 『こころ』の三角関係図でいくと、静は恋に対しては真っ白な心もちだったんじゃないかなと思うんです。グレーでもなく、黒でもない。真っ白。Kにたいしての恋心は持っていなかったと思うんですよね。そもそも先生のことしか見てなかったから、先生のお友達だから親切にしていたのかな、って。

舞台のために、本の中から静に関わる台詞をすべて抜きだしたことがあるんです。そうしたら膨大なページ数になってしまって。そこで、はっとしたんです。静さんは明治の女性だから、静かで無口で、まわりで事件が起きているだけって思い込みがちなんだけれども、思っていたのとちがうなって。

馬場: このあいだ改めて読み直して、私も同じように感じました。静がこんなに印象的な女性だったなんて驚きです。「先生」と「K」に気をとられていて、静のことは亡霊のようにしか覚えていなかった。

源川: 思いこみですよね。昔の女性、っていう思い込みが私たちの中にあるのかもしれません。じつは静はすごく重要な言葉を話しているんです。

馬場: 静は先生の死をどのように受け止めたと思いますか?

源川: 皆さんそれぞれの読み方をされていると思いますけれど、私は漱石先生がこの本を売り出すときにいった「人の心を知りたければこの本を読め」という言葉が、どういう意味で口にされたのかが知りたくて。物語は先生の遺書を読んでいる書生の姿で終わります。二人がそのあとどうなったのかはわからないですよね。小説の「その後」は描かれていないけれど、このあと静は先生の死に向き合わないといけないじゃないですか。そこを皆さんが今回の舞台を観てどういうふうに見えたかが知りたいです。

たった一人の主人公のこころと向きあう「ひとり文芸ミュージカル」


馬場: 源川さんの舞台はすでに何作か観ているのですが、ずっと気になっていたことを聞かせてください。どうして「ひとり」なんでしょうか?

源川: それはきっと、ひとりきりの静を観たら分かるかもしれません。ひとりだからこそ皆さんの想像がふくらむんじゃないかな、と思います。今、私は能の精神に強く惹かれています。能舞台の形式で演じているので、所作だったり立ち位置だったりを取りいれています。能ではシテ(能における主役)が基本的に一人で進行していきます。「ひとり文芸ミュージカル」は、そのミュージカル版といえます。

馬場: 登場人物が語ろうとしていることに観客がゆっくりと時間をかけて向き合う。とても贅沢な物語の楽しみかたですよね。たった一人の肖像を追いかけるわけですから。

源川: 小説だとしたら読者に委ねている「余白」の部分、行間でなにを感じるかが小説のおもしろさであり、本の楽しみ方だと思います。「ひとり文芸ミュージカル」も、ないけれど見えてくるものがある。観ているお客様の心がなにを思い描くかにゆだねています。だから本との相性がいいのかなと思います。

今は、ある意味すべてを説明をしてくれる時代といえます。自分の想像力が動かないから本ばなれが進んでいるのかもしれません。読んでもつまらないと感じるのは、本の中で自分の想像が羽ばたかないからでしょうか。

馬場: もしかすると、とても窮屈な読書をしているのかもしれませんね。

源川: いろんなことが起こるから心が疲れたり、考えを放り出したくなることはたくさんあると思います。だからこそ舞台や本をあらためて見直して、大人が提示していくというのは、これからの子どもたちの心の豊かさとか想像力を拡げていくためにも大事になるんじゃないかなって思います。古典もそういう意味でこれからの私たちの未来づくりに欠かせないものなんじゃないかな。

源川さん流、古典文学の読み解きかた


馬場: 古典文学は堅苦しい、難しいと思われがちです。源川さんはもともと本がお好きなんですか? どのように古典文学を楽しんでいるのかお聞きしたい!
 
源川: 文芸ミュージカルをしていると読書家と思われがちなんですけれど、もともと体育会系で本を読む子どもじゃなかったんです。国語の授業も苦手でした。だからこうして文芸作品を演じている自分が考えられないくらいです。

私は舞台を通して古典文学に触れていますが、演じていても分からない部分はあります。だから本屋さんをめぐって「こころ」とつくものはもう全て、というくらい手にとって読みました。私は『こころ』をどう感じるのか、どういうことが書いてあるのかを知りたかったんです。

読み解くために専門家の力を借りることもあります。ただ物語を読むだけではなく、時代背景を知るとより楽しくなります。「ひとり文芸ミュージカル」は、そのためのツールとして活用できるかもしれませんね。

馬場: 『こころ』での静はいわばサブキャラですが、語られなかった登場人物に焦点を当てることで新しい視点、新しい物語が生まれる。だから「ひとり文芸ミュージカル」をはじめて観たときは衝撃的でした。それを踏まえて、原作をもう一度読み直したくなります。

源川: 本舞台の原作、夏目漱石の『こころ』はもともと『遺書』という題名だったんですよ。なぜかというと乃木大将の殉死による後追い自殺が増えたんですって。その風刺として本作を漱石は書いたそうです。そうした背景をみると、漱石がほんとうはどこに視点をあてて書いていたかというのが見えてきます。そうなると、静の役割がすごく大事になってくる。私は作品よりもまわりの人物像だとか時代性が気になってそちらを調べちゃうんですよね。背景を掘り下げないと作品の本質には突き当らないんじゃないかって。でもそうして、ふたたび作品に戻ってくるんです。

※ 関連情報
ひとり文芸ミュージカル『静-しず-』
【原 作】 夏目漱石 「こころ」
会場:日本橋劇場(日本橋公会堂)
日時:2023年12月12日(火)13:00開場 / 13:30開演
出演:(静)源川瑠々子/(後見)敷丸
関連サイト: https://www.maruru.tokyo/shizu/

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馬場紀衣

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。
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