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伝統の「カミ」技で大相撲を支える、床山の世界 ~特等床山・床鶴氏インタビュー・前編~
床山冥利につきる横綱の大銀杏
三年間の見習い期間が終わるとともに、所属する部屋の関取に“大銀杏”(おおいちょう)を結ってきた床鶴さん。髷の美しさはもちろんですが、大銀杏には力士の頭をケガから守るという役目も。頭にぴったりと張り付き、多少の動きでは崩れないように仕上げていきます。本場所の初日に大銀杏を結う際は、気合が入ったと言う床鶴さん。
「見た目の美しさはもちろん、頭を守る役目もあるために、大銀杏を結うときは常に緊張感がありますよ。何人もの関取衆を手掛けていたときは、同じ髪型とはいえ、頭の形、顔の大きさ、が異なるでしょう。ひとりひとりバランスを考えながら結っていましたね。大銀杏で肝心なのは、根揃いという髷の根本づくりです。それを頭のどのあたりに据えるかが重要。前から見えないといけないし前すぎると恰好が悪い」
限られた時間内に仕上げるために、経験豊富な床鶴さんも本場所15日間のうちきれいな仕上がりだと思えるのは3日ほどだそう。音羽山親方の71代横綱・鶴竜の大銀杏も手掛けていた際は、テレビの大相撲中継で髷の様子を確認していたと言います。「床山は部屋に所属する力士の髷を結うために、特等床山であっても、横綱の大銀杏を結えるわけじゃない。横綱の大銀杏を結えるのは、すごく幸運なことです。いかに横綱を美しくみせる髷に仕上げるかを考えていました」
床鶴さんによる見事な“ちょんまげ”の結い方
床鶴さんに普段のちょんまげを結っていただきます。モデルは音羽山部屋に所属する三段目力士の鋼(はがね)さんです。髪を3分ほど揉んで、びんづけ油を手にのせて髪に伸ばしたかと思うと、さっと元結をかけてキュッと縛って、束ねたちょんまげを頭の右側に置いて完成。その時間わずか3分ほど!? 髪のクセをとるためのクセもみ時間がかかる力士でなければ、「大体、5分ほどで仕上がるかな」と床鶴さん。そのすごい手技や工程をご覧ください。
長年、床鶴さんに髷を任せる鋼さんは「床山さんによっては、頭や顔が引っ張られる感覚になることも。床鶴さんの場合は、髪や頭皮が痛いと思ったことがなくて、引っ張られている感もないのに、稽古しても崩れることがあまりない」と、信頼を寄せます。
仕事道具は四種類の櫛と個性が光る手製のマゲ棒
床山の主な仕事道具といえば、櫛とマゲ棒です。ちなみに櫛は、四種類揃えています。ひとつは、「すき櫛」。汚れやフケなどを落とす櫛です。歯元に髢(*かもじ)をつけて、これで汚れを落とします。びんづけ油をつけた髪のもつれなどをほぐす「荒櫛(あらぐし)」、さらに細かい目の「そろえ櫛」、また大銀杏で使う「前かき櫛」などがあります。昔も今も床山の入門時に、仕事道具は一式支給されるそうです。
「力の入れ具合がわからずに櫛を折ることもあるために、入門時には先輩床山が使っていた古い櫛を渡します。櫛の耐久年数?それは仕事する力士の人数にもよるかな。井筒部屋に35名の力士が所属していたころがあって、そのころは一年半から二年ほどでダメになっていたね」と床鶴さん。
ちなみに床山が使う櫛は、すべて名古屋の櫛留商店で手掛けたもの。「部屋の寺尾関(故・錣山親方)が名古屋場所のたびに、『鶴ちゃん、櫛買いなよ』って新しい櫛を買ってくれていました。なんだか懐かしいね」
また櫛とともに重要な仕事道具がマゲ棒です。大銀杏には欠かせないマゲ棒は、なんと床山各自のお手製です。ピアノ線や畳針、自転車のスポークなどの金属を削ってつくります。床鶴さんのマゲ棒ですが、本人曰く「何かの金属」を研いでつくったもの。柄の部分はボールペンのグリップ部分を活用しています。凹凸があって指が滑らないので重宝しているそう。元結は長野県飯田市で、独特の香りのびんづけ油は、都内の工房でつくられています。ちなみ元結をキュッとひっぱる奥歯も大事な仕事道具。「毎食後の歯磨きぐらいだけど、今もすべて自分の歯です。大事にしないとね」
日常から土俵まで、力士を髷で支える究極の裏方
巡業前に部屋を訪れた大関・霧島関に頼まれて、取材中に急遽ちょんまげを結うことになった床鶴さん。「大関は髪が豊かだから中ぞり(*)をしています。またクセもみにもちょっと時間がかかります」。大関と世間話をしながら髷を結う床鶴さんですが、勝負がかかる本場所中はあまり力士に話しかけないようにしているそう。「力士が話をはじめると勝敗には関係ないような話をしますけどね」
勝負に向かう緊張の瞬間も、リラックスしたひとときも、力士を髷で支える床山。髪の調子で力士の勝敗を感じるものですか?「毎日髷を結うだけに調子がいい・悪いを感じとりはする。だけど髪のツヤやハリは、勝敗にあまり関係ないかな。ただ上り調子の力士は、髷を結って立ち上がった背中がぐっと盛り上がっていて、大銀杏越しにオーラが出ているのは感じます」
昔は「見て学べ」と言われた床山仕事ですが、今では技の継承にも力を入れています。そのひとつが床山会が開催する年二回の「床山講習会」。講習会を開くことによって、一門によって髷づくりなどに多少違いもあることがわかり勉強になったと、床鶴さん。「今の若い床山は、一門のやり方だけではなく多くの先輩床山のお手本を参考にして、自分の技を磨いてほしいです」
床山は五等から特等までの階級制ではあるものの、等級で髷を結うわけではありません。「等級に関係なく大銀杏を結う機会が訪れることはある。だから常に練習を重ね、そこに自分なりの工夫を凝らし、髪を結う技や美意識を高めていかなくてはいけない。自分の手掛けた髷とともに成長する力士の姿は、仕事の歓びややりがいかな。行司や呼出しとは違って、床山は土俵にあがることはない究極の裏方だけどね」
力士を力士へとたらしめる究極の裏方職人・床山。受け継ぎ磨いてきた伝統の技で大相撲を支えています。
撮影/梅沢香織
▼大相撲関係者インタビュー記事はこちらにも。
美しい所作、鋭い眼光、響く声。木村容堂さんに聞く、大相撲「行司」の世界・前編
大相撲の人気呼出し・利樹之丞さんインタビュー!呼出しとはどんな仕事?(前編)
参考図書■
知れば知るほど行司・呼出し・床山(ベース・ホールマガジン社)
支度部屋での大相撲五十年 床山と横綱(新潮社)
大銀杏を結いながら 特等床山・床寿の流儀(PHP)
大相撲(小学館)