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2024.07.05

相撲の土俵は誰がつくっている? 呼出しの最高位“立呼出し”次郎の仕事・後編

江戸時代より裁着袴姿で大相撲を支える呼出しの仕事。その最高位である、立呼出しの次郎(じろう)さんがお得意とする土俵づくり、また装束や仕事道具についてお話いただきます。呼出しの世界・前後編の後編です。

前編はこちら

機械は一切使わない呼出し総出の土俵づくり

土俵まわりでさまざまな仕事を行う呼出しですが、土俵そのものも呼出しがつくっています。土俵づくりを「土俵築(どひょうつき)」といい、年6回の本場所をはじめ巡業先各地、また年3回の東京場所の際に各相撲部屋で必ず行われます。本場所の土俵築は、呼出し総出で3日間かけて仕上げていきます。土俵づくりの名人として知られる次郎さんは、長くその監督を務めています。

「昔のように土俵の割れや崩れは少なくなりました。保水率や水分量など数値化して安定的にいい状態の土が届くようになったから。俵は長野県は上伊那郡でつくっているものです。それに玉砂利などを詰め込み相撲俵にしていきます。こちらも丈夫でキレやほつれが少ない。いろんな人のおかげでいい土俵ができる」と、次郎さん

「1日目は古い土俵を崩し(国技館の場合)、新たな土を入れて台形状の土俵をつくっていきます。2日目は上部や側面を搗いて叩いて硬く平らに仕上げていく。そこに五寸釘を使ってぐるりと円を描き入れて、円周に沿って俵を埋めていきます。水桶の置場をつくったりもする。3日目は、総仕上げですね。土俵の屋根に水引幕や四方に房を取り付けます。また側面の上がり段の表面をきれいに整えていく。土俵づくりは、すべて手作業で行います。私たち世代は、もう指示する側だけど(笑)、若い世代に頑張ってもらっています」

スコップに、クワやタコ、タタキなどの道具を使って、手作業で行います。俵を埋め込む道具として、ビールの空き瓶を活用するのは有名なお話。メーカーも決まっているそうで、今でも土俵づくりには欠かせません。土俵に使用する土は、もともと東京は荒川区荒木田地区で採れていた「荒木田(あらきだ)」です。今は東京では採れなくなったため、主に埼玉で採っていると次郎さんはいいます。

「粘土質できめが細かくて、ほどよくしまったいい土です。水気を逃がしつつ、乾燥しすぎないため、足が滑らずにしっかり踏み込める。力士からも好評でね。当初は国技館だけでしたが、今は大阪、名古屋、九州と本場所はすべて荒木田を使っています」

一日に何度もメンテナンスする土俵

土俵築は細かいマニュアルがあるわけではなく、先輩の姿を見て学び、それを後進へと伝えてきたそう。
「積み重ねてきた技や新たな工夫を凝らして呼出し一丸となって土俵をつくりあげていく。つくり終えるとみんなが達成感に満ちた顔をしていてね。呼出しのチームワーク? うん、いいんじゃないかな。いい相撲をとって欲しいと願いながら、毎回新たな土俵をつくっています」

各相撲部屋や地方場所の稽古土俵は、呼出しが中心となり力士とともにつくる。巡業先では会場にあわせて型枠で底上げしてつくることも。「巡業先では、呼出しを中心に地元ボランティアさんの力もお借りしてつくっています」と次郎さん。

また土俵づくりもさることながら、場所中のメンテナンスも大事な仕事です。特に本場所中には若手呼出しが早朝から会場に出向き、土俵を掃いて水を撒き、割れや崩れがないかを確認。また取組の合間には土俵の砂をならし、蛇の目(*1)を整えます。すべての取組が終了すると力士の手がつくために薄くなる白の仕切り線(*2)を必ず塗りなおしています。

*1 土俵外側に敷かれた砂の部分。力士の踏み越しや踏み切りを確認するためのもの
*2 力士が仕切りを行う線。線より手前に出て仕切ってはいけない。幅6㎝×長さ70㎝の白いエナメルペイントで塗られている

“柝を入れる” ことで生まれる緊張感と高揚感

また呼出しは、取組進行も担っています。それは呼出しの仕事道具、拍子木を使って行います。進行に合わせ拍子木を打つことを「柝(き)を入れる」といい、一日の流れのなかで何度も入れます。最初の取組がはじまる30分前、力士が控えている東西の支度部屋で入れます。これが「一番柝(いちばんぎ)」。そして取組開始15分前に同じく入れるのが「二番柝(にばんぎ)」。そして花道の力士を土俵へと呼び込む、「呼び柝」を入れます。

10年ほど使っている名入りの拍子木は、艶がでるように時々磨いている。「正絹の紐を購入してつけました。袋はね、女房が縫ってくれたものです」

柝が入ることで、力士の心と体は戦闘態勢へ切り替わります。また高らかな音は力士だけでなく、観客にも緊張感や高揚感をもたらします。十両や幕内、横綱土俵入りにも柝が入ります。そして取組後の弓取り式が終わると、最後の「あがり柝(跳ね柝)」が入って、打ち出し(終了)となります。「立呼出しの柝入れは、横綱土俵入りと顔触れ言上のとき。あとは初日と千秋楽の協会ご挨拶のときも立呼出しが柝を入れます。館全体に響き渡るように入れています」

呼出しの拍子木は、すべて桜の木でつくられています。呼出し会では2本所有しているものの、基本的には自身が誂えたものを使っています。次郎さんの拍子木は、富山県魚津の相撲甚句会より贈られたものだそう。「音がよく響くので、とても気に入っています。来年、引退したら後輩に譲ろうかなと思っています。普段の生活で使わないからね(笑)」

横綱や大関から贈られた装束に四股名を刺繍する粋な心意気

呼出しの装束といえば、キュッと足元を絞った裁着袴(たっつけばかま)です。江戸時代からほぼ変わらぬ、動きやすさを兼ね備えた粋なスタイル。いただきものや贈り物も多く、横綱や大関へ昇進する際には、呼出し全員に揃いの裁着袴を贈る習わしがあるそう。贈られた裁着袴には謝意を込めて腰板部分に、送り主の四股名を刺繍するのがお決まり。相撲界らしいどこか粋な心意気です。

豊昇龍から贈られた裁着袴は、四君子を中心した古典的な草花紋。華やかな吉祥紋様は存在感を放つ着こなしに

撮影のために次郎さんが揃えてくれた装束は、品のある涼しげな絽の着物と豊昇龍から贈られた裁着袴。そこに一門の若手呼出したちから還暦祝いに贈られた赤の帯を合わせ、洒脱な着こなしを披露してくれました。
「本場所では協賛企業名の入った着物ですが、相撲協会や部屋の行事は自前の着物と合わせます。呼出しの装束は、ひとりで着ることができる。こうやって着物の上から裁着袴を履いて、紐をキュッとしばってね。足元がのぞくと格好悪いから長めの地下足袋をはきます。慣れたら5分ほどで着替えられますよ」

まずは着物を着ます。着物の上から裁着袴をはき、足元をとめていく。最後に地下足袋をはいて完成。裁着袴は膝から下を細く仕立てて、ふくらはぎにぴったりあわせるのがお決まり。そのため呼出し一人ひとり採寸をして、完全なオーダーメイドで仕立てている

18歳でこの世界に入って46年、立呼出しとしての役割や思いについて訊ねると、「立呼出しへの昇進はうれしかったです。能力があっても、長く勤めていても、誰もがなれるわけではないからね。だからこそ求められる役割や仕事に誠意をもって取り組むだけです。真面目に、コツコツとね」と、次郎さんは言葉を選びながら丁寧にこたえます。

日刊スポーツ新聞社・佐々木一郎氏が相撲部屋を描いた『稽古場物語』では、春日野部屋の持ち味を“稽古熱心、真面目でどこか人がいい。春日野部屋の力士と親方に通じるカラーだ”と述べています。その言葉は春日野部屋の立呼出し・次郎さんにも通じるものがあります。
来年の1月場所が終わると定年退職となる次郎さん。“仕事熱心、真面目でどこか人がいい”立呼出し次郎は、相撲人生の結びまで土俵まわりをしっかりと支え続けることでしょう。

「名古屋場所ももうすぐだね。春日野部屋では、五月場所に栃大海が新十両に昇進したので七月場所も楽しみにしています」

呼出しのはじまりは、相撲の起源「相撲節(すまいのせち)」にて、相撲人の名を呼んだ「奏名(ふしょう)」とも言われています。声で、太鼓で、柝で、みずからが奏でて響かせる音の力で大相撲を盛り上げきた呼出し。もうすぐはじまる七月場所では力士の熱戦とともに、呼出しが奏でる音からその手でつくりあげた土俵までをじっくりとご堪能ください。

▼大相撲の人々シリーズ
美しい所作、鋭い眼光、響く声。木村容堂さんに聞く、大相撲「行司」の世界・前編
伝統の「カミ」技で大相撲を支える、床山の世界 ~特等床山・床鶴氏インタビュー・前編~
大相撲の人気呼出し・利樹之丞さんインタビュー!呼出しとはどんな仕事?(前編)

■参考文献
知れば知るほど行司・呼出し・床山(ベースボールマガジン社)
呼出秀男の相撲ばなし(現代書館)
稽古場物語(ベースボールマガジン社)
大相撲(小学館)

撮影/梅沢香織

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森 有貴子

和樂江戸部部長(部員数ゼロ?)。江戸な老舗と道具で現代とつなぐ「江戸な日用品」(平凡社)を出版したことがきっかけとなり、老舗や職人、東京の手仕事や道具や菓子などを追求中。相撲、寄席、和菓子、酒場がご贔屓。茶道初心者。著書の台湾版が出たため台湾に留学をしたものの、中国語で江戸愛を語るにはまだ遠い。
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