吉原に生まれ、自力で江戸の〝メディア王〟となった男・蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)の仕事からプライベートまでを、AからZで始まる26の項目で解説するシリーズ【大河ドラマ「べらぼう」を100倍楽しむAtoZ】。第7回は「Ⅰ=イノベーション」をご紹介します! Zまで毎日更新中! 明日もお楽しみに。
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蔦重AtoZ
Ⅰ=innovation(イノベーション)が生きがいだった!

蔦重は初とされることをいくつも成し遂げています。
このように蔦重の版元人生は、イノベーション(革新、刷新)の繰り返しでした。
たとえば出版では、寺子屋で学んだ読み書きで十分楽しめる絵本や黄表紙など娯楽性の高い本を中心に出版し、作家に原稿料を払ったこと。
商業面では、『吉原細見(よしわらさいけん)』の巻末に自社広告を入れ、「引札(ひきふだ)」という現在のポスターやチラシにあたる摺り物を、蔦屋の出版物や商品の販売に活用したことが挙げられます。

サイズを大きくして内容もより詳しく一新した蔦重版の『吉原細見』。最終ページには自社の出版目録を載せ、広告戦略に活用した。『吉原細見 五葉枩(ごようのまつ)』 版本 天明3(1783)年 国立国会図書館デジタルコレクション
浮世絵では、歌麿の美人大首絵、写楽の役者大首絵などの新たなスタイルを打ち立てたことや、
美人画にモデル名を記すことが禁じられると、謎かけを盛り込んだ「判じ絵」を用いたことなどが蔦重による成果。
いずれも現代に通じる、秀逸(しゅういつ)なアイディアばかりです。
蔦重が写楽の役者大首絵をプロデュース!

『市川鰕蔵の竹村定之進(いちかわえびぞうのたけむらさだのしん)』 東洲斎写楽 重要文化財 寛政6(1794)年 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
歌麿の美人大首絵に「判じ絵」を加えた

遊女以外の女性の名を記す事が禁じられたため、蔦重は右上の四角い部分に判じ絵で名前を表すという趣向を凝らした。判じ絵の答えは、「鷹」「島」「火」「鷺(さぎ)の上半分」で「たかしまひさ」となる。『高名美人六家撰・高島ひさ(こうめいびじんろっかせん・たかしまひさ)』 喜多川歌麿 江戸時代・18世紀 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
後年の蔦重のことを、狂歌師の宿屋飯盛(やどやのめしもり)は、「才知に優れ、度量が大きく、信義に厚い人物」と評しています。
そんな人柄と才覚が、イノベーションを可能にし、大成功へと導いたのでしょう。
これが蔦重の「耕書堂」の店先

『画本東都遊(えほんあずまあそび)』3巻 葛飾北斎 名所絵本 享和2(1802)年 国立国会図書館デジタルコレクション
北斎が描いた日本橋「耕書堂(こうしょどう)」の様子。行灯(あんどん)に書かれた「紅繪(べにえ)問屋」とは錦絵の店であることを表している。
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構成/山本 毅
※本記事は雑誌『和樂(2025年2・3月号)』の転載です。
参考文献/『歴史人 別冊』2023年12月号増刊(ABCアーク)、『蔦屋重三郎と江戸文化を創った13人 歌麿にも写楽にも仕掛人がいた!』車浮代著(PHP研究所)、『これ1冊でわかる! 蔦屋重三郎と江戸文化』伊藤賀一著(Gakken)