Culture

2026.07.05

「浦島太郎」からの「鶴の恩返し」からの「竹取物語」?貝と人間のラブストーリー『蛤の草紙』がおもしろい!

むかしむかし主人公は助けた蛤に求婚され、蛤は美しい布を織りあげ、天からお迎えが……ん? この話どこかで読んだことがある。
御伽草子のひとつ『蛤の草紙』は、子どもの頃に読んだあれとかこの昔話を寄せ集めたような物語。しかし、唯一無二のおもしろさがある。なにしろ主人公に求婚してくる美女が、蛤(はまぐり)である。貝と結ばれた男の不思議な昔話をご紹介。

『蛤の草紙』あらすじ

シジラ、蛤を釣りあげる
「御伽草子」より
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/2537579/1/5)

むかしむかしシジラは助けた蛤に求婚されて

シジラは貧しかった。母親とふたり暮らしだったが生活は厳しく、一生懸命に働いても、なお貧しかった。それで魚を獲ることにした。その日、魚は一匹も釣れなかった。が、蛤(はまぐり)が釣れた。
「これは役にたたん」
シジラは蛤を海に投げた。場所を変えて釣糸を垂らすと、先ほどの蛤がまた釣れた。場所を変えると、またまた蛤が釣れた。
「一度ならず三度までも釣れるとは不思議だなあ」
ということで、舟のなかに投げいれた。しばらくすると、蛤がにわかに大きくなった。
「え、なに」
驚いて海へ戻そうとしたら金色の光がピカーっとさして貝殻が開き、とんでもない美女が現れた。

シジラはロマンチックな男である。海水を手ですくうと言った。
「姿を見れば春の花、貌(かたち)を見れば秋の月、十の指は瑠璃のよう。これほどの美女が私なんかの舟に上ってくるとは恐れおおい。どうぞ住処へお帰りくださいませ」
美女は積極的な女であった。
「私を家に連れて行って」
シジラは常識的な男であった。なにせ齢四十である。家に帰れば老いた母もいる。
「もし私が女房をもてば心がおろそかになり、母をぞんざいに扱うかもしれません。そんなことはできません」
シジラは婚期を逃していたが真面目な男だった。美女は答えた。
「いかなる金銀、瑠璃、瑪瑙で作られた家よりもあなたのところが良いのです」
かくしてふたりは夫婦になった。

蛤の美女は機を織る、そして迎えがやってくる

シジラ、蛤の美女と夫婦になる
「御伽草子」より
出典:国立国会図書館デジタルコレクション
(https://dl.ndl.go.jp/pid/2537579/1/10)

蛤の美女はシジラに新しく建ててもらった機屋の中で機(はた)を織った。
「機を織っているあいだ、こちらを見てはいけません」
それが蛤の美女との約束だった。できあがった布はこの世のものとは思えぬ立派な代物で、高く売れた。
「このお金で一生十分に暮らしていけるでしょう」

蛤の美女はたいそうな布を織った
「御伽草子」より
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/2537579/1/23)

南の空に、白雲が来ていた。菩薩たちが美女を迎えに来たのである。空には音楽が響き、花が舞い、あたりは良い香りに包まれている。
「名残惜しや」
蛤の美女はそう言い残すと雲に乗り、南の天へと消えていった。

「浦島太郎」からの「鶴の恩返し」からの「竹取物語」

海で助けた蛤に求婚され、蛤の美女は立派な布を織り、最後には天から迎えがやってくる。なんとも目まぐるしい物語展開をみせる『蛤の草紙』。
私のように古い話ばかり集めているような人間でなくても、思わず「ん?」となった読者は多いのではないだろうか。
子どもの頃に読んだ昔話に似ているのだ。

たとえば、助けた亀に求婚される場面。
よく知られた「浦島太郎の歌」では描かれないが、浦島説話について書かれた最古の文献『丹後国風土記(たんごのくにふどき)』では、じつは浦島は亀に求婚されている。釣った亀が美しい乙女に変身するというところも、シジラとまったく同じである。

蛤の美女と交わした約束にも覚えがある。
これは『鶴の恩返し』で読んだことがある。「機を織っているところ絶対に覗かないで」という約束を破ったせいで、正体を見られた鶴は主人公のもとを去っていった。

天へと還っていく場面は『竹取物語』を思わせる。南の空に浮かぶ白い雲。花が舞い、良い香りに包まれているなかで音楽が響く、という場面は『蛤の草紙』のなかでも私の一番のお気に入りだ。
そばで茫然と立ち尽くすシジラの気持ちはひとまず置いといて、なんて賑やか。なんて楽しそうなことか。古い話は退屈で味気ないイメージをもたれがちなので、こうして音や色や匂いの描写があると嬉しくなる。物語が、動き出す。 

「浦島太郎」からの「鶴の恩返し」からの「竹取物語」的展開をみせる『蛤の草紙』。まるで有名な昔話を寄せ集めたような、良い所取りの物語である。

蛤の美女とは何だったのか

束の間の幸せのあとで妻が夫のもとを去るのは昔話のお決まりのパターンとはいえ、永遠の別れになるなんて思ってもいなかっただろうに。シジラに同情したくなる。
いったい蛤の美女とは、何者だったのだろう。その正体については、次のように書き記されている。

「南方補陀落(なんぼうほだらく)世界の観音の浄土より御使として参りしが、今は何をか裹(つつ)むべき、自らは、童男童女身と申して、観音に仕える者なり。」

南方補陀落の世界とは、南の海の彼方にあるとされる観音浄土のこと。蛤の美女は、はるばるやって来た観音様の使いらしい。蛤は仮の姿なのだろう。
そんなにたいそうなお方がどうして人間なんかの妻の役を演じていたのだろうか。

種を超えたふたり

観音様の使いと人間が結婚するなんて突拍子もないように思えるかもしれないけれど、昔話では珍しいことではない。
たとえば『鶴の恩返し』、『浦島太郎』に『羽衣伝説』。こうした人間と人間ではない生きものとの交わりを描いた物語は、異類婚姻譚と呼ばれる。

物語に登場する人間でないものたちは、まるで私たちと同じ世界に暮らしているみたいに交流し、悪さをしたり、はたまた助けてくれたりする。接し方さえまちがえなければ、幸福を授けてくれるものもいる。反対に、彼らに対して不遜な態度をとれば、残酷な結末を迎えることもある。
そして人間に豊かさを与えてくれるものには『蛤の草紙』の蛤の美女のように、神の使いが姿を変えている場合もある。

ほかの昔話を読んでいるときはそんなことはないのに、異類婚姻譚を読むときだけ、私はすこしドキドキする。不思議な緊張感が物語を包んでいるように感じられるからだ。
昔話は、時代と土壌の雰囲気を一緒に編みこんでいる。もしかすると『蛤の草紙』は水と共に生きてきた人たちの、海や河川に対する想いから生まれた物語だったかもしれない。私たちの祖先が長く続けてきた自然との関わりかたが、ここには描かれている。

親孝行こそが男の魅力

「御伽草子」より
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/2537579/1/30)

蛤の美女はシジラの家を裕福にするために美しい布を織り、高く売り、儲けさせた。こう言っては失礼だが、蛤の美女は中年のシジラのどこに惹かれたのか。もしかして、シジラは美形なのか。神さまは面食いなのか。真面目な話をすると、蛤の美女がシジラを選んだのには理由がある。
『蛤の草紙』の巻末には、つぎのような語りがある。

「これひとへに、親孝行のしるしである。後々(後世)に於ても、この草紙を見給うて、親孝行にてあれば、かくの如くに富み栄えて、現当二世(現世と未来)の願いが、たちどころに叶うであろう。」

『御伽草子』の根底には、儒教道徳がそれこそ水のようにこんこんと流れている。
儒教の倫理では親孝行が第一の徳目とされてきた。親孝行こそがもっとも大切な人間の善良な行為なのである。そういう意味では、老いた母を世話し、真面目に働くシジラは理想の男性である。つまり、親孝行こそがシジラが蛤の美女に見初められた最大かつ唯一の理由だったとも言える。

永遠の愛の代わりにシジラが手に入れたもの

「御伽草子」より
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/2537579/1/27)

貧乏ではあるが親孝行な男は神の心をも感動させ、その力によって富を得た。しかし妻はふたたび天へ戻ってしまう。善行は表彰されたが妻に去られたシジラ。しかし、ほかのものを手に入れた。

シジラが蛤の美女に指示されて布を売りに出かけた先は南方補陀落の浄土で、そこでシジラは馬に乗った老人から布の売り上げ金をもらう。そして座敷に招待され、酒を呑むようにすすめられる。
このお酒「一杯呑んでみると、実に甘露の味わいに満ち満ちて、言葉にならぬほどの美酒」で、杯の止まらないシジラに老人は「七杯より多くは呑むべからず」と注意する。

じつはシジラが呑んだ美酒は、観音の浄土にあるお酒だった。一杯呑めば一千年生きることができるという。とんでもない酒だ。そういうことは先に言っておいてほしいと私なら思うけど、シジラもきっとそう思ったにちがいない。
シジラは七杯呑んだので、七千年の命を手に入れたことになる。老人いわく、この先は物を食べなくてもお腹が空かず、服を着なくても寒くないという。
これもまた親孝行のおかげ、というわけだ。

おわりに

異常な出会い、異常な結婚。シジラは幸せだったのだろうか。
余計なお世話だが、これがシジミの、あるいはアサリの美女だったら話はちがっていたのだろうか。でも、ハマグリのほうがおめでたいし、有難い雰囲気があるような気がする。ちなみに私は蛤よりも鮑(あわび)派である。鮑の美男子、というのはいまいち想像できないし、あまりイケメンではないような気がする。
なにはともあれ、これほど覚えのある昔話に似ているのに唯一無二、魅力が満載の『蛤の草紙』は、やっぱりおもしろい。

【参考文献】
「書物の王国 15 奇跡」国書刊行会、2000年

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馬場紀衣

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。
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