手に持ったお盆に豆腐をのせて歩く子どもがいたら、それが豆腐小僧。じつは豆腐小僧にはまことしやかにささやかれている噂もある。なんと大物妖怪と親類関係にあるというのだ。地味で謎に満ちた妖怪・豆腐小僧とはいったい何者なのか?
地味な妖怪代表、豆腐小僧

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/14208812/1/6)
長いあいだ、豆腐小僧は気になる存在だった。妖怪だと伝え聞くが、なにせお盆に豆腐をのせているだけである。豆腐を投げつけてくるとか、口に無理矢理押し込んでくるとかではない。こんなぬるい形態で妖怪が務まるのかと、心配せずにいられなかった。
民俗学者の柳田國男は妖怪を「われわれの畏怖というものの、最も原始的な形」と書き残しているけれど、豆腐小僧からどんな畏怖を受けとったらよいのか私の粗末な想像力ではなにも思いつかない。妖怪図をひもときながら私がいつも思うことはただひとつ。豆腐小僧よ、私を怖がらせておくれ。
まぁでも、暗い夜道でお盆に豆腐をのせて歩いている少年とすれちがったら、ぎょっとして二度見するかもしれない。お豆腐を買いに出たのかも、なんて考えが一瞬頭をよぎるかもしれないけれど、真夜中にそれは無理がある。
そもそも、どうして豆腐を運んでいるのか。豆腐は、絹なのか木綿なのか。その豆腐は誰が食べるのか。粗末な想像力しか持ち合わせていないので、ささやかなことが気になって仕方ない。
新参者だけど大物
豆腐小僧は、小僧というだけあって子どもの姿をしている。だから背は小さめ。大きな笠を頭にのせていることもある。そして、お盆には豆腐。これは必須アイテム。いつでもどこでも持ち歩いている。
民間伝承に豆腐小僧の名前を見たこともなければ、古い妖怪画にも姿を見たことがないので、どうやら古い妖怪ではなさそう。
読み本作家の滝沢馬琴が寛政十二年にものした浄瑠璃用の読本の一説に「竹の子笠を打冠り、盆に豆腐の小半丁、ちよこちよこ走る頭勝」「とうふ小僧と見えにける」と登場するので、この頃には豆腐小僧は人びとに知られていたと考えてよさそうだ。
珍妙な名前のこの化け物は、どちらかというと新参者で、とはいえ近世に作られた物語にちょくちょく登場しているから、なかなかの人気者だったらしい。存在は地味だけど一度その姿を見たら忘れられないインパクトを残していく。それが豆腐小僧なのである。
ちなみに、漫画家の水木しげるも豆腐小僧を描いている。
水木しげるの豆腐小僧が持っているのは紅葉印が押された、いわば紅葉豆腐。ちょっと美味しそうなのが悔しい。だからといってうっかり食べてしまうと、からだにかびが生えてしまうから要注意。
水木しげるによれば「昔、豆腐だけがとつぜん路上に出現した」ことがあり、「家々の門前に十丁、二十丁もの豆腐がすてられている」ようなことがあったという。捨てられているのか、置いていったのかは豆腐小僧しか知らないが。
見越入道には孫がいた

出典:国立国会図書館デジタルコレクション (https://dl.ndl.go.jp/pid/2553975/1/29)
そんな、へんちくりんな生態をもつ豆腐小僧だが、伝え聞いた噂によると見越入道(みこしにゅうどう)の孫だという。ろくろ首の家族という話もある。ということは、見越入道とろくろ首は親類関係にあるということ? 妖怪の家系図は不思議に満ちている。
ご存知ない人のために説明すると、見越入道は夜道に僧の姿をして現れる妖怪。その姿は見上げれば見上げるほど大きくなり、どこまでも巨大化していく。そのまま見ていると死んでしまうので、出くわしたときには「見越した!」と言わなくてはいけない。
天明八年に書かれた『夭怪着到牒(ばけものちゃくとうちょう)』は、勢ぞろいしたお化けを中世の豪傑朝比奈三郎義秀(あさひなさぶろうよしひで)が打ち破るという話で、ここに見越入道は化け物の親玉として登場する。そして、見越入道のすぐ側に描かれた豆腐小僧はといえば、孫として紹介されている。
豆腐小僧が豆腐に御執心な理由も、これを読めば分かる。
「雨のそぼふる夜、豆腐屋を驚かし、一丁締めてくる」というのがそれで、驚くことに、豆腐小僧が手にしている豆腐は盗んできたものだった。盗んだ豆腐だから大切に運んでいたのか? でも、なんのために?

出典:国立国会図書館デジタルコレクション (https://dl.ndl.go.jp/pid/2553975/1/24)
あどけない表情がだんだん悪人顔に見えてきた。豆腐小僧にはまだまだ語られていない裏の顔があるのかもしれない。
しかし私は心の中でほくそ笑んでいる。妖怪たるもの、そうでなくっちゃ。豆腐小僧がようやく気味悪く見えてきて安心した。ちなみに豆腐小僧は、ろくろ首とも親類関係にあるらしい。
江戸庶民は豆腐がお好き
なにせ豆腐は豆腐小僧の必須アイテムなので、いつでもどこでも欠かせない。でも、この豆腐は自分で食べるためではなさそう。豆腐小僧が豆腐を運んでいるのは、彼の生まれと関係があるかもしれない。
豆腐小僧が生まれたのは江戸時代。この頃、豆腐は庶民の食生活に馴染みのある食材だった。栄養が豊富で料理に使いやすい豆腐は人気だったようで、レシピ本も出版されたほど(『豆腐百珍』)。
そしてもうひとつ、豆腐には呪術的な力があるとも信じられていた。たとえば江戸時代の随筆集『耳嚢(みみぶくろ)』には、豆腐がまじないとして使われていたことが記されている。
三日月へ豆腐壱丁を備え念頃(ねんごろ)に祈る時は、其治る事妙也。右豆腐は川へ流し捨る事也。あやまつてその豆腐喰ふものは、いぼ其喰ふ者へ生(しょうず)る事また奇妙のよし、人の語りぬ。(「いぼの呪いの事」より)
三日月に豆腐を供えるといぼが取り除けるなんて眉唾物だが、食べてよし、の豆腐は、治療にもよし、とされていたらしい。ちなみに供えた豆腐は川へ流すこと。これは人形に穢れをつけて流すのと同じと思われる。ほかにも節分の鬼払いに豆が使われるように、大豆にかかわる俗信はたくさんある。
豆腐が親しみのある食材だったこと。豆腐が家の前に捨てられるという謎の現象。豆腐にも人形とおなじように呪術的な力があると信じられていたこと。そして江戸という特異な時代が、もしかすると豆腐小僧という風変わりな妖怪を生みだしたのかもしれない。
おわりに
物語に溢れる日本には世事の奇談、昔話、伝説といくら読んでも尽きることがない。なかでも妖怪の数は目白押し。妖怪の多くは民間伝承や伝説の中から生まれるけれど、豆腐小僧のように伝承と創作とが合わさって生まれた妖怪もいる。
ちなみに、見越入道もろくろ首も、もとは伝承から生まれた妖怪。創作の世界ではどちらも首が伸びるということになっているから、家族という設定もおかしくはないのかもしれない。そのうち創作の世界で人気だった豆腐小僧もセットで描かれるようになった、ということなのだろうか。
なんて想像をしていると、当時の人たちの妖怪を楽しむ様子が伝わってきて、いっそう豆腐小僧が恐ろしくなくなってしまった。いっそのこと、豆腐小僧は妖怪界きっての愛されキャラということにしておこう。
【参考文献】
水木しげる図説『日本妖怪大全』講談社α文庫、1994年
根岸鎮衛著、長谷川強校注『耳嚢』岩波新書、1991年

