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クラシカルな部屋にマッチする夏スーツ
和樂web編集長・鈴木深(以下、編集長):織太夫さんのファッションは、いつもすごいストイックですね。「ルールから外れる」という方向にはいかないんですか?
竹本織太夫(以下織太夫):実際のところ外れるっていうことが、私はどういうことかも、よくわからないです。ファッションのことを勉強したことがないので、いつも信頼している人に任せているんですよ。
編集長:そうなんですか。でも、着こなしもヘアスタイルも目力もキャラも、一部の隙もなく、見事な迫力を放出されていますよね。
織太夫:今日着ているスーツは、まだ暑い日が続いていますが、秋らしくなっても薄手のコートを持って歩きたくなくて。では保温性に優れたスーツを作ろうとするとどんな生地があるのかと、20年来私のスーツやコートを作ってくださっている『ペコラ銀座』の佐藤英明さんに相談をしたんです。それならとウールのギャバジンがあると教えてもらいました。ヨーロッパでは日常着でのジャケットスタイルが多いので、このようなウールギャバでよく仕立てるみたいです。日本では落ち着いた光沢感があり、丈夫で耐久性が高いことから、学生服で用いられるぐらいの生地なのですが、さすがに紺色だと学生服のようになってしまうので、今回はこの色にしました。また適度なハリ感とほど良いしなやかさがあるので、この生地にしてみました。触ってみて下さい。この生地すごく薄いんですよ。
編集長:(触りながら)本当ですね。とてもやわらかなウールです。一見、「コットンのソラーロ(玉虫色)かな」と思わせておきながら、極上のやわらかさ。この素材感でこの色は珍しいですね。
織太夫:オリーブ色でウールのスーツを作る人なんて、あまりいないと思いますけど(笑)、ちょうど『ペコラ銀座』の佐藤さんがイタリアで私にピッタリだと買い付けてきてくれたんです。私は20代の時から「40歳になったらスーツで楽屋入りしよう」と思っていたので、芝居中はスーツをよく着ていますね。このスーツは最近に仕立てたものですが、ウ—ルギャバはカシミアなどと比べて丈夫ですし、ドレープが出やすく、デザインのひとつとしてシワが出せるし、そのシワでカジュアル感も出る。また高密度で織られているので、水濡れに強いので気楽に着られます。綿パンにTシャツ感覚ですね。数日続けて着ているのでシワもできていますが、それも含めて私の味かと思っております。
織太夫さんのファッションには、品がある
編集長:スーツを劇場の楽屋入りの時に着ておられるのは、日常の仕事着としてとらえているということですね。そのスタイルは、写真家のセシル・ビートン※1と共通していると思います。彼は撮影するときは、大変エレガントなスーツを着ていましたから。
織太夫:私のなかでは、社会人として場に合う格好、失礼の無い格好をするのは、そこに居られる方に対しての敬意だと思っています。そのセシル・ビートンさんと同じ感覚ですね。その感覚は、私の先輩でお祖父さんと孫ぐらいの年齢差がある七代目鶴澤寛治師匠とも考えが一致しています。子どもの頃から身だしなみや服装については、本当によく話してくださいましたので、影響を受けています。仕事場へは高額なものだったとしても、半ズボンは半ズボンだし、サンダルはサンダル。その配慮というものが、最近無くなってきた感覚はありますね。織太夫一門では1日初日、中日15日、千穐楽、芝居が終わってからの挨拶はスーツにタイをすることを義務付けています。
編集長:織太夫さんのファッションは上品です。まかり間違っても「大人しい」ということではないのですが(笑)。研ぎ澄まされた日本刀のような「品」を感じますね。うかつにふれたらとても危険です。
伝統芸能の世界で育まれた感性
織太夫:靴に関しては、素敵な靴を履いて素敵な場所へ行く時は、私は革靴の音や、スチールのついている革靴のカツカツという音を立ててはいけないと思っていて。そのために靴の裏には全て、ラバーソールを貼っています。例えばホテルの床が大理石だったら滑るかもしれないし、傷つけるかもしれないので、身を守る目的もあります。
織太夫:靴が素敵なことも大事ですが、それよりも音を立てないことの方が重要なんじゃないかと思っています。この考えは、やはり伝統芸能の世界にいるからかもしれません。子どもの頃に舞台裏や楽屋の廊下を、裏が革を貼っている草履で走って音を立てては先輩たちに注意していただいていました。その習慣が日常になったんでしょうね。
編集長:中々そんな人はいないです。考え方が徹底されてますね。靴もすばらしくエレガントです。エドワード・グリーンの茶のスエードに、ベルベットのシューレースを結ぶなんて、これまたキザの極み! これも太夫さんお得意の「遠目ではシンプル、接近すると強烈な存在感」というスタイルですね。
ブランドが前に出るのは好きじゃない
織太夫:弟の清馗※2はとてもおしゃれなんですが、メゾン系のブランドが多く、すごく洗練されていますが、私はデザイナーとかトレンドには興味がなくて。職人の技術ばかり気になってしまいます。ただ写真が好きなので、サンローランのクリエイティブディレクターをやっていたエディ・スリマンがカメラマンとして活動していた20数年前に、銀座のギャラリー小柳に展示を観に行きました。エディ・スリマンの活躍には興味があります。
編集長:織太夫さんのファッションは、周りとのバランスやそのときのトレンドなど見向きもせず、もうひたすら我が道を行く感じですね。
織太夫:そうですね、周りのことは意識していないです。そもそも私はペコラの佐藤さんに全てお任せしているので、サイズがピタッと合ったものを着ていると自然と背筋も伸びますし、自信も湧いてくる。私はつけていただいたボタンを留めるぐらいで、手入れもスーツのアイロンも佐藤さんのお蔭。靴はブリフトアッシュの長谷川さんのところで手入れしていただいているので、私は何もしてしていなくて。お蔭で浄瑠璃に集中できています。
編集長:織太夫さんを見ていると、ダンディという言葉が浮かびます。今はあまり使われない言葉ですが、僕の大好物な言葉です。イギリスのボウ・ブランメル※3が、世の中に出現した最初のダンディですが、彼はものすごくユニークで、自分が美しいと信じるものにひたすらつき進み、まさしく「周囲の空気を読む」なんてこととは無縁の人物でした。だからこそ人を惹きつけたし、当時イギリスの社交界で燦然と輝いたわけです。
織太夫:そう言えば、バカラがボウ・ブランメルの名前を付けたグラスを、昔、今の幸四郎さんの披露宴の引き出物でいただいたことがあります。とてもシンプルなグラスなんですが、一番のお気に入りで毎朝、歯磨きの時やうがいにも使っています。
編集長:ええ!!バカラのグラスを?
織太夫:まあ、6個あるから、1個ぐらいいいかと思って(笑)。あまりに素敵なグラスだから日常で使う方がいいと思っています。ブランド物は身につけないので、ちょっとした日常の贅沢です。私がブランド品を持たないのは、私の価値が、そのロゴや柄のイメージでとらえられるのに抵抗があるからなんですよ。
編集長の深掘りが止まらない!!
編集長:アームホール※4を見ると、結構きつめに作っておられますね。僕はアームホールがきついとストレスになるので、太くしてるんです。こんなに細くされてるのは、めずらしいですね。
織太夫:私はボディはジャストサイズが好みなのです。手足も長く見えると思いますので、このスタイルにしてもらっています。トラウザーズの股上も、腰骨の上にぴったり乗るような感じなので、ベルトもいらなくてストレスなく履けていいんです。
編集長:カラー(襟)も特徴がありますね! 襟全体がふんわり丸みをおびています。そして襟に施されたステッチはエッジから1mmないくらいのギリギリの場所に入っていて、これを仕立てたテイラーのもつ極上のテクニックがわかります。
織太夫:中に着ているドレスシャツはポケットを付けず、前合わせ部分が重なった前立(まえた)てもないので、ボタンを外すと襟がだらーっとなるそうで、そうした時に何というか色気が出るらしいんですよ。
編集長:かなりエロいシャツですね(笑)。これも一見普通の白いシャツに見えて、素材が極上のリネンのシャツで、近くで見るとただ者ではない風情が漂います。ネクタイを外して、ボタンを外すと、そのギャップがいいですね。
織太夫:その姿はね、誰にも見せない。家にいる時にしか(笑)。
編集長:これはまたラグジュアリーなバッグですね~。フランスの人間国宝(Metre d’Art)の称号を持つセルジュ・アモルソ巨匠の作品です。素材はやわらかなカーフですが、仕立てがとてもシッカリしているので、マチが細くてもしっかりと自立しています。深みのある色合いと、表面に施されたシボ(凸凹の細かいシワ)が知的な風合いで、今日の太夫さんの靴との相性がバツグンです。やはりこのセレクトも、あくまで上品! 「ブランドを主張したくない!」でも「強烈な存在感はゆずれない!!」という織太夫さんのわがままに見事に応える極上の逸品です。
2人のスーツ愛はエンドレスに続く
初の竹本織太夫VS編集長対談は、スーツファッションについて、熱いトークが繰り広げられました。時には脱線してグルメの話にも。全てをご紹介できないのが残念です! このファッション対談は、また実現しそう!? 今後に乞うご期待!!
文・構成/ 瓦谷登貴子
撮影/ 篠原宏明