CATEGORY

最新号紹介

6,7月号2025.05.01発売

日本美術の決定版!「The 国宝117」

閉じる

Culture

2025.04.17

財産を没収されても粋に生きた男、それが蔦屋重三郎! 大河ドラマ「べらぼう」を100倍楽しむAtoZ【Z】最終回

吉原に生まれ、自力で江戸の〝メディア王〟となった男・蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)の仕事からプライベートまでを、AからZで始まる26の項目で解説するシリーズ【大河ドラマ「べらぼう」を100倍楽しむAtoZ】。最終回は「Z=財産没収にも負けない!」をご紹介します!

シリーズ一覧はこちら

蔦重AtoZ
Z=財産を半分没収されてもめげることなく突進!


蔦重が出版統制令に反し、身代半減(しんだいはんげん=財産の半分を没収)とされたのは42歳のころ。
山東京伝は当時の蔦重について、「肝の据わった男で、幕府のお咎(とが)めなどさほど気にしていないようだった」と語っています。

蔦重のアイディアは尽きることなし

毎年10月20日に行われる、商売繁盛を願う恵比寿講(えびすこう)を行う蔦重一家が描かれている。『絵本吾妻抉(えほんあづまからげ)』 画/北尾重政 狂歌絵本 寛政9(1797)年 国立国会図書館デジタルコレクション

実際に蔦重は、洒落本(しゃれぼん)や黄表紙(きびょうし)などの出版は断念したものの、出版物としての浮世絵制作にシフト。歌麿や写楽のヒットにより、以前にも増して有名になっていました。

こうして反転攻勢に成功した蔦重も、写楽が約10か月で姿を消したころから消息(しょうそく)も途絶え気味に・・・。その原因は脚気(かっけ)。贅沢病(ぜいたくびょう)、江戸患いと称された病も、いかにも〝らしい〟ところです。

関連記事:47歳・蔦屋重三郎の死因は“寛政の改革”!?車浮代さんと紐解く江戸の食文化

蔦重は終生、吉原の繁栄を願っていた!

『東都 新吉原一覧(とうと しんよしわらいちらん)』 歌川広重(二代) 大判錦絵3枚続き 万延元(1860)年 東京都立中央図書館

病の床についていた蔦重は自らの死期を悟り、寛政9(1797)年5月6日正午に亡くなることを宣言。
当日の正午にまだ息があった蔦重は、「芝居は終わったのに、まだ拍子木(ひょうしぎ)が鳴らないな~」と言って笑わせ、夕方に息を引き取ったとか。

最後の最後まで、粋な男だったのです。

蔦重の没後も存続していた「耕書堂」

『画本東都遊(えほんあずまあそび)』3巻 葛飾北斎 名所絵本 享和2(1802)年 国立国会図書館デジタルコレクション

関連記事:知らなかった!蔦屋重三郎が「耕書堂」を構えた日本橋通油町に、版元が集中していた理由

最終回までお付き合いありがとうございました!過去記事もチェックしてくださいね。
蔦重AtoZを全部読む!

Share

和樂web編集部


構成/山本 毅 ※本記事は雑誌『和樂(2025年2・3月号)』の転載です。 参考文献/『歴史人 別冊』2023年12月号増刊(ABCアーク)、『蔦屋重三郎と江戸文化を創った13人 歌麿にも写楽にも仕掛人がいた!』車浮代著(PHP研究所)、『これ1冊でわかる! 蔦屋重三郎と江戸文化』伊藤賀一著(Gakken)
おすすめの記事

お金がないのに、遊郭・吉原で性サービスを受けた男への制裁「桶伏せ」が恐ろしすぎる!

平安暴走戦士~chiaki~

両手首に手錠をしたまま…蔦重の“盟友”波乱の人生。大河ドラマ「べらぼう」を100倍楽しむAtoZ【T】

和樂web編集部

山東京伝とは何者? 江戸の奇才が愛した吉原と処罰の真相

瓦谷登貴子

CELINE 大阪・関西万博で特別展示 フランスパビリオンに漆とトリオンフが出会うアート空間が登場

石川ともみ

人気記事ランキング

最新号紹介

6,7月号2025.05.01発売

日本美術の決定版!「The 国宝117」

※和樂本誌ならびに和樂webに関するお問い合わせはこちら
※小学館が雑誌『和樂』およびWEBサイト『和樂web』にて運営しているInstagramの公式アカウントは「@warakumagazine」のみになります。
和樂webのロゴや名称、公式アカウントの投稿を無断使用しプレゼント企画などを行っている類似アカウントがございますが、弊社とは一切関係ないのでご注意ください。
類似アカウントから不審なDM(プレゼント当選告知)などを受け取った際は、記載されたURLにはアクセスせずDM自体を削除していただくようお願いいたします。
また被害防止のため、同アカウントのブロックをお願いいたします。

関連メディア