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2024.01.15

春画コレクターが美術館を設立! 巨匠も描いた春画の魅力を超解説

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江戸の昔、性風俗を描いた春画(しゅんが)は大変な人気があり、喜多川歌麿や葛飾北斎といった有名な浮世絵師たちも、みな春画を描いていました。そしてそれらは庶民の男性だけでなく、高貴な位の人や武士や僧侶、女性たちも楽しんでいたのです。

春画には、エロティシズムだけでなく、色彩の美しさや精密な筆致といった技術力、構図の複雑さ、ユーモアなど、評価されるべき点がたくさんあります。また、一般的に春画を描いたのは、浮世絵師と思われていますが、狩野派や長谷川派、円山応挙など、日本画の原点でもある巨匠たちも肉筆で春画を描いていました。

伝円山応挙 詳細不明

※本記事に掲載の春画は一部画像処理を行っています。

ゴッホやロダンにも影響を与えた春画は、海外でも大人気だった!

1800年代、海外ではすでに春画の芸術性は高く評価され、ゴッホやロダンなどにも影響を与えたと言われています。明治に入って大量に海外に流出した春画は、現在、大英博物館やボストン美術館などに所蔵されており、2013年には大英博物館で『Shunga展』が開催され、世界中から大きな注目を集めました。その凱旋企画として、2015年、日本でも初めての大々的な『春画展』が東京の私立永青文庫で開催。3ヶ月で来場者が21万人にも及ぶ大盛況となりました。2016年には京都の細見美術館でも巡回展が開催されました。

その詳細記事はコチラを
春画を徹底解説。エロティックな喜び、北斎も描いたって本当?

絵師 詳細不明

世界に一つだけ? 浮世絵春画美術館がオープン

2023年11月、岐阜県岐阜市、岐阜城のおひざ元に、岐阜浮世絵春画美術館がオープンしました。コレクターである柴田正寛さんが、40年以上かけて蒐集した2,000点以上の春画を常設展示する世界でも唯一の浮世絵春画専門の美術館です。人の目に触れることの少ない春画ですが、この素晴らしい芸術性を見てもらいたいと、ようやく美術館のオープンにこぎつけました。そこで今回、ご自宅と美術館にてコレクションの数々を見せていただきながら、春画の魅力をじっくりと伺いました。

館長の柴田正寛さん、岐阜浮世絵春画美術館内にて

「これは私が最初に買った春画絵巻で、作者は不明ですが、1800年頃のものだと思われます。絵師の繊細な描画と色使いが気に入って購入しました。使用しているのが岩絵の具なので、色落ちせず、良い状態で残っています。江戸時代には、大名などに仕えていたお抱え絵師は、相当な地位がありましたが、これはそういった著名な絵師が描いていたと思います」

肉筆の春画絵巻を初めて見た春画初心者の私も、その鮮やかな色彩と筆致の巧みさに惹き込まれてしまいました。浮世絵というと版画のイメージが強かったのですが、実は肉筆画も大量に描かれていたそうです。200年以上昔に描かれたものがこのように美しい状態で残されていることにも感激です。

狩野派や長谷川派といった日本絵画の巨匠も春画を描いた

「春画は、通常の骨董と違って売りに出されることがほとんどないんです。有名絵師が描いた素晴らしい作品が見つかったとしても、破棄されたり、燃やされたりしていました。それで、私から骨董屋に声をかけて、春画を買い集めていくと、向こうから『こんなのが出たよ』と連絡が入るようになりました。江戸時代、特に日本海側では、北回り船で稼いだ豪商たちが、お宝の一つとして、春画を買っていたようです。それで北陸の由緒ある寺院や旧家から骨董と一緒にとても貴重な春画が見つかっています」と柴田さん。

伝勝川春潮 年代不明

「この肉筆画は、江戸の初期のもので、狩野派の絵師が描いたと思われる貴重な春画です。描かれている人たちの雰囲気から、高貴な人たちだとわかりますよね」

伝狩野派 古春画詳細不明

狩野派といえば、将軍や大名のお抱えの絵師であり、400年以上続いた画家集団です。江戸時代には幕府の御用絵師として、大量の障壁画を描いていました。その狩野派に匹敵する実力を兼ね備えた長谷川等伯派も素晴らしい作品を残していたとか。そんな名高い絵師たちも春画を描いていたとは驚きです!

伝長谷川派 詳細不明

春画はそもそもいつから描かれていた? 意外と古い春画の歴史

春画の歴史は浮世絵の歴史より古く、平安時代後期とされています。原画はありませんが、その時代の絵巻物の模写は残されています。現存する最古のものとしては、鎌倉時代に描かれた『小柴垣草紙(こしばがきぞうし)』や『袋法師絵詞(ふくろほうしえことば)』です。これらは単に男女の交合を描いているというだけでなく、宮中での様子や装束も丁寧に描かれ、貴重な史料であり、古の世界へと誘ってくれます。桃山時代に入ると「春画」の言葉の由来と言われる『春宮秘戯図(しゅんくうひぎず)』が中国・明から伝わりました。この影響で、詞書きのあった春画は消え、絵巻ではなく、一組十二図で描かれるようになります。これらはやまと絵を描いていた土佐派や狩野派によってたくさん描かれていきました。さらに江戸時代に入り、木版画が作られるようになると、一気に浮世絵春画は庶民にも広がり、人気の絵師たちが、名前を変えてたくさんの春画を描くようになります。

「これは歌麿派の絵師が描いたと思われる肉筆春画です。良質な岩絵の具で描いていて、色も褪せておらず、大変美しい状態で残っていました。この時代の春画は紙を見ればわかります。貴重な高級和紙を使用しているので、その質感も素晴らしいのです」

伝歌麿派

美人画の巨匠として知られ、大首絵を描いてヒットメーカーとなった歌麿も、たくさんの春画を描いています。歌麿の描いた「歌満くら」は、春画の最高傑作と言われているほどです。絵師としての力量を持つ者も、贅沢な画材で制限なく、自由奔放に描くことのできた春画に魅力を感じていたのではないでしょうか。そしてそれらは彼らにとって一つの挑戦でもあったのかもしれません。

伝歌麿派 詳細不明

春画はお嫁入り道具でもあった! 大名たちが描かせた春画

「春画は大名家の御嫁入道具としても持参されていました。世継ぎを産むことは一大事ですから、この春画も重要な意味があったのです。これは3冊組となっていて、どれも繊細なタッチで描かれ、表情も優しい、素晴らしい絵です」教本の役目もあった春画ということですが、背景も丁寧に描かれていて、現在の漫画にも通じる親しみやすさがあります。単なるエロティシズムではなく、その時代の様子や装束、部屋の様子など、まさに風俗を伝える絵が春画なのだと感じました。

ユーモア満載! あの有名日本画家も春画を描いていた!

「これは誰だかわかりますか? ユーモアがあって、面白い絵でしょ。これは河鍋暁斎(かわなべきょうさい)です。春画を描く時の雅号は『狂斎』の字を使っていましたが、これは『暁斎』と記されているので、たぶん依頼されて書いていたのではと思います」と柴田さん。

伝河鍋暁斎 詳細不明

幕末から明治にかけて絵師、日本画家として活躍した狩野派の流れを汲む暁斎もたくさん春画を描いていたそうですが、春画のイメージを覆すほど、ユニークな画風に思わず笑ってしまいました。こうした春画を実際、江戸時代には、娯楽として家族団らんで、あるいは女性たち同志で楽しんでいたそうです。実際、この美術館にも若い女性同士で訪れる人も多いとか。大らかに絵画として、春画を楽しめるのは素敵なことだと感じます。

「江戸時代にも開く絵本のような春画や隠し絵など楽しませる仕掛け本もたくさんありました。日常生活の中で娯楽でもあったのです」

当時の生活の様子を伝える春画は貴重な歴史的史料!

「これは、シーボルトのお抱え絵師だった長崎出身の画家、川原慶賀(かわはらけいが)の描いた春画です。この肉筆画は素晴らしい色彩で、当時の出島の様子がよくわかる貴重な史料にもなっています」と柴田さん。

伝川原慶賀

「ドイツの医者であり博物学者だったシーボルトが出島のオランダ商館内で日本人に医学を教えたり、治療していた時、慶賀は、シーボルトの依頼で、生物の詳細な絵図や風景の他に風俗画や肖像画も描いていたそうです。シーボルトが帰国の際、これらの絵をすべてを持ち帰ってしまったため、日本には残されていなかったのですが、どこかの大名がこの噂を聞いて慶賀に、同じような春画を描かせたのではないかと思われます。畳の部屋にソファや額縁のある絵、双眼鏡。ガラスのランタンなど、当時の邸宅での様子がわかる点でも貴重です。螺鈿や金箔、銀箔を使用しているため、春画としてだけでなく、美術品としても一級品だと思います」と柴田さんは熱く語ります。

伝川原慶賀

シーボルトが帰国の際、台風で難破した船から国外持ち出し禁止の品が出て、シーボルトは日本を追放されるという、いわゆるシーボルト事件が起こりました。その際、持ち帰った大量の資料や標本は、オランダ政府が買い取り、現在もライデン大学図書館や国立民族博物館、大英博物館などが所蔵しています。その中には多くの春画も含まれているそうです。春画は単なる風俗画ではなく、その当時の人々の交流や文化背景も大きく浮彫にしています。

性を含めた日常を大らかに語り合えた時代

こうして、春画を見ていくと性風俗は生活の一部であり、日常の営みであることを改めて感じます。現在では、卑しい、いかがわしいものとされてしまっていますが、春画は古の人々に親しみが湧いたり、連綿と続く「生」のエネルギーを伝えてくれているようです。

伝歌川国芳 詳細不明

「春画というと眉をひそめる人がまだまだ多いですが、素晴らしい日本の文化ですよ。西洋画にはない魅力があります。日本人が春画の本質に気づき、伝統文化の一つとして浮世絵春画にもっと注目してほしいと思います。2023年11月に春画のドキュメンタリー『春の画』が公開されましたが、その中で復刻していた『袖の巻』の写しが当館にもあります。技術的にも素晴らしい春画ですので、ぜひ間近で見て、その美しさや日本人の繊細な感性を感じ取ってもらえたらと思っています」

<取材を終えて>

次から次へと出てくる春画の数々と柴田さんの春画に対する情熱に圧倒されること数時間。絵師たちの息遣いがよみがえるような絵力は不思議な魔力を放っていました。卑猥とか猥褻といった言葉とはかけ離れた春画の素晴らしさは、日本の宝だと思います。外国の人々が熱狂したのも単なるエロティシズムではなく、人間を描くということの本質やその時代を写し取った絵師たちの力量に感嘆したのだと思わずにはいられません。このような春画を常時、間近で見られるというのは、本当に貴重な機会です。個人のコレクターが惚れ込んだ春画の数々をぜひ鑑賞してみてください。

伝鈴木晴信 詳細不明

基本情報

岐阜浮世絵春画美術館
開館時間:10:00~16:00
入館料:1,500円
※18歳未満の方は入館できません
休館日:火曜日
場所: 岐阜県岐阜市木挽町29−1

参考文献:『春画入門』 車浮世著 文春新書/別冊太陽 肉筆春画 白倉敬彦、他著 平凡社/大英博物館 春画 小学館 
『春の画 SHUNGA』公式ホームページ
映画『春の画 SHUNGA』全国公開中!