春が近づくと、「春色カラーの服が着たい!」と思う方も多いのではないでしょうか?
着物好きの方は、桜の開花を前にして、桜模様の着物や桜色の着物のコーデをあれこれ考えているかもしれません。
桜模様の着物は江戸時代も人気があったようで、錦絵にも描かれています。それでは、江戸の女子たちは桜模様の着物をどのように着こなしていたのでしょうか?
この記事では、江戸の女子たちの桜の着物の着こなし方を錦絵で検証してみたいと思います。
春限定? 桜模様の着物はいつ着るのが正解?
洋服の場合、厚手のウールのコートやダウン、麻のジャケットなどのように季節限定のものもありますが、最近は、季節に関係なく着ることができる服も増えています。一方、着物は、季節によって、その季節に合った生地や仕立て方の着物や小物を使うのがルール。洋服は衣替えのルールがあいまいになっている一方、着物は衣替えのルールがしっかり残っている、と言ってよいでしょう。
花模様の着物は、「枝や茎が書かれた写実的な柄の着物は季節を合わせて着る、花だけが図案化された柄は季節に関係なく着ることができる」というルールもあります。
また、着物や帯の模様にも季節があるほか、色で季節を取り入れることもできます。もちろん、着物にも季節を問わない模様や色もありますが、さりげなく季節を取り入れることで、着物姿がより素敵に見えることは間違いありません。季節限定の模様も、上手に着こなしたいですね。
着物は半月くらい季節を先取りして着るもの。「早く桜が咲かないかな~。」と待ちわびながら、桜が莟の頃から桜の着物を着るのが素敵だとされています。季節に合わせて、例えば、お花見に桜の模様の着物や帯を合わせるのも華やかですが、桜が惜しまれつつ散る頃には、桜の着物はしまうのだとか。
ただし、桜の模様を図案化したもの、例えば、江戸小紋で人気の「小桜」という米粒ほどの小さな桜の花弁を散らした模様は、季節を問わず着ることができます。
桜の花のようなピンク色を、春の着物コーデに取り入れるのも素敵ですね!
江戸女子の桜模様の着こなし術、大検証!
江戸の人々は、四季折々に様々な花を観賞するために、江戸の町の花の名所に足を運びました。中でも一番人気が桜で、桜や花見の様子を描いた錦絵が多く残されています。
桜は、着物の模様にも取り入れられており、桜模様の着物女子を描いた錦絵もありました。それでは、錦絵で江戸の女子たちの着こなし術を見ていきましょう。
桜模様の着物はコーデの主役、それとも脇役?
江戸の女子たちは、抽象的な桜の模様が着物全体に散りばめられた着物の場合、模様が目立つ場合は着物を主役に、模様が目立たない、遠目には無地のようにも見える着物は脇役にしてコーデを組み立てていました。
「着物が華やかな時は帯を無地に近いものにする、帯が華やかな時は着物を無地に近いものにする」は、現在も使える着物のコーデテクです。
【1】シックな色合いの桜尽くし着物コーデ
シックな地色の着物の全体に大小様々の桜模様が散りばめられた着物を着こなす美女。着物の大きな白い桜模様の中には、青い小さな桜模様が! 桜尽くしの凝った模様の着物です。
画像の左上にある百人一首の札に書かれているのは、『古今和歌集』に収録されている在原行平(ありわらのゆきひら)の歌です。
立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む(古今和歌集 巻第八-365 離別歌)
(あなたと別れて因幡<いなば>に行ってしまうのだが、その国の稲羽<いなば>山の峰に生えている松にちなみ、私を待つとのお言葉ひとつ聞けば、すぐにでも帰って来ましょう。)出典:『新編日本古典文学全集 11 古今和歌集』 小学館
これは恋人との別れを惜しむ歌ですが、「別れた人や動物が戻って来るように」と願掛けをする時にも使われた歌なのだとか。
美女の視線の先には文箱(ふばこ)があります。文箱の中の手紙は、どのような内容なのでしょうか? 気になりますね。
【2】桜模様の着物が主役の大人女子コーデ
桜の木の下に後ろ向きで立つ美女は、2種類の小さい花柄を全体に散らしたシックな地色の着物に、青い帯のコーデです。着物の花柄の一つは桜に見えますが、もう一つの花柄は桜をアレンジしたもの? それとも、別の花でしょうか?
帯も大きな花柄ですが、帯の地色よりも少し明るい色で模様があまり目立たちません。帯の黄色い花がアクセントになっています。
柄の着物に柄の帯を合わせていますが、帯の柄は無地に近い感じのもの。このため、柄の着物に柄の帯という組み合わせでもすっきり見えます。
【3】桜模様のシックな着物には華やか帯がぴったり!
満開の桜の下にたたずむ美女の着物をよく見ると、細かい格子柄に桜の模様が散らされているのがわかりますか? 着物は模様がそれほど目立たないものです。着物の裾などからチラリとのぞく中着も桜の模様!
帯は「立湧(たてわく)」と呼ばれる波のような曲線を向かい合わせで並べた模様の中に花柄の模様が入った赤い地に、「宝相華(ほうそうげ)」と呼ばれる花柄模様が入ていて華やかです。
模様をたくさん使ったコーデですが、メリハリをつけることで、シックにまとまっていますね。
お嬢様たちの振袖コーデも個性的!
華やかな桜の模様は、お嬢様たちの振袖の模様としても使われています。お嬢様の振袖コーデも十人十色。思っていた以上に個性的でした。
【4】八重桜模様の振袖で清楚系お嬢様コーデ
お供え物を持つ少女は、満開の八重桜に流水模様が描かれた振り袖姿です。帯は緑地に卍模様と大きな宝相華模様。髪にも豪華な銀簪(かんざし)を挿しています。ふんわりと優しい、清楚系お嬢様コーデです。
錦絵のタイトルの「牛御前(うしのごぜん)」とは、向島にある牛嶋神社のこと。境内には、「撫牛(なでうし)」と呼ばれる大きな石造の神牛像が安置されています。撫牛は、自分の身体の痛いところと牛の同じところをさすれば治ると信じられ、人々に親しまれてきました。
撫牛信仰は、江戸時代に広く普及し、商家などでは、素焼または木彫の横に伏した牛の形の置物を神棚にまつりました。背を撫でて願い事をし、願いがかなうたびに牛の下に手作りの布の小座布団を敷き重ねたと言われています。
おそらく、画像の左上の黒いものが撫牛。その下には小座布団が5枚もあるので、この撫牛は願い事をたくさん叶えてきたようです。お供え物は、願いがかなったお礼? それとも、これから撫牛にお願いをするためのものでしょうか?
【5】いつでも上品、きれいめ振袖コーデのお姫様
「源氏後集余情」は、『源氏物語』の「五十四帖」を「後集余情(ごしゅうよじょう)」と見立てた歌川豊国の浮世絵シリーズです。
赤い地に様々な大きさの桜の模様が散りばめられた振袖の袖口は、大名の姫君が着ていた「大名袖」と呼ばれる広口で、口が開かないように飾り紐で止めてあります。大きな桜の模様の中には鹿の子絞りが施されています。中に花柄の入った亀甲模様に、宝相華が散らされている華やかな帯を合わせた、きれいめな振袖コーデです。
もしかしたら、髪に挿した銀製の花簪も桜をかたどったものでしょうか? お姫様なので、コーデも上品ですね。
【6】お転婆お嬢様は、桜模様をキュートに着こなす!
お花見の際には、桜の花の下で詩歌を詠み、それを書いた短冊を桜の枝に付けることもありました。この歌のやりとりが、男女の出会いを生むこともあったようです。
お供の背中に乗って、短冊を桜の枝に結わえているお転婆なお嬢様。短冊に書かれているのは恋の歌? お供の男性は苦笑いをしていますが、お嬢様の顔は真剣そのもの。
そんなお嬢様のコーデは、青地に3色の鹿の子桜模様の振袖。合わせた帯も同系色で、卍模様に菱形の雲のような模様です。着物も帯もブルー系のワントーンなので、着物の桜模様がアクセントになっています。
【7】ガーリーな桜の着物で季節を先取り!
梅見に来た少女は、紫色からグレーのグラデーションの地色に、羊歯唐草(しだからくさ)、桜の花、鹿の子雪輪の模様で、華やかながらも少女らしいかわいらしさもある振袖です。雪の結晶を円形で表した雪輪模様は4色づかいで、まるで花のように組み合わされています。
帯は雪輪模様の1色とリンクさせた緋色の鹿の子に梅の模様が入っています。着物の裏地、袖口や裾から見える中着の色も、それぞれ雪輪模様の1色とさりげなくリンクしています。
着物だけじゃない! 小物に桜を取り入れたコーデ
桜の模様は、着物だけではなく、着物まわりの小物に取り入れたコーデもありました。
【8】半衿にも注目! さりげなく桜をコーデに取り入れる
黒い着物を着た女子。上半身しか見えないのですが、美女の衿元に注目!
衿元をぐっと詰めて着ているのは寒いからかもしれませんが、桜の模様の半衿がしっかり見えます。ずらして見せた中着の衿は松葉模様。重ね着コーデがおしゃれです。
そして、真鍮(しんちゅう)色に輝く下唇は、濃く塗ることで玉虫色に光るという「笹紅」「笹色紅」と呼ばれる流行のリップ。トレンドに敏感な、江戸の大人女子コーデのお手本と言えるのかもしれません。
季節を取り入れたおしゃれを楽しむ江戸の女子たち
江戸時代、お花見は、芝居見物や寺社参詣とならぶ重要なレジャーの一つでした。江戸の女子たちは花見のために前日からお弁当を準備しましたが、晴れ着を新しくあつらえることもあったのだとか。
「お花見や桜を描いた錦絵が多いな」と思っていましたが、桜模様の着物が意外と多く描かれていたことは驚きでした。桜模様の着物は現代でも人気ですが、江戸時代の女子たちも季節限定の桜模様の着物に憧れていたのでしょうか? もしかしたら、桜ピンクの着物コーデもあるかもしれません。
錦絵に描かれた江戸の女子たちの着物コーデ、着物と帯の色合わせや柄合わせなど、現代でも使えるテクやヒントがたくさん詰まっています。着物好きの方は、錦絵を見ているだけでも楽しいですよ。
主な参考文献
- ・『絵解き「江戸名所百人美女」:江戸美人の粋な暮らし』 山田順子著 淡交社 2016年2月
- ・『着物の事典:伝統を知り、今様に着る』 大久保信子監修 池田書店 2011年4月
- ・「錦絵で楽しむ江戸の名所 桜」(国立国会図書館)