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2023.06.23

猫と炎に神を見る「小林古径と速水御舟」2人の画家が描く神秘とは【山種美術館】

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すぐれた芸術作品には、「神」が宿っていると思うことがよくあります。山種美術館で、明治後期から昭和前期を共に生き、交流した2人の日本画家の画業を顕彰した特別展「小林古径と速水御舟」が開催されています。特に目を引いた小林古径(こばやしこけい 1883〜1957年)の『猫』と速水御舟(はやみぎょしゅう 1894〜1935年)の『炎舞』は、どちらもあまりに妖艶で美しく、神が乗り移ったかのよう。会場を訪れたつあおとまいこの目には、その両方の作品の筆さばきから、神の姿そのものが映り始めたのです。

えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。

エジプトの女神が古径の猫に宿った!?

つあお:小林古径が描いたこの猫、何とも素晴らしいと思いませんか?

小林古径『猫』 昭和21(1946)年 紙本・彩色 山種美術館蔵 展示風景

まいこ:精悍な顔をした猫ですね!

つあお:そう、すごくキリッとしてる!

まいこ:体の輪郭線もシャープです!

つあお: ですよね! ただし、輪郭線自体はかなり細くて薄い。なのに、何だかとってもいい存在感を、その線が表している。実に絶妙です。

まいこ:かすれて薄くなったような部分もありますが、そのおかげで猫の体がうっすらと発光しているようにも見えます。

あ、確かに……。

つあお:なるほど。そういう見方もできますね! 光を放つなんて、宗教絵画みたいだ。 線が強すぎたら、その感じがうまく出なかったかも。「線の魔術師」と呼びたくなる巧みさを持っている。たとえば、この牛の絵なんかも、線の使い方がものすごく巧みです。

小林古径『牛』 昭和18(1943)年 紙本・彩色 山種美術館蔵 展示風景

まいこ:細くてしなやかな線ですね!

つあお:古径はとても線を大事にした画家だったんですよ。線は絵にとって必要な要素だけど、主張しすぎてはいけないっていう感じかな。「現れたものの中に総(すべ)ての線が溶け込んでいなければならない」(「東洋画の線」〜『美術新論』8巻3号 昭和8年3月収録)と自身が語っているんです。

まいこ:『猫』の画面の左下に描かれた桔梗(ききょう)の花は、輪郭線があるかどうかもわかりませんでした。

小林古径『猫』(部分)

つあお:確かに、ほとんど線を感じさせない。でも花の形は、すごくはっきりしていますよね。

まいこ:本当ですね。それにしてもこの絵は、猫と桔梗以外は余白で、とてもシンプルですね。

つあお:そこは日本絵画の伝統的な表現の妙と言えます。 おそらくこの猫は美女猫として描かれていて、桔梗の花は引き立て役なんじゃないかな?

まいこ:面白い! なぜ女性だと思ったんですか?

つあお:あまりにも美しいからです。洋画家の藤田嗣治(ふじたつぐはる)の作品のように、日本では猫を女性の象徴のように描いた絵もたくさんありましたし。でも、今の世の中の視点では、ひょっとすると性別は意識しなくてもいいかもしれませんね。

まいこ:性別を超越した美しさを体現している存在ということは…。

つあお:そもそもこの猫は、神様なんです。

まいこ:おっ、言い切りましたね!

つあお:この姿勢の猫の彫刻をどこかで見たことはありませんか?

まいこ:もしかして、エジプトと関係がありますか?

つあお:さすが、勘がいいですね! エジプトの「バステト神」と呼ばれている黒猫の彫刻の中に、この形のものがあるんです。

バステト神について
バステート=古代エジプトの猫女神。(中略)人類の保護者として邪蛇アポピスを退治した。(出典=『新潮世界美術事典』)

まいこ:素晴らしい! ひょっとしたら、古径はエジプトに行ったのかしら?

つあお:行ってるんですよ! 当時の日本画家は新しいスタイルを模索するために、海外の文化も熱心に研究していましたから。古径は大正11(1922)年頃、欧州に行った折にエジプトまで足を伸ばしています。「バステト神」と思われる猫の図像の写生も残っているそうです。

まいこ:わーお!

つあお:さらに古径は、イギリスでは大英博物館にも通っていた。そこでも館蔵品である「バステト神」の彫刻を見ていた可能性があるんじゃないですかね。

まいこ:古径の『猫』は、渡欧から20数年後の作品ですね。ずっと頭の中に「バステト神」がいたのかしら?

つあお:必ずや、そうだと思います。たわくし(=「私」を意味するつあお語)の自宅の机の上にも「バステト神」のミニチュアのレプリカが鎮座しているのですが、プロポーションがあまりにも素晴らしく、高さは10cmにも満たない小さなものなのに、日々魅入られています。

日本人画家の猫の絵が、古代エジプトの神とつながっていたとは! 驚きです。

つあお宅の机上にある「バステト神」のミニチュアレプリカ

まいこ:しゃきっと背を伸ばして胸を張っている古径の猫の姿勢、バステト神にホントにそっくりですね!

つあお:ただし、エジプトの神は黒猫。

まいこ:古径のほうは、白がメインで優しいツートーン猫

つあお:バステト神は女神なんですよね。

まいこ:女性性を言い当てましたね!

つあお:とは言っても、東洋の観音様みたいなもので、もはや性別は超越しているのかもしれません。

まいこ:神々しいことは確か。古径の『猫』は不敵な笑みを浮かべていますね!

小林古径『猫』(部分)

つあお:そもそも 猫のように気ままに生きているように見える動物に神が宿ってるっていうのは、なかなか面白いですよね。まさに神秘的な動物なんだと思います。

小林古径=日本画家。新潟県生れ。本名茂。上京して梶田半古に学び,同門の前田青邨,奥村土牛らと大和絵を研究,次いで安田靫彦らの主宰する〈紅児会〉に入会して新しい日本画を研究した。1922年日本美術院の留学生としてヨーロッパに旅行し,大英博物館で顧【がい】之(こがいし)筆《女史箴図》を模写。以後新古典主義風の清新な画境に到達した。1944年―1951年東京芸大教授。1950年文化勲章。代表作《竹取物語》《いでゆ》《髪》。(出典=百科事典『マイペディア』

文様化された美しい炎が秘めたものとは?

まいこ:私たちは、この展覧会に出品されている炎が燃え盛る絵にも神を見ましたね!

つあお::速水御舟の『炎舞』ですね! 御舟の描いた炎は、古径が描いた猫と同じようにとめどなく美しい!

速水御舟『炎舞』 大正14(1925)年  絹本・彩色 山種美術館蔵 重要文化財 展示風景

まいこ:この絵は、強力に発光していますね!

つあお:おお、こちらも発光していましたか! やっぱり炎ですからねぇ。御舟の『炎舞』と古径の『猫』、並べるとほとんど同じような構図であるところがちょっと面白いなと思いました。会場では2作が隣り合わせで展示されているわけではないのですが、この展覧会のポスターでは、まさに並べられています。

まいこ:ポスターも素晴らしいですね! 確かに、猫も炎も三角形の構図がそっくりです!

つあお:そうなんですよ。二等辺三角形は安定形とも言えるので、洋の東西を問わず絵画の構図の基本の一つともいえます。それにしても、どちらも美しい!

まいこ:共通する美しさの秘密が一つ解けた気がしました!

構図に着目して絵画を見るのも、面白いですね。

つあお:それでね、御舟が描いた炎は、伝統的な不動明王図で、明王の後ろにまさしく炎のように描かれている火炎光背(火焔光背)などの描写を思わせることが、しばしば指摘されています。

光背=俗に後(御)光ともいう。仏像の荘厳具の一つ。仏の身体から,知恵の象徴として発する光をかたどったもの。(中略)不動明王像などでは火炎そのものの形を光背としている。(出典=『百科事典マイペディア』

まいこ:なるほど〜! 勉強になります。

つあお:日本の絵画には、『伴大納言絵巻』や『北野天神縁起絵巻』などたくさんの絵画に炎の描写がある。炎は日本美術の伝統的なモチーフの一つなんです。

まいこ:ふむふむ。

つあお:仏教絵画で例が多い「不動明王」の火炎光背には、煩悩を焼き払う意味があるそうです。「不動明王」の絵や彫刻はたくさんありますから、たくさんの炎が表現されてきたわけです。

まいこ:火事はおぞましいことですけど、お不動様の炎には肯定的な意味があるんですね!

つあお:そうなんです。たとえば京都・青蓮院門跡の通称「青不動」(『青不動明王二童子像』)という絵には、文様化された炎がとても美しく描かれています。御舟は、そうした火炎光背の美しさを抽出して描いたのではないかとも考えられているのです。『炎舞』を見ていると、写実的というよりも文様化した炎の美しさが際立っています。

まいこ:伝統が生きているのですね! 炎だけを取り出して描いたとしたら、その発想だけでもすごいと思う!

つあお:そんなことを考えながら『炎舞』を見ていると、やはり神や仏が見えてくる、そんな気がしませんか?

実際に炎がうごめいているようで、神秘的です。何かが現れそう!

速水御舟『炎舞』 (部分)

まいこ:煩悩を断ち切ってくれる神(仏)ですね! でも、『炎舞』には不動明王自体は描かれてないから、自分が神だと思う存在を想像して炎の真ん中に置いてみるのも面白そうですね!

つあお:古径の猫を置いてみたらどうでしょう!

まいこ:グッドアイデア! 絵画研究の上では、輪郭線の比較もついでにできちゃったりしますね。

つあお:確かに『炎舞』の炎には輪郭線がありません。そもそも炎は、輪郭線というものがそぐわない存在だったりもする。

まいこ:輪郭線がないからこそ、火の粉や熱気で覆われている感じが伝わってくる!

つあお:文様化されていてこんなに美しいにもかかわらず、炎が燃え盛っている場の空気をリアルに表現していますよね。

まいこ:猫さんがこの炎の前に立ったら、溶けちゃいそうです(笑)!

つあお:大丈夫です。神様ですから。

速水御舟=日本画家。東京生れ。旧姓蒔田,本名栄一。松本楓湖に師事し,巽画会,紅児会で活躍,のち今村紫紅らと赤曜会を組織して新日本画運動を志向した。再興院展に出品し,1917年《洛外六題》で同人に推挙された。1930年ローマの日本美術展のために渡欧,その後花鳥画を多く制作。大和絵や文人画の影響を受けたのち,宋元風の花鳥画形式の中に深い静寂に満ちた世界を構築しようとした。作品は《京の舞妓》《翠苔緑芝》《名樹散椿》など。(出典=百科事典『マイペディア』

まいこセレクト

 

小林古径 『牡丹』  昭和26(1951)年頃 紙本・彩色 山種美術館蔵 展示風景

速水御舟 『牡丹花(墨牡丹)』  昭和 9(1934))年 紙本・墨画彩色 山種美術館蔵 展示風景

11歳の年齢差がありながらも、互いに尊敬しあい切磋琢磨した仲であったという小林古径と速水御舟。その2人が同じ牡丹というモティーフを描くと「ここまで違うのか!」と強烈に印象付けられたのが、この2点です。白い牡丹が古径で、黒い牡丹が御舟ですが、これはもう、『ドラえもん』に出てくる「しずかちゃん」と『ルパン三世』に出てくる「峰不二子」くらい違います。

古径の白い牡丹は、研ぎ澄まされた線でエレガントにかたどられていますが、御舟の黒い牡丹は、境界線もわからないほど濃厚な花びらの重なりを、線を使わずに表現しています。同じ展覧会会場には、古径が魅了されて模写したというエピソードがある、御舟による『桔梗』も展示されていました。

11歳も年下なのに、自分より22年も先に亡くなってしまった御舟を、古径は心から尊敬していたのだな~。そういえば、トーク記事内で触れた古径の『猫』にも桔梗が描かれていましたね。猫にはしっかりとした輪郭線がありましたが、桔梗のほうにはなかったような……。もしかしたら、あの猫の絵は密かなる御舟へのオマージュだったのかもしれません!

つあおセレクト

小林古径『清姫』のうち「鐘巻」 昭和5(1930)年  紙本・彩色 山種美術館蔵 展示風景

小林古径も炎を描いていました。「道成寺縁起」という室町時代の絵巻物に由来する連作絵画の中で、旅の僧侶、安珍に惚れた清姫が大蛇となり、逃げて道成寺(今の和歌山県にある天台宗の古刹)の鐘の中に隠れた安珍を焼いてしまう場面です。おぞましい風景なのだけど、大蛇も炎も気品のある筆使いで美しく描かれている。これが古径の持ち味なのでしょう。

小林古径『清姫』のうち「鐘巻」(部分)

そういえば、エジプトの「バステト神」は、邪蛇を退治する神様でした。古今東西を問わず、蛇が邪悪の象徴として描かれているのも興味深いですね。ちなみに、「道成寺縁起」によると、安珍と清姫の2人はその後あの世で蛇の夫婦になり、さらには道成寺の僧侶たちの法華経写経などの甲斐もあって、天人となったとのこと。やはり神(仏)はいたのです。

つあおのラクガキ

浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。

Gyoemon『猫不動』

「心頭滅却すれば火もまた涼し」と言いますが、炎によってすべての煩悩を断ち切り、空(くう)の心を得れば、不動明王のような怒りの形相も必要とせず、火の中でも眠り猫のように安らかな気持ちで過ごせる、ということをイメージしてみました。誰しも、大きなことから些細なことまで様々なものごとに悩まされるものです。そんなときにたわくしは、『猫不動』のことを思い出すことにしたいと思います。

展覧会基本情報

展覧会名:【特別展】小林古径 生誕140年記念​​ 小林古径と速水御舟​​ ―画壇を揺るがした二人の天才―
会場名:山種美術館(東京・恵比寿)
会期:2023年5月20日〜7月17日 ※会期中、一部展示替えあり
公式ウェブサイト:​​https://www.yamatane-museum.jp/exh/2023/kokei.html

書いた人

つあお(小川敦生)は新聞・雑誌の美術記者出身の多摩美大教員。ラクガキストを名乗り脱力系に邁進中。まいこ(菊池麻衣子)はアーティストを応援するパトロンプロジェクト主宰者兼ライター。イギリス留学で修行。和顔ながら中身はラテン。酒ラブ。二人のゆるふわトークで浮世離れの世界に読者をいざなおうと目論む。

この記事に合いの手する人

幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。