古代ローマに公共浴場があったことは知られていますが、まさか美術館の展覧会のテーマになるとは! そんな驚きをもって、つあおとまいこの二人が向かったのは、山梨県立美術館で開催中の「テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本」。「テルマエ」こそが公共浴場を意味する言葉なのです。
ヤマザキマリさんは漫画『テルマエ・ロマエ』で古代ローマと日本をつなぎましたが、会場に出かけてみると、なんとパネルに描かれたその漫画の主人公が案内をしてくれました。そして、展示室に入ってさらに驚いたのは、きら星のような古代ローマの文化財があまた惜しげもなく展示されていることでした。二人は、その素晴らしさに目を見開いて会場を歩き始めました。
えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあお:こと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいこ:こと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。
浴場の遺跡から出土したアポロの彫像
つあお:今日は古代ローマのお風呂の話。漫画のキャラクターが案内役です!
まいこ:このイケメンは誰ですか?
つあお:ヤマザキマリさんの漫画『テルマエ・ロマエ』に登場する、古代ローマの浴場技師ルシウスのようです。
まいこ:古代ローマに公共浴場があったとは聞いてましたが、「浴場技師」という職業があったとは! すごいですね!
つあお:「テルマエ」すなわち公共浴場を造るのが、当時のローマではメジャーな土木・建設案件だったということだと理解しています。4世紀には、小規模のものを含めると900もの浴場がローマ市内にあったそうですよ!
まいこ:わーお!
つあお:そもそも公共浴場は、皇帝たちの命で造っていたそうです。
まいこ:素敵!
つあお:格差社会だった当時のローマで庶民を癒そうという目的もあったらしいのです。それでね、その「テルマエ」をテーマにしたこの展覧会では、なぜかアポロの彫刻が展示されているのですよ。
まいこ:ギリシャ神話に登場する、あのアポロですか?
つあお:そう、太陽の神です。それにしても、この大理石のアポロ像は妙に蠱惑的(こわくてき)だなあと思いました。
まいこ:うねる髪の毛が美しい! 両性具有な感じもしますね。
つあお:確かに、女性の彫像と言われたら信じちゃうかも。頭部と両腕は近代の修復時に補ったものだそうですが、オリジナルの胴体がなかなかいい。神様だけど人間っぽいというか。少し体をくねらせて座っているからかな。
まいこ:それで、このアポロさんは、浴場とどういう関係があるのでしょうか?
つあお:実はね、浴場の遺跡から出土したものなんだそうです。どうも、浴場に設置されていたということらしい。この像に限らず浴場には彫刻がけっこうたくさんあったのだとか。すごくないですか?
まいこ:えっ!? 浴場が美術館だったということ?
つあお:古代ローマには今のような美術館は存在しなかった。でも、美術館のような空間はあった。それが公共浴場だった。
まいこ:浴場に来る人にとっては眼福ですね!
つあお:浴場には身分を超えていろいろな人が来る。それもたくさん来る。素晴らしい彫刻ばかりか、浴場には図書館もあったそうです。文化施設の役割も果たしていたんですね。
まいこ:素晴らしい!
つあお:人がたくさん集まる公共施設。その中心にお風呂があったというのは、画期的だと思う。
まいこ:このアポロさんは、浴場にもしっくりくる造形ですね。半裸で腰に布を巻いてくつろいでいるようにも見えます。ひょっとすると、湯上がりなのかも?
つあお:なるほど! その想像は面白すぎる! そもそもお風呂って、体にいいですよね。神話の世界にお風呂があっても不思議じゃない気がします。だとすると、アポロも入っていたかもしれない!
まいこ:体がきれいになるし、血行もよくなる! 神様たちにも重要なことかも!
つあお:おお、また想像の飛躍が! 楽しいなあ。それでね、古代ローマでもすでに、「お風呂は体にいい」と言われていたらしいんですよ。
まいこ:へぇ! 2000年近く前から! 効能があったとか?
皇帝も入った公共浴場「テルマエ」
つあお:まさに、温泉が健康にいいことも知られていたそうです。何と 「スパ」の語源は「水による健康」という意味のラテン語(古代ローマ帝国の公用語)なのだとか。そしてね、アポロは何と「治癒の神」でもあったそうです。
まいこ:へぇ! 古代ローマはすごい! アポロさんが浴場にいたことには、大きな理由があったのですね。
まいこ:ポカポカ湯治がてら美術鑑賞や読書もできるなんて、今のスパを超えたパラダイス! 入りに来た人々は、一体何時間くらい滞在していたのでしょうね?
つあお:そもそも、皇帝も入りに来てたみたいですよ! まあ、自分で作ったわけですから、当たり前か。でも、お風呂はやっぱり人間の根源的なニーズを捉えていたのでしょう。
まいこ:驚きです! 当時のローマは身分の差、貧富の差が相当激しかったはずなのに、市民皆が裸で出会う場所があったのですね! 素敵!
つあお:まさに、裸の付き合い!
まいこ:裸で皇帝に会ったときの庶民はどんな会話をしたのか、なんて想像すると興味深いですね。実際にそういうことがあったかどうかはわかりませんが。
つあお:タイムトンネルをくぐって、ネロ帝とかと話してみたいなぁ。ネロは暴君として知られているけど、実は財政難を救おうとした名君で、元老院の貴族たちを敵に回したために、暴君だと言われるようになったらしいですし。
まいこ:私は、ヤマザキマリさんと青柳正規山梨県立美術館館長のトークショー(山梨県立文学館で9月9日に開催)を聞いた中で出てきたハドリアヌス帝と話したいと思いました!
つあお:おお、ヤマザキさんの漫画『テルマエ・ロマエ』に出てくる皇帝ですね!
まいこ:『テルマエ・ロマエ』は、以前読んでけっこうはまったんですよ。ハドリアヌス帝は、ローマ帝国の統治が素晴らしく、パンテオンの再建など建築や土木にも腕をふるった賢帝だったんですよね!
パンテオン=《すべての神に捧げられた神殿の意》ローマ市内にある、古代ローマの円形神殿。古代ローマ最大の円蓋建築で、前27年アグリッパが建設。のち、焼失して、120年から125年にかけてハドリアヌス帝が再建。現在はキリスト教寺院で、ラファエロらの有名人、近代イタリア諸王の墓廟となっている。(出典=精選版「日本国語大辞典」)
つあお:ローマのパンテオンには、数年前に行きました。 紀元後2世紀の建物が当時のままで現代まで残っているのが、まずすごい。ドーム状の建物がこんな時代からあったことにも、驚きました。
まいこ:それほど高度な建築ができるんだったら、公共浴場を作るのもお茶の子さいさいですよね!
つあお:その浴場の発祥は、古代ギリシャだったらしいですよ。それもアスリートが体を洗うためだったのだとか。
まいこ:へぇ!
つあお:ローマ帝国では上下水道の土木技術も確立してましたから、たぶん公共浴場の全盛期を迎えていたのではないかと。
まいこ:50メートル四方くらいもある巨大な浴槽に水を貯めるのに2日かかったともトークショーでおっしゃってましたね。
つあお:きっとたわくし(=「私」を意味するつあお語)が古代ローマにいたら、毎日テルマエに入って喜んでいただろうな。実写版『テルマエ・ロマエ』に出演した阿部寛になれるかな。
まいこ:あはは。私は、つあおさんがあの映画の「平たい顔族」(阿部寛演じるルシウスがタイムスリップして日本で会った人々)になった姿を想像しちゃいました(笑)
実写版『テルマエ・ロマエ』=「マンガ大賞2010」「第14回手塚治虫文化賞短編賞」を受賞したヤマザキマリの同名コミックを阿部寛主演で実写映画化。古代ローマ帝国の浴場設計師ルシウスが現代日本にタイムスリップし、日本の風呂文化を学んでいく姿を描くコメディドラマ。(出典=映画.com)
外国人にも人気があった明治時代の温泉
つあお:この展覧会の画期的なところは、古代ローマと古来の日本人の風呂好きを一緒くたにして、お風呂の普遍的な魅力をあぶり出したところですね。まさにヤマザキさんの『テルマエ・ロマエ』の世界です。武田信玄が隠し湯に入ったという話も紹介されていました。
まいこ:本当に! ここでつながるか?!というサプライズ。
つあお:この3枚続の錦絵(多色摺浮世絵版画)は、明治時代に制作されたもののようですが、なんだかやたら豪華ですね。
まいこ:私は、おいしそうに描かれた真ん中のたいに目が釘付けになりました。
つあお:この絵はまず、『伊香保鉱泉浴客諸病全快祝宴』というタイトルがすごいですよね。伊香保の温泉で病気が全快したお祝いをやってるっていう内容。それにしても華やかだなぁ。
まいこ:全快したとたんに、ごちそう食べてたらふく飲んで、どんちゃん騒ぎとは!
つあお:発注主が伊香保温泉全体ということなので、だいぶ盛ってる感はありますけどね。
まいこ:どんちゃん騒ぎでちょっと胃腸が悪くなってもまたここの温泉につかれば治って、そしてまた遊べる! いい循環ですね。
つあお:この絵のメインの描写は宴ですが、右の奥の方を見ると、ちゃんと温泉につかっている人たちがいます。
まいこ:こちらの建物は古代ローマとは違って木造ですね。
つあお:滝に打たれてるような人がいるのがすごいな。いわゆる打たせ湯なんですかね。
まいこ:頭の真上に本当の滝のようにかなり激しく落ちている。修行中なのかな? これはさすがに、日本ならではの設備かも。そして、ひょっとすると混浴? 古代ローマでは混浴は禁止されていたそうですね。
つあお:そうなのか。文化の違いですね。日本には、今でも地方の温泉には混浴があるようです。
まいこ:私も以前、東北のほうで混浴の露天風呂を体験したことがありますが、水着着用でした。
つあお:たわくしは、ずいぶん昔ですが、水着着用ではない混浴に入ったこともあります。往年の慣習がそのまま残っていたのでしょう。
まいこ:へぇ!
つあお::でも温泉の目的は、体の悪いところを治すとか、ひょっとしたら、この滝に打たれている人みたいに修行するとか、体の治癒や向上が目的なので、男女は関係ありませんからね。 いいお湯にみんなで入ろう! という発想なのだと思います。
まいこ:先ほどの伊香保の絵には、外国人の男性も描かれていますね。インターナショナルだったのかな?
つあお:当時、伊香保温泉は西洋人にも人気だった模様です。
まいこ:様々な階級の人たちが一緒にお風呂を楽しんでいるところは、古代ローマと共通しますね。
つあお:そして国籍も気にしない。国際的な裸の付き合い! やはりお風呂は素晴らしい!
まいこセレクト
古代ローマでは、公共浴場が美術館のようにアートを楽しむ場所でもあった! それを知ったのが今回一番の驚きだったかもしれません。裸で交流する場ということで、展示作品も裸像を多くしているという古代ローマ人の感覚にウケました。中でも、美しい裸体で登場することが専売特許の女神ヴィーナスは人気だったようです。今回お会いできた、アポロ神域で出土したというヴィーナスの裸像も、360度完璧に美しかった。日本の公共浴場は、富士山が描かれていたりするけれど、彫刻はあまりないような? 日本版美の女神である吉祥天が裸体像で登場するとも思えないしな~……。この東西の違い、結構面白いですね。
とりあえず私は、いざという時のためにヴィーナス様の「恥じらいのポーズ」をマスターしておきたいと思いました。なんのこっちゃ?!
つあおセレクト
ライオンは円形闘技場として知られるコロッセオで使われていましたし、時代をさかのぼれば、古代ギリシャの陶芸にも描かれていました。古代ギリシャ・ローマにおいては結構身近な動物だったのでしょう。古代ローマの頃までは、ヨーロッパにライオンが生息していたという話も聞いたことがあります。
一方、この吐水口の、口からお湯が出てくるところには、神性を感じます。百獣の王としての存在感は強かったに違いありません。ライオンの吐水口は、お風呂のありがたさを増す存在でもあったのではないでしょうか。
つあおのラクガキ
浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。
湯治といえば日本。かの武田信玄は隠し湯に入って湯治をしたそうです。それにしても、温泉の効能が古代ギリシャ・ローマ時代から認知されていたというのは、結構な驚きでした。そしてアポロは治癒神。神話の神々にとっても、お風呂は身近なものだったはず。ヴィーナスもゆっくり風呂に入ることがあったに違いありません。
展覧会基本情報
展覧会名:テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本
山梨会場:山梨県立美術館 2023年9月9日[土]~11月5日[日]
大分会場:大分県立美術館 2023年11月25日[土]~2024年1月21日[日]
東京会場:パナソニック汐留美術館 2024年4月6日[土]~6月9日[日]
神戸会場:神戸市立博物館 2024年6月22日[土]~8月25日[日]
公式ウェブサイト:https://thermae-ten.exhibit.jp/