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2024.02.18

超絶技巧に仕込まれた「謎解き」。日本人の漆愛の奥深さを探る!

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漆芸は、日本人にとって実に身近な工芸分野です。もともとは接着や保護のための皮膜として用いられた漆が、変え難い美しさを発していることに気づき、工芸で広く用いられるようになったのは、中国・朝鮮・日本などの東アジア地域でのことでした。泉屋博古館東京で開かれている企画展「うるしとともに ―くらしのなかの漆芸美」には、泉屋博古館および泉屋博古館東京所蔵の住友コレクションから、住友家の邸宅をさまざまに彩った東アジアの漆芸品の数々が展示されています。この展覧会を訪れたつあおとまいこの二人は多くの華麗な漆芸品を目の当たりにして、それらが住友家で実際にどう愛され、どう使われていたかに思いを馳せつつ、時折謎解きが仕込まれていることに気づきます。

えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。

達磨がサーフィン?をする謎の香合

まいこ:花びら型のお盆と、その上に載ってる胴(どう)が八角形の器。とってもエレガントですね!

つあお:八角形の器は、漆器の香合(こうごう=お香を入れる器)なのだそうです。お茶席用の香合には陶磁器製を多く見るけど、漆器の香合も素敵だなあ。

(上)『青貝芦葉達磨香合』 中国・明時代 16世紀 泉屋博古館東京蔵
(下)『朱塗菱形十字花弁盆』 中国・明時代 16世紀 泉屋博古館東京蔵

まいこ:漆器はお椀やお膳で今も日常的に使われてますけど、この器は何だかスペシャルな感じですね!

つあお:茶道は「総合芸術」と言いますもんね。香合には香りの素となる香木(こうぼく)などを入れるという実用性がありますが、空気を含めてすべてを味わうお茶席では、器である香合自体が鑑賞の対象になるのは必然なのかも。

まいこ:なんて奥深い世界なんでしょう!

つあお:お茶席では、掛け軸の絵を見たり、しゃかしゃかと茶を点てる音を聞いたり、茶碗を手で持って感触を味わったり、香合から香木を取り出して焚いてみたり、お茶を味わったりする。香合からお茶席全体に考えを巡らせて、まさに五感を総動員して楽しむ場なんだなと改めて思いました。

まいこ:なんて素敵な! それにしても、花びら型のお盆は素晴らしくユニークですよね。

つあお:美しい花びらを抽象化してこういう道具の形に落とし込んだクリエイターのセンスは最高だと思います。その上に黒い器を載せているのは、絶妙のコントラストですね。

まいこ:赤と黒! 器に文字とか絵とかが描かれていますけど、きらきらしてる。貝殻を埋め込んだ螺鈿(らでん)でしょうか?

つあお:どうやらそのようですよ。

まいこ:螺鈿のモチーフはどうも人っぽい。袖をなびかせてますね。

つあお:この人物、実はね、達磨(だるま)らしいんですよ!

まいこ:えっ? 願いがかなうと目を書き入れたりする、あの達磨さんですか? 全然達磨さんに見えない! だって、立ってますよ!

つあお:確かに。しかもスリム! 達磨大師は禅宗の始祖として有名だけど、座っているのが定番な印象ですよね。

まいこ:葉っぱみたいなものに乗ってますね。

つあお:空を飛んでいるようにも見えるし…

まいこ:水の上を移動しているようにも見えます。

つあお:ということは…サーフィンをしているところか?

まいこ:達磨さんの一途な表情を見ると、結構気合いを入れてどこかに向かっているように見えます。ひょっとしたら、この後、9年間壁に向かう修行をしたとか?

達磨= 達磨は南天竺(いまのインドの南方)の人で、6世紀の初めころを生きた実在の人物です。(中略)仏教の祖であるお釈迦様の伝記がよく絵に描かれるように、禅の初祖達磨も絵にしばしば描かれますが、そのときにどんな姿で達磨を描くかというと、(中略)壁に向かって修行する姿、片方の履物を持って立つ姿(達磨没後の隻履西帰の伝説を描くもの)、そしてここで紹介する祖栄筆「蘆葉達磨図」のように揚子江を渡る姿などが主なものです。​​(出典=神奈川県立歴史博物館のウェブサイトに掲載された「祖栄筆 蘆葉達磨図」の解説

つあお:どうやら、葉っぱに乗った達磨は、中国の揚子江を渡っているようです。そしてどうもこの後、嵩山少林寺(すうざんしょうりんじ)に着いて、まいこさんがおっしゃる通り「面壁九年」の修行をしたらしい。葉っぱはサーフボードというよりも舟か筏(いかだ)のような物なのでしょうが、やっぱり斬新ですね。ところが、この展示で一つ驚くべきことを知りました。

まいこ:えっ? 何でしょう?

つあお:この香合の身(胴体)の部分は中国・明からの輸入品なのですが、蓋は日本製らしいんです。それでね、作らせた人物がまたすごい。室町幕府の第8代将軍、足利義政(1436〜90年)だったらしい。

まいこ:なんと! そんなこともあるんですね。

つあお:足利将軍家は芸術品の収集に熱心で、コレクションは「東山御物(ひがしやまごもつ)」と呼ばれていますが、どうもその中に入っていたようです。義政は香合の身の部分に合わせて、南都職工(奈良の漆工職人)に作らせたのだとか。

まいこ:この小さな香合にそれほどのこだわりを持った義政さんの感性にも感じ入ります。それにしても、この香合がこんなに素敵な皿に乗ってること自体がまた素晴らしいですよね。最初からセットとして作られたものだったのでしょうか。

つあお:あまりにもサイズがぴったりですもんね。盆も中国・明からの輸入品なのですが、実はもともと香合とはセットではなかった。あくまでも可能性があるというレベルの話ですが、ある人物が組み合わせたかもしれないのだとか。その人物がまた、なかなかすごいんですよ。

まいこ:えっ? もったいぶらないで教えてください。

つあお:織田有楽斎(おだ・うらくさい、1547〜1622年)。織田信長の弟です。

まいこ:えっ!! 今ちょうどサントリー美術館で織田有楽斎の展覧会をやってますよね! あの方ですか。武将としては「逃げた男」とか呼ばれることもあったようですけど、やっぱり茶人としては最高にイケてる人物だったのかもしれませんね!

つあお:香合と盆のこのセットは、有楽斎が江戸時代に再興した京都の正伝院(現・正伝永源院)の所蔵となり、近代に入ると住友家のコレクションになった。

まいこ:一流どころを渡り歩いた逸品なのですね。

つあお:そのことに関連した書状が、香合の横に展示されています。香合の添状(そえじょう)です。茶道の家元として有名な千家3代の千宗旦が有楽斎に宛てたもので、香合の特徴などを長々と述べている中で、何と達磨の絵まで描かれているんですよ。

千宗旦『青貝芦葉達磨香合添状』 江戸時代 17世紀 泉屋博古館東京蔵 展示風景

まいこ:こちらの達磨さんは葉っぱに乗っているわけではなくて、ほかの絵でよく見るポーズとアングル。手紙の中でスケッチみたいな絵をワンポイントで描くなんて、やっぱり達磨さんは重要だったんですね! そして、何だかかわいい。

つあお:この書状は、住友家の第15代当主の住友春翠(すみとも・しゅんすい、1865〜1926年)が、亡くなった義父の30年忌を追善する大正8(1919)年のお茶会で待合部屋に掛けて、その後どこかの部屋で達磨の香合が出てくることをほのめかしたのだとか。

まいこ:へぇ!

つあお:来た客は、書状に書かれた達磨の香合に別の部屋で出合って、「おお、これがアレなのか!」と、春翠が仕掛けた謎解きを楽しんだわけです。

まいこ:あのお茶好きでイケメンの春翠さんですね。住友家歴代を代表するパトロン、さすがです。

つあお:粋ですよね。住友家のお茶会で麗しい芸術品が使われていたということだけなく、住友家が客をどうもてなし、客がどう楽しんでいたかという光景まで目に浮かんできます。泉屋博古館の竹嶋康平学芸員は、客が香合と出会った後、春翠が茶席の亭主として作品の由来などを語り聞かせたのではないかと推測しています。

まいこ:私も春翠さんにもてなされてみたいです(笑)。

香合1つにこれだけのドラマが隠されているとは……。驚きです!茶席でこの香合を拝見された方たちは、感嘆の声をあげたのでしょうね。

龍の爪の数が5本から4本になった謎を解く

つあお:中国からの伝来品としては、龍がしつらえてある盆もなかなかシックな感じがしていいですね。

まいこ:今年は辰年!

つあお:きらきらした螺鈿を施した漆器とは違って、こちらの色調は朱色と黄色が基本なのでモノクロームに近い。そばに寄ると、細密に彫り上げられた部分が浮き上がってくるように見えます。

まいこ:こんな素敵な物、いったいどうやって作るんでしょう?

『双龍図堆黄長方盆』 中国・明時代 万暦20(1592)年 泉屋博古館東京蔵

つあお:漆を何百層にも塗り重ねた後で彫るのだとか。地の部分は朱漆(しゅうるし)。上部に黄漆(きうるし)を塗り重ねているようです。

まいこ:すごく手がかかってるんですね! 横に同じ技法の丸い盆もありましたね。

『龍図堆黄円盆』 中国・明時代 万暦17(1589)年 泉屋博古館蔵

つあお:そうそう、四角い盆も丸い盆も龍をメインのモチーフにしている。ちなみに、5本の爪と2本の角(つの)を持つ「五爪二角龍」は、中国では皇帝を象徴するそうです。

まいこ:なるほど! この展覧会ではほかにも龍柄の作品がたくさん出てましたね!

つあお:龍のモチーフはほとんど文様化してますけど、四角いほうの盆ではリアリズム的な表現が結構残っているように見える。これはこれで、見ていて楽しい。

まいこ:架空の動物なのによくこんなにリアルに描けますね。

つあお:おそらく、当時の中国の職人たちには、今の日本の漫画家みたいなクリエイティビティーがあったのではないでしょうか。

まいこ:このお盆では、龍の爪の数に注目すると面白いと聞きました。

つあお:修理時の発見とのことなんですけど、「五爪二角龍」が表されているはずの四角い盆の龍には、爪が4本しかない。その理由がわかったというんです。

まいこ:えっ! ほんとだ! 丸いほうの龍は5本爪なのに四角いほうは全部4本ですね!

つあお:竹嶋学芸員の話では、もともと4本のほうにも5本爪があったんだけど、削っちゃったそうなんですよ。

まいこ:なんと!そんなことするんですね。つあおさん、ぜひお持ちの単眼鏡で見てみてください

つあお:こういう細かい部分は、単眼鏡で見るとほんと楽しいです。確かに4本です。削られた部分の爪と爪の間隔が、不自然に空いています。

まいこ:さすが単眼鏡!

つあお:で、その削った理由というのがどうも、もともと中国の皇帝の持ち物だったのが、家臣や周辺の朝貢国に下賜されたことから減らされたというのです。

まいこ:言われないとわからないけど、よく見ると隙間が大きく開いていて削ったのかなあというところがありますね! でもその理由まで突き止めるというのはすごい。

つあお:本当によく見ないとわからないところに、また職人の素晴らしい技術が表れているのだと思います。

まいこ:すご技! また皇帝のところに戻ってきたら爪を付け足すのかしら?

職人の技を感じますね。まさに超絶技巧!

まいこセレクト

『武蔵野蒔絵面箪笥』 江戸時代18世紀 泉屋博古館東京蔵 展示風景

住友家の漆コレクションの中でも特にユニークだなと思ったのが、能面を入れる箪笥です。武蔵野の絵が描かれた立派な蒔絵の箪笥には六つの引き出しがあって、それぞれに一つのお面が入っているようです。引き出しが一つ開いていて、お面が出してあったので、どのように入っているかを見ることができました。

(左)『面「猩々」』 桃山時代 16世紀 泉屋博古館東京
(右)『武蔵野蒔絵面箪笥』 江戸時代 18世紀 泉屋博古館東京蔵 展示風景

人の顔をしたお面が、暗い引き出しの中に上を向いて6個も入っているなんて「なんだかちょっと怖い!」。一瞬そのように感じつつも、引き出しに書いてある文字をじっと見ていると、そこには「七十七、七十八、七十九…..」と数字が書かれています。「もしかしてこれは能面の数?」。チラリとネットで調べると、住友コレクションの能道具の中から能面99面を紹介するという図録が出てきました。ということは、このように6面入る箪笥が17個ほどあったということなのでしょうか? これは、怖いを通り越してすごい! それとも特にお気に入りの能面をこのようにオリジナルの箪笥に入れていたのでしょうか? いずれにしても、改めて春翠さんの能への情熱に感銘を受けた逸品でした。

つあおセレクト

『能管 銘「薄雲」』 江戸時代 17世紀 泉屋博古館東京蔵 展示風景

洋の東西を問わず、楽器には工芸品としての魅力を持つものが多くあります。能管が漆芸品として制作されたのも、また自然なことだったのでしょう。やはり美しい音楽を奏でる楽器には、見目の美しさも求められますから。写真の能管は、全体が黒漆、吹き口や指穴には朱漆、一部に金蒔絵が施されています。手で持って吹く奏者は美しい音を追究する気持ちを高め、聴衆は楽器と音の両方の美しさを享受する。音楽の場では、いにしえからそんな世界が広がってきたのだと思います。

下の写真に並んでいるのは、すべて打楽器です。丸い穴の部分に貼った皮をたたいて音を出す構造です。胴には、波を抽象化した青海波文様(せいがいはもんよう)などの図柄が蒔絵で施されています。写真の真ん中奥にある楽器は、『朝日波千鳥蒔絵太鼓胴』と題されています。今まさに昇ろうとしている真っ赤な朝日が印象的ですね。楽器に描かれた絵は、演奏される空間における詩的な世界の醸成に一役買っていたのではないでしょうか。

打楽器が展示されたコーナー。すべて江戸時代の作品

つあおのラクガキ

浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。

Gyoemon『黒漆福来提琴』

西洋のヴァイオリンを漆芸の技法で作ったら、いったいどんな音がするのでしょうか。西洋のヴァイオリンは通常胴体の表面にニスを塗ります。代わりに漆を塗ることになるわけです。塗るのが黒漆なら、相当なインパクトのある楽器になるでしょう。美しい漆芸品はお祝いの席に似合います。美しく仕上がった漆芸のヴァイオリンも福を招くに違いありません。

展覧会情報

展覧会名:企画展「うるしとともに ―くらしのなかの漆芸美」
会場:泉屋博古館東京(東京・六本木)
会期:2024年1月20〜2月25日
公式ウェブサイト:https://sen-oku.or.jp/program/20240120_lifewithurushi/

東門五兵衛『花鳥文蝋色蒔絵会席膳椀具』 明治時代 19世紀 泉屋博古館蔵 展示風景
全部で30名分あるという祝席膳セットの一部。金銀蒔絵で施された四季の草花と鳳凰の表現が気品のある鮮やかさを見せる。住友家が大阪船場の東門商店(東門五兵衛)に特注したものという。これらの器を使って催された祝宴の様子を想像するのもまた楽しい。

※泉屋博古館東京の野地耕一郎​​館長は、漆器の生産で知られる石川県輪島市が工房再開の目途が立たないほど被災したことを心配し、「こんなときに漆芸の企画展を開くのだから、何か少しでもできることはないかと思い、支援の募金を始めた」と話す。「令和6年能登半島地震復興支援募金​​」を実施し、会期中美術館の受付に募金箱を設置。公益社団法人日本工芸会へ令和6年能登半島地震復興支援として指定寄付するとのこと。

書いた人

つあお(小川敦生)は新聞・雑誌の美術記者出身の多摩美大教員。ラクガキストを名乗り脱力系に邁進中。まいこ(菊池麻衣子)はアーティストを応援するパトロンプロジェクト主宰者兼ライター。イギリス留学で修行。和顔ながら中身はラテン。酒ラブ。二人のゆるふわトークで浮世離れの世界に読者をいざなおうと目論む。

この記事に合いの手する人

幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。十五代目片岡仁左衛門ラブ。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。