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片岡仁左衛門×坂東玉三郎 奇跡の「国宝コンビ」のすべて

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Craft
2019.09.18

叙情豊かに美しく“海”を表現した浮世絵とハイジュエリー

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日本の景色や名所を叙情豊かに描き、風景版画の第一人者と謳われた江戸時代後期の絵師・歌川広重。その最晩年に制作された三枚続の大作のひとつが、阿波(現在の徳島県)の名所、鳴門海峡の激しい渦潮を花に擬(なぞら)えた「阿波鳴門之風景(あわなるとのふうけい)」です。

無数の渦が白波を立てながら現れては消え、海面の波飛沫が燦めくようすを鮮麗な色彩と技法で表現した大判錦絵──。

それは日本美術の殿堂として知られるアメリカ・ワシントンD.C.のフリーア美術館が所蔵する、広重の代表作といえるでしょう。

【連載】日本美術とハイジュエリー 美しき奇跡の邂逅 第10回 MIKIMOTO

一方、日本のトップジュエラー「ミキモト」の“海”にインスピレーションを得た壮麗なハイジュエリーも、自然を詩的に意匠化したもの。至高も宝飾技巧から生まれた輝きが、広重の傑作との出合いを通してよりドラマティックに、迫力に満ちた美しさを放ちます。

海面の光はダイヤモンド、湧き立つ泡は真珠で表現

ネックレス[アコヤ真珠約6.00~9.75mm×ダイヤモンド計44.14ct×WG]¥60,000,000(ミキモト)

ダイヤモンドは海面の燦めきを、アコヤ真珠は波間に湧き立つ泡を表現したネックレス。「ミキモト」特有の繊細で華麗なスタイルは、日本の美意識と西洋の近代的な宝飾技術を融合して生まれたものです。その輝きは、大和絵の伝統技法だけでなく、最新の西洋画の技法も学んでいたといわれる広重の画業を思い起こさせます。

水の循環をデザイン化した“雲と雨”のイヤリング

イヤリング[アコヤ真珠約3.00~9.75mm×アクアマリン計6.22ct×ダイヤモンド計2.21ct×WG]¥3,500,000(ミキモト)

左右の異なるデザインに物語を秘めたイヤリング。アコヤ真珠が軽やかに揺れる右耳用は海上に生まれる“雲”を、ブリオレットカットのアクアマリンが涼やかな左耳用は“雨”を表現しています。水の循環という自然現象を意匠化した、この遊び心溢れるジュエリーは、三枚続の版画のような3点セット。

大海へ注ぐ水の流れを華麗な意匠に昇華させて

ネックレス[アコヤ真珠約3.50~9.49mm×アクアマリン計15.74ct×タンザナイト計12.05ct×パライバトルマリン計1.90ct×ダイヤモンド計4.18ct×WG]¥13,500,000(ミキモト)

アコヤ真珠とブルー系の宝石を連ねて、海へと続く清流を思わせるネックレスに。多彩なカットを施したカラーストーンが水の豊かな表情を映し、広重が描いた海の風景と鮮やかに呼応します。こうした日本ならではの繊細な色彩感覚は、錦絵と呼ばれる多色刷り版画においても重要な役割を果たしてきました。

“海”を象徴する宝石のブルーが印象的なリング

リング[アクアマリン2.80ct×ダイヤモンド計0.65ct×PT]¥3,300,000(ミキモト)

水の物語を完結させるセットジュエリーのリング。水の流れ着く先には大海を象徴するアクアマリンが輝きます。この“海の水”の名をもつ澄んだ淡青色の宝石と、広重が好んで用いたブルーに共通するのは、日本人が永遠に心惹かれる清々しい美しさにほかなりません。また、花に擬えた渦潮のごとく、流麗な弧を描く曲線がジュエリーにモダンな華やぎをもたらします。

MIKIMOTO公式サイト

風景版画で一世を風靡した浮世絵師・歌川広重と“海”

日本中のあまたの名所を生涯にわたって描き続けた歌川広重。“海”を描いた今回の作品にも、そんな名所絵の天才の力が遺憾なく発揮されています。

伝統を重んじながらも革新的であり続ける「ミキモト」

1797年、江戸の定火消同心(じょうびけしどうしん)の家に生まれた歌川広重は、両親を早くに亡くし13歳で家督を継ぐものの、絵師になる夢を捨てきれず、15歳で歌川豊広の門下へ。すぐに頭角を現すと、入門からわずか1年で当時流行の役者絵や武者絵などを手がけます。しかし、なかなか独自のスタイルを見いだせずにいました。

そんな広重に転機が訪れたのは1831年のこと。江戸の名所を描いた風景版画「東都名所」を刊行すると大変な評判に。この大ヒットによって、絵師・歌川広重の名は広く知られるようになったのです。

西洋の透視図法を習得し、他流派の技術も熱心に学んだ広重の才能は、風景版画で大きく開花。折しくも江戸は空前の旅ブームで、“お伊勢まいり”が流行していました。そうした時流に乗って刊行されたのが広重の代表作となる「東海道五拾三次」です。

その画業において写生を重んじた広重ですが、独自の視点で再構築した絵には、四季の自然や土地の文化までもが描かれていました。広重は摺(すり)にも妥協せず、職人に細部の仕上がりまで指示したといわれています。

また、海外で「ヒロシゲブルー」と称される青や藍の独特の色味、高度な“ぼかし”の技術も、広重の探究心の賜物でした。それを使って描かれる海や河川、空の美しさは格別で、まさに比類なきものといえるでしょう。

そして、最晩年には三枚続の大版画の三部作を制作。その“雪月花”に擬えた作品のひとつがアメリカのフリーア美術館も所蔵する「阿波鳴門之風景」です。渦巻く荒海は上品な淡青色で描かれ、気品すら感じさせます。作品に漂う品格も、広重の版画の魅力にほかなりません。

「阿波鳴門之風景」歌川広重 大判錦絵3枚続 36.8×24.5cm、36.8×24.8cm、36.8×24.6cm 1857年・江戸時代 フリーア美術館 Freer Gallery of Art,Smithsonian,Institution,Washington,D.C.;Gift of the family of Eugene and Agnes E.Meyer,F1974.110-112

一方、「ミキモト」にとっても真珠を育む“海”は永遠のテーマです。今回のような“海=水”を意匠化したジュエリーもたびたび制作されてきました。単に豪華なものではなく、詩的な美しさに溢れたデザインを身上とする「ミキモト」。

そうしたスタイルは、日本の美意識と西洋の宝飾技術を融合させることで誕生しました。

また、近年はルビー、サファイア、エメラルドの3大貴石とダイヤモンドだけにこだわらず、話題の宝石をハイジュエリーに。卓越した技術とスタイルを確立していればこそ、果敢な挑戦も可能になるのです。

「フリーア美術館」とは? フリーア美術館で出合う名作版画コレクション

1906年、チャールズ・ラング・フリーアは自らのコレクションをスミソニアン協会に寄贈するとき、基本的に版画作品を排除しました。その一方で、フリーアは北斎の「百人一首姥(うば)がゑとき」シリーズの版画の下絵には価値を見いだし、重要な作品として所蔵したのです。

フリーア美術館のもうひとつの大きな版画作品のコレクションは、フリーアの友人であり、『ワシントンポスト』紙の社主だったマイヤー家から1974年に入手した多くの木版画で、そのなかには広重や歌麿、写楽といった著名な絵師の木版画が多数含まれていました。今回、紹介した広重の木版画「阿波鳴門之風景」もそのひとつです。

「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」歌川広重 大判錦絵 34.9×24.1cm 1857年・江戸時代 フリーア美術館 Freer Gallery of Art,Smithsonian Institution,Washington,D.C.;Gift of Alan,Donald,and David Winslow from the estate of William R.Castle,F1994.29

肉筆画の所蔵を重視しているフリーア美術館ですが、美術史上重要な意味をもつ版画作品も所蔵。この広重による有名な木版画もそんなひとつ。

◆フリーア美術館

住所:1050 Independence Ave SW,Washington, DC 20560, U.S.A.

公式サイト

ー和樂2019年8・9月号よりー
※商品の価格はすべて掲載当時のもので、変更されている可能性があります。表記は、本体(税抜き)価格です。
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文/福田詞子(英国宝石学協会 FGA)
協力/フリーア美術館
撮影/唐澤光也

【連載】日本美術とハイジュエリー 美しき奇跡の邂逅