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2021.02.23

なぬ!?男色ハウツー本があっただと?ムードの出し方や誓いの方法まで書かれた江戸時代の『男色十寸鏡』がスゴイ!

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江戸時代の文章だし、そんな過激なことなんて~、なぞと侮っていると、痛い目に遭う(そもそもこの認識が誤りだったのだが)。見事にカウンターを食らった。

男女の恋なんて、アホになるだけなんだよ! 人らしく恋ってもんを知りたけりゃ、衆道に限るっ!

衆道=ボーイズラブですよね? そ、そんな断言を!?

これ、流行りの超訳かと思いきや、ほぼこのままの内容が書かれているのである。
衆道(しゅどう、しゅうどう)とは男性同士の恋愛のことで、男色(だんしょく、なんしょく)・若道(じゃくどう、にゃくどう)などとも言う。それぞれに若干意味合いが異なるのだが、混同されていることも多い。

いやしかし、なんて言い草だ……。

急いで今までの非を悔いて、若道の門に入るべし

なにも男女の恋を、今までの非、とまで言わんでもいいのじゃあないかいなあ。
まあでも、そんなに言うならば気になるねえ。

というわけで、江戸時代の男色ハウツー本『男色十寸鏡(なんしょくますかがみ)』をちょいと覗いてみることにしよう。

ドキドキ……. 江戸時代の禁断の世界!

どんな内容なのか? ざっくり概説

『男色十寸鏡』は上下巻からなる。上巻は兄分、下巻は弟分に向けて書かれており、基本的な心得、兄分と弟分それぞれの注意点、想いを表す作法、そしてやっぱりあったか、床入りの作法なんてものも書かれている。

実用的なハウツー本なんですね。

作者は匿名の「三夕軒好若処士(さんせきけんこうじゃくしょし)」とあり不明ながら、江戸時代前期の京都の絵師・吉田半兵衛(よしだ はんべえ)と見られている。吉田半兵衛は、この時代の人気作家・井原西鶴(いはら さいかく)作品の挿絵も多数手がけた絵師だ。

この作品が現代語訳された出版物というのはなかなか見当たらない。同年に書かれた井原西鶴『男色大鏡(なんしょくおおかがみ)』のほうは、漫画などにもなって広く読まれているのだが。
ただ、江戸時代の一般向け作品だけあり、古文のわりにはけっこう現代語チックなところもあって比較的読みやすい。活字に起こした翻刻(ほんこく)版はあるので、興味のあるかたはぜひ読まれたし。

目次はこんな感じ

どんなことが書かれているのか、ざっくり捉えるにはやはり目次が役立つ。
列挙してみよう(表記は翻刻版ママ)。

【上巻】兄分勧学之巻
・衆道得心第一義
・衆道は只実を根本の事
・兄分風俗 并 嗜の事
・若衆のために儀を思ふべし若恩の事
・若道の契誓紙にあり 付り 腕股ひき様
・若道の初恋艶書かきやう
・若衆えの心入 并 教訓第一の事
・少年を初めての恋とりいりやう
・少年若道のしたて気を通す事
・児性小草履とりしたての事
・野郎参会の意得 并 唐物うりが事

【下巻】若衆勧学之巻
・若衆得心第一儀
・身持たしなみの事
・伊達風情心得の事
・分て心がけ有べき事
・他所の若衆とつきあひ心得の事
・余所え出る心得の事
・主人に愛せらるる若衆心得の事
・僧に愛せらるる若衆心得の事
・心を花車第一の事
・町人若衆心得の事
・人に物を借まじき事
・人に恋慕せられし時心得の事
・早く兄分をさだむべき事
・何事も兄分にとふべき事
・人に状つけられし時の事
・手跡よき若衆心得の事
・万食物心得の事
・匂ひをとむる事
・若道床入の事

……なかなか……なかなかな内容である。ハウツー本だけに、実践的な内容だ。

兄分の11項目に対して、弟分の若衆は19項目と多い。弟分のほうには相手の身分によって別項目が立てられており、他家の若衆との付き合い方、横恋慕されたらどうするか、といったことまで解説されている。

なんか弟分大変そう!

ちょっとだけ、内容チラ見せ

全文はご興味のある各々にご確認いただくとして、基本的な心掛け箇所のごくごく一部をピックアップしてご紹介しよう。

兄分の心掛けとは?

「男女の恋愛をしている者は、執着心が強く、潔くない。衆道は意気地の道であり、この道に入ろうとするならば、男女の恋をする友も持ってはならない」

「女性に興味がある者は、油臭いにおいに鼻をひくつかせ、すれ違ったときには何度も振り返る。男色の道に入った者は、女とみるや目を逸らす」

ひどい言い草だなあ! 女性はスルーなのね。

おいこら。女性にケンカ売っているんか。友達にもなるな、というのは、朱に交われば赤くなる、という考えから出た発言らしいが、実に過激で失礼千万である。

ただ、以下の部分には、ちょっとぐっとくる。

「自分が不勉強だったり立ち居振る舞いが悪かったりすると、弟分までそうした者であろうと見られてしまい、可哀想である。励むべし」

弟分の心掛けとは?

では、弟分の若衆のほうはどうだろう。

「月日は射られた矢のように速く、この世はすべて夢のようなものであるが、その中でも若衆の盛りは夢の夢、あっという間のものである」

「この惜しむべき若衆の命を、兄分のために散らすことこそが潔いのである」

ほんのわずかな間に咲いて散る桜の花、それを愛でる心が垣間見られるような記述だ。武士道に似た空気も感じられる。

「髪型はその時々の流行に合わせるのがよいが、似合うかどうかは自分ではよく分からないものだ。兄分や他人に任せるのがよい。ただ、髪用の油はあまりたくさん付けないほうがよい」

「刀や脇差の柄に巻く糸や下げ緒は、黒いものがよい」

現代のファッション誌にでも書かれていそうな内容だ。

兄分のほうでは心掛けが多く書かれているのに対し、弟分のほうでは具体的な方法が豊富に書かれているなど、ポイントが異なるのも興味深い。

男女の恋愛を否定してるのは気になるけど、めちゃくちゃ努力して、お互いを思い合ってる感じがする。

『男色十寸鏡』が書かれたのは貞享4(1687)年、側用人・柳沢吉保(やなぎさわ よしやす)の寵愛で知られる徳川綱吉(とくがわ つなよし)の治世だ。江戸前期には他にも『犬つれづれ』『催情記(さいせいき)』などの男色ハウツー本、『田夫物語(でんぷものがたり)』『心友記(しんゆうき)』『風流嵯峨紅葉(ふうりゅうさがもみじ)』『男色大鏡』ほか男色を扱った物語が多数出版されている。男色華やかなりし時代の、残り香である。

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アイキャッチ画像:筆者蔵

主要参考文献:
・西鶴学会・編『近世文芸資料集10 好色物草紙集 男色十寸鏡』古典文庫
・西鶴学会・編『浮世草子複製 男色十寸鏡』古典文庫第37冊
・『日本古典文学全集39 井原西鶴集2(男色大鏡)』小学館
・『デジタル大辞泉』小学館
・『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館
・『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ブリタニカジャパン

書いた人

人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。

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幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。