今回解説するのは、後白河法皇の側近の1人、平知康(たいらの ともやす)殿! 平と言っても、平清盛殿の近親者でも、坂東平氏の出身でもない、まったく別の平氏だ。(平家と坂東平氏の違いは、清盛殿の記事を参照)
うむ。とてもややこしいな。だからオレたちは、平知康殿のあだ名である「鼓判官(つづみの ほうがん)」と呼んでいる。知康殿が鼓の名手で、判官という役職についていたから、そう呼ばれていたんだ。
おっと、自己紹介が遅れたな。鎌倉御家人・三浦胤義(みうら たねよし)が語る! 令和4(2022)年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』予習シリーズ! オレが何者かは第1回参照なッ!
判官ってなぁに?
「判官」という役職は、大雑把に階級の1つだ。官位は「少尉」「大尉」と言えば、近代以降の軍隊を知ってる者にはピンとくるだろうか。
近世以前は少尉(しょうじょう)大尉(たいじょう)と読むんだが、近代以降の軍隊では「少尉(しょうい)」「大尉(たいい/だいい)」と読むらしいな。律令の官位と、軍隊の階位は必ずしも一致するとは言えないが、まぁそんな感じの立ち位置だ。
京にいた武士で「判官」といえば大抵は「検非違使大尉」か「検非違使少尉」だな。
ちなみに、「検非違使大尉」は世襲制で坂上(さかのうえ)氏と中原氏が任じられていたから、他の「判官」は「検非違使少尉」だ。「中尉」はない。つまり鼓判官こと平知康殿も少尉。九郎判官こと源義経殿も少尉。そしてもう1人の九郎判官ことオレも少尉だよ! 『ゴールデンカムイ』の鯉登と同じだな!
▼鯉登少尉
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不死身の男、平知康殿の人生!
鼓判官殿は後白河法皇の側近! ……という事ぐらいしか、その半生の詳細がわからない。でも、なかなかに波乱万丈な生涯を送っていてなぁ。何度もピンチになっては立ち上がる不死鳥のような男だった。
以下、ちょっとネタバレを含んでしまうので、まっさらな状態でドラマを楽しみたい人は注意なっ! ……多分、三谷殿めちゃくちゃ張り切って書くだろうし。
法皇の側近
鼓判官殿が、どれくらいの立ち位置かというと重要な打ち合わせに後白河法皇の言葉を伝える使者に選ばれるぐらいだ。当時の身分の差による制限って、けっこう絶対的なルールでさ、身分の差がありすぎると直接お目通りなんてできない。だから公家の日記に武士のナントカと会ったと書かれていた場合、基本顔を合わせた訳ではなく、代理の者が会っていたと考えて欲しい。
もちろん本人じゃなく代理だからといってむげにされているわけじゃない。代理の言動は全て本人の言動となるし、代理への態度はそのまま本人への態度となる。そこら辺の公家社会の掟を知っているのと知らないのでは、多分木曽義仲殿への印象もずいぶん変わって見えるんじゃないかなあ。
木曽殿は、鎌倉より先に京に入り、後白河法皇と対立していた平家を追い払った。けれどそういった京のルールを知らなかった。さらに、側近ではない下位の武士たちの統率が取れずに京で狼藉を働く者を多数出してしまった。それらが原因で後白河法皇と対立して、ついに法皇の居住地である法住寺殿(ほうじゅうじどの)が木曽軍に囲まれてしまう。
鼓判官殿は木曽殿の攻撃から後白河法皇を守るために戦ったがズタボロに負けてしまって、判官をクビになってしまった。
鎌倉殿の側近
しかし平家が滅びる元暦2(1185)年に復職し、合戦の立役者である源義経殿に接近した。
ところが義経殿が頼朝様と対立して京から出てしまうと、鼓判官殿はまたクビにされてしまった。鼓判官殿は義経殿の仲間と思われて、鎌倉に追われる事を避けたかったんだろうな。弁明する為に鎌倉に行った所、まだ幼かった頼家様の蹴鞠の師匠として採用された。
鼓判官殿の鎌倉御家人からの評判はというと……、う~ん、少なくともウチ(三浦)では良い話をあまり聞かなかったなあ。なんていうか、叔父や異母兄たちが「京から目線でマウント取ってきやがって」とかなんとか言っていたような……。ま、どう描かれるかはドラマをお楽しみに!
平知康役、矢柴俊博殿
そんな鼓判官こと平知康殿を演じるのは、矢柴俊博殿!
「平相国様がお見えでございます」
平は平でも平家とは違い、渋い存在なのかと個人的にはシンパシーを感じましたが、歴史上にも平家物語にも折々顔を出す、ひと癖ふた癖ある曲者なのだとご説明をいただきまして。
今は畏怖の念のようなものが湧いています。
おお、これは怪演が期待できそうなキャスティング……! 平清盛殿、後白河法皇、頼朝様。頼家様……そして『鎌倉殿の13人』とも直接やり合う事になる鼓判官殿に注目だ!
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「鎌倉殿」とは鎌倉幕府将軍のこと。「鎌倉殿の十三人」は、鎌倉幕府の二代将軍・源頼家を支えた十三人の御家人の物語です。和樂webによる各人物の解説記事はこちら!
1. 伊豆の若武者「北条義時」(小栗旬)
2. 義時の父「北条時政」(坂東彌十郎)
3. 御家人筆頭「梶原景時」(中村獅童)
4. 頼朝の側近「比企能員」(佐藤二朗)
5. 頼朝の従者「安達盛長」(野添義弘)
6. 鎌倉幕府 軍事長官「和田義盛」(横田栄司)
7. 鎌倉幕府 行政長官「大江広元」(栗原英雄)
8. 鎌倉幕府 司法長官「三善康信」(小林隆)
9. 三浦党の惣領「三浦義澄」(佐藤B作)
10. 朝廷・坂東の事情通「中原親能」(川島潤哉)
11. 頼朝の親戚「二階堂行政」(野仲イサオ)
12. 文武両道「足立遠元」(大野泰広)
13. 下野国の名門武士「八田知家」(市原隼人)