馬のいななき、蹄(ひづめ)の音。耳にするだけで心が躍りだす。
そんな戦国時代ファンの期待をのせて、大河ドラマ『麒麟がくる』がスタートした。日本人ならだれもが知っている波乱万丈の人生を歩む「明智光秀」という人物。謎に包まれたその生涯はどんなふうに描かれるのか。ドラマの展開から目が離せない一年になりそうだ。
4年前、同じく戦国時代を舞台とし、日本中を興奮の渦に巻き込んだ大河ドラマ『真田丸』。一大ブームとなったそのドラマを、時代考証者として陰で支え続けたのが、歴史学者・丸島和洋さんだ。戦国時代を専門とする丸島さんに、戦国の世の魅力、明智光秀や本能寺の変の真実、そして、歴史というストーリーをつないでいく“史料”の面白さについて、たっぷりお話を伺った。
匙加減こそが、“時代考証” の腕の見せどころ
――丸島先生が考える“戦国時代”の面白さ、魅力とは何でしょう。
まず一つは、“過渡期”特有の面白さでしょう。戦国時代は、中世が終わりを告げて近世がスタートする、ちょうど境目の時代。中世的な要素と近世的な要素がせめぎ合う時代です。暴力で物事を解決することが当たり前であった中世と、法や話し合いで解決しようとする近世のせめぎ合いがさまざまな場面でみられます。たとえば「喧嘩両成敗(けんかりょうせいばい)法」。秩序を保つための抑止法として主君がつくった同法に対して、面子(めんつ)を重んじ暴力で解決したい家臣たちは反発し、両者の発想はぶつかリ合います。
もう一つは、“地方の時代” という魅力です。中世の日本は必ずしも統一政権下にあったわけではなく、鎌倉幕府も室町幕府も全国を支配するような政権ではありません。戦国時代はさらに半独立国のような戦国大名が次々に生まれた時代です。江戸時代でも幕府が出した法令と各大名がつくる法令が一致していないことが多く、日本が統一国家になったと言えるのは明治維新以降のことです。特に、たくさんの半独立国が生まれ、それぞれの国で特色ある自治が行われていた戦国時代は、まさに“地方の時代”と言えるでしょう。
――その魅力あふれる戦国時代を舞台とした大河ドラマ『真田丸』(2016年)では、時代考証者として、一大ブームとなったドラマを陰から支えられました。時代考証とは具体的にはどのような仕事ですか。
基本的には、脚本家が書いた台本を“史実に則しているか”という観点から検証し修正を提案していく仕事です。例えば言葉遣い。その言葉が当時あったのかどうか、使われ方は正しいか、話し方は適切かなどを確認します。また、人物や事物などの描かれ方についても検証します。
作品によって時代考証者の関わり方もさまざまですが、『真田丸』ではプロデューサーの方針でかなり深く作品づくりに関わらせていただきました。出来上がった台本を確認し修正するというよりも台本づくりの段階からアイデアを出したり、また、書状など小道具づくりのサポートもしました。
『真田丸』の制作現場はチームワークがよく、また脚本家の三谷幸喜さんご自身が時代考証に非常に真摯に取り組まれる方だったので、こちらとしても気持ちよく仕事ができました。
――時代考証をする中で面白かったことは何ですか。
私たち時代考証者がふだん見ているものは、台本という文字だけでつくられた世界です。それがいざ映像になると、想像もしていなかったような仕上がりになっていて、それは純粋に面白い!と思いましたね。
――難しかったのはどんなことでしょうか。
登場人物の台詞について、「家族の会話はできるだけ現代語に近く、オフィシャルな場は武家言葉で」という三谷さんの要望がありました。オフィシャルな場面に登場する女性なんて北政所(きたのまんどころ)や淀殿(茶々)くらいですから、プライベートな場面が中心の女優の台詞は現代風の言葉が多くなり目立ってしまいます。ドラマの序盤では、長澤まさみさん扮する「きり」の台詞について、「現代風過ぎるのでは」というご意見が多く寄せられました。
しかし、時代劇の放送が少なくなり時代劇語に慣れていない若者世代にとっては、武家言葉のハードルは高く、ドラマを純粋に楽しむことができなくなってしまう。史実に則しながらどこまで視聴者に寄り添っていけるか、その匙加減がやはり難しいところです。
――その匙加減こそが、時代考証者の腕の見せどころなのですね。
匙加減というところでは、劇中に出てくる書状も同様です。『真田丸』では書状の作成にかなり関わらせていただき、大名ごとに紙の大きさや折り方を変えたり、文面にもこだわりました。悩みどころは字体。端的に言えば“どこまで崩すか”です。戦国時代の崩し字を忠実に再現したところで一般の方は100パーセント読めませんから、何の意味もない。それで、“カルチャーセンターで古文書の初級文字を勉強した方なら読める”くらいの崩し方に統一してもらいました。
同じことが地図についても言えます。視聴者に寄り過ぎると「こんな地図が伊能忠敬(いのうただたか)の登場以前にあるはずがない」という苦情が寄せられます。ですが、中世の地図というのは日本列島が東西にのびているだけのものなので、忠実に再現すれば意味不明のものになってしまいます。
大河ドラマは“教科書”ではありません。エピソードが面白くドラマの流れ上自然なのであれば、そちらを優先させたほうがよいですし、時代考証者が歴史家として何か主張したいのであれば著書の中で述べればいいわけですから。史実とのバランスを考えながら、ドラマづくりを上手にサポートしていくのが時代考証者の仕事だと思っています。
――主人公の真田信繁が秀吉の馬廻り(うままわり)であったことや、謀反の疑いで秀吉に切腹させられた「秀次事件」など、『真田丸』 は最新の歴史研究の成果が数多く反映されていることでも注目されました。ほかに印象に残っているエピソードはありますか?
主人公の真田信繁(幸村)は武田家滅亡の後、木曽善昌(きそよしまさ)のもとに人質にとられた時期がありました。これはちょうど時代考証作業中に気がついて論文化したものだったんです。台本をつくっていく中で、アイデアのひとつとしてお伝えしたところ、プロデューサーは主人公が長期間真田を留守にすることは難しいという反応でした。でもそこでストップとならないのがあのドラマのいいところ。ちゃんと三谷さんに話は伝えてくれたんです。それを三谷さんが上手く脚本に取り入れてくださり、貴重な史実、それも自分の研究成果がドラマに活かされることとなり大変嬉しかったですね。
明智光秀の人物像は?本能寺の変の真実とは?
――さて、2020年の大河ドラマ『麒麟がくる』がスタートし、主人公の明智光秀に注目が集まっています。丸島先生は光秀をどのような人物だと捉えていますか。
基本的には信長の一般的イメージに近いというか、私の考えでは信長は原理原則に拘る性格なので、信長よりもはるかに“野心家”タイプだと思います。出世欲も強い。たとえば比叡山の焼き討ちにも一番熱心だったのが光秀といわれています。
また、信長との関係でいえば、信長が一番気に入っていた家臣は光秀でしょう。信長にとって光秀は、内政もできるし築城も合戦も上手い、何をさせてもよく出来る非常に優秀な部下だったと思います。
――「本能寺の変」については、どのように解釈されていますか。
信長に対する不満、そして“誇り”を傷つけられたことが原因でしょう。本能寺の変を起こす直前、光秀は四国の長宗我部元親との外交を担当していました。ところが信長の方針変更で、長宗我部との開戦は秒読みになりました。こういう場合は、光秀が外交失敗の責任をとって四国討伐を任されるのが当時のありかたです。しかし光秀は四国征伐の責任者からはずされ、中国攻めを行っていた秀吉の援軍を命じられます。ふつうに考えれば、これは非常に“誇り”を傷つけられる状況です。名誉を何よりも優先する前近代的な中世の武家社会において、“誇り”を傷つけられた武士が泣き寝入りすることはあり得ないことです。実力行使の中世の社会で泣き寝入りをすることは、自らの弱さを露呈し周囲につけ込む隙を与える危険な行為でもあるのです。
ただし、本能寺の変に関しては、周到に準備した謀反というよりも、信長に対する光秀の不満が募っていた時にたまたま起きた突発的なことだったと考えます。
――丸島先生にとっての“『麒麟がくる』のみどころ”は?
やはり、信長に仕えている時の光秀の描かれ方でしょうか。“保守的な知識人”として描かれるのか、あるいは、“野心家の側面をもつ人物”として描かれるのか。
また、最新の研究成果がどれくらいドラマに盛り込まれるかも注目しています。たとえば、熊本藩細川家の家臣で医者だった米田貞能(こめださだかず)のご子孫の自宅で、数年前に発見された古文書から、光秀が医学の知識を備えていたことが分かっています。こうした新しい史実が、どれくらい反映されるかという点もドラマの見どころかもしれません。
事実はひとつ、しかし、真実はひとつじゃない。
――光秀に関する古文書の例にあるように、新しい史実を明らかにしていく「古文書」の発見。そもそも「古文書」とはどんなものなのでしょうか。
近世以前の文書で、ある目的をもって作成され、その目的通りに機能したものを「古文書」とよんでいます。書状、命令書、裁判の判決など、差出人(組織)がいて受取人(組織)がいる文書です。帳簿も、提出という側面があるなどの理由から、古文書に含めています。これに対して、特定の相手に向けたものではなく個人で完結する日記などは「古記録」とよび区別しています。「古記録」は、あとから追記したり、うわさを書き留めたり、数日分をまとめて記録できたりするので、史料としての性質が「古文書」とは異なります。
中世の史料は既にかなりの部分が活字化されていますので、そこから、どれだけの情報を引き出せるかが勝負になってきます。書かれている内容だけではなく、古文書の形、紙の種類、文章の書き方などから、背景にある人間関係・力関係など色々なことがみえてきます。
――国際的にみても、日本は現存する古文書が多いとのことですが。
日本の古文書は、繊維が長くて頑丈な和紙を使っているため、基本的に焼失しなければ残ります。水に濡れても腐ったりカビなければ大丈夫です。だから昔は、火事になると大切な文書は井戸に投げ込まれていたんです。引き上げて乾かせば文字は読めるので。多少見えづらければ写本をつくり、“正文(原本)として認める”旨の一筆をもらえば何の問題もありませんでした。
――そうした古文書はどんなふうに発見されるのでしょう。
文書をやり取りした当事者のご子孫、あるいは、古文書のコレクターのご子孫が、自宅にあった古文書に気づき専門家に調査を依頼する場合などです。
現在一番多いのは市場に流出するケースです。昔から古本屋に古文書が売られることはよくあり、古本屋が開く「古書即売会」では、貴重な古文書や古絵図などが売りに出されてきました。時々大規模な古文書が市場に出てきますが、たとえば、朝鮮との外交・貿易を担ってきた対馬藩の宗家に伝わった膨大な古文書がバラバラになる危機があり、大きな注目を集めました。
また最近は、インターネット上のオークションにも古文書が多く出回るようになりました。まとまった形で出品されるなら良いのですが、バラバラの状態で市場に出回ると史料の位置づけが難しくなってしまう。そうした場合、「この史料は元々どういうまとまりであったのか」を丁寧に考えていく必要があります。
――これまで扱った史料で印象的だったものについて教えてください。
高野山(和歌山県)で史料調査を続けていた時、驚くような史料の発見がありました。高野山の宿坊(※注1)はそれぞれ異なる大名と契約しており、専門家は、各宿坊に保管されている“契約大名とその家族についての過去帳”の調査を進めてきました。しかし宿坊をより詳細に調べると、大名の家臣や民衆についての記載がある過去帳も出てきたんです。その中に、武田信玄の嫡男が謀反を起こした際、その責任をとって切腹した重臣の戒名と命日の記録が見つかり、事件発生日をほぼ特定することにつながりました。また別の宿坊からは、独身と言われてきた上杉謙信の妻と思われる女性の記載も見つかっています。
――歴史というストーリーをつないでいく史料。史料と向き合い歴史を解釈するうえで、大切なことは何でしょうか。
たとえば、中世の「命令書」などの古文書には、大名が積極的に出したというよりも、文書を手に入れることで利益を得る側が“お願いして出してもらった”ものが多く含まれています。現代風に言えば“行政側が積極的に行った政策というよりも、陳情を受けて行った政策”です。その「命令書」は、出した側と受けた側のどちらが主体となってつくられたものなのか。その視点を見落とすと、歴史上の解釈がまるでちがったものになってしまいます。こうした誤った解釈をふせぐには、史料を丁寧に読み込むことに尽きると思います。
私が最も嫌いなものは「真実はひとつ」という言葉です。歴史上のある出来事について、それがどのような影響を及ぼしたのか、どのように評価できるのかというのは、経済の視点、文化の視点など見る側面を変えるだけで随分違ってきます。どこからどのように光を照らすかによって影の形がかわるように、光の当て方によって歴史上の出来事の“真実”は変わってきます。歴史上でおこった“事実”はひとつです。しかし、“真実”はひとつではなく、同時並行して複数存在することがあり得るのです。だから最新の研究成果で、過去の研究がすべて否定されるわけではない。力点の違いがもたらした結果かもしれないですから。(※注2)
丸島先生おすすめの戦国時代に関する本
藤木久志『刀狩り』(岩波書店 2005)
藤木久志『雑兵たちの戦場』(朝日新聞社 2005)
黒田基樹『戦国大名―政策・統治・戦争』(平凡社 2014)
黒田基樹『百姓からみた戦国大名』(筑摩書房 2006)
<小中学生向け>
山田邦明『ジュニア日本の歴史4』(小学館 2011)
すずき孔『マンガで読む新研究 織田信長』( 戎光祥出版 2018)
別冊太陽日本のこころ『戦国大名』(平凡社 2010)
丸島和洋(歴史学者)
1977年生まれ。慶應義塾大学文学部史学科卒。同大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(史学)。国文学研究資料館研究部特任助教などを経て、2019年より東京都市大学共通教育部人文・社会科学系准教授。
主な著書に『戦国大名武田氏の権力構造』(思文閣出版 2011)、『戦国大名の「外交」』(講談社選書メチエ 2013)、『図解 真田一族』(戎光祥出版 2015)、『真田四代と信繁』(平凡社 2015)、『戦国大名武田氏の家臣団』(教育評論社 2016)、『真田信繁の書状を読む』(星海社 2016)、『武田勝頼 試される戦国大名の「器量」』(平凡社、2017)などがある。2016年に放映されたNHK大河ドラマ『真田丸』では時代考証を担当。