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2019.08.15

縄文人の芸術の都、長野県諏訪地方で体感! 土器と土偶に見る八ヶ岳山麓の爆発的クリエイティビティ

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なぜ、縄文時代中期、八ヶ岳は繁栄したのか?

縄文時代中期に八ヶ岳山麓で花開いたのは、もちろん土器や土偶などのクリエイティビティだけではありません。ここには数多くの巨大な集落が存在し、日本各地から様々なモノやたくさんの人が往来していたのです。しかしなぜ、栄えたのは八ヶ岳でなければならなかったのでしょうか。この山塊の何が、こうも人々を魅了したのでしょうか。そのヒントは、どうやらこの地域特産の石、黒曜石(こくようせき)にあるようです。黒曜石は、縄文人がもっとも重宝した生活道具の一つですが、日本全国数十箇所で採掘できる黒曜石の中でも、どうやら八ヶ岳の黒曜石は「ブランド化」した特別な石だったらしいのです。

八ヶ岳の繁栄を支えた「信州ブランド」の黒曜石は、いったい何が特別だったのか? 縄文人は黒曜石の輝きに、いったい何を見出していたのか? 次回は、縄文時代の黒曜石採掘坑に建つ「黒耀石体験ミュージアム」より、八ヶ岳文化圏の繁栄の秘密に迫ります!

「縄文銀座」諏訪へのいざない《全4回目次》

第1回 縄文人の芸術の都編〜尖石縄文考古館より〜
第2回 縄文時代の銀座編〜黒耀石体験ミュージアムより〜
第3回 弥生時代以降も守られ続けた縄文文化編〜神長官守矢史料館&諏訪大社より〜
第4回 縄文銀座の歩き方:現代に残る縄文スピリット編

取材協力

尖石縄文考古館
〒391-0213 長野県茅野市豊平4734-132
電話:0266-76-2270
開館時刻:午前9時〜午後5時(入館の最終受付は午後4時半)
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝祭日の場合は、その翌日)と祝日の翌日

書いた人

横浜生まれ。お金を貯めては旅に出るか、半年くらい引きこもって小説を書いたり映画を撮ったりする人生。モノを持たず未来を持たない江戸町民の身軽さに激しく憧れる。趣味は苦行と瞑想と一人ダンスパーティ。尊敬する人は縄文人。縄文時代と江戸時代の長い平和(a.k.a.ヒマ)が生み出した無用の産物が、日本文化の真骨頂なのだと固く信じている。