日本文化の入り口マガジン和樂web
9月19日(日)
生涯をかけて学ぶべきことは、死ぬことである(セネカ)
日本文化の入り口マガジン 和樂web
日本文化の入り口マガジン 和樂web
9月16日(木)

生涯をかけて学ぶべきことは、死ぬことである(セネカ)

読み物
Culture
2021.06.27

光源氏は本当に少女趣味だったのか?幼い「若紫」を通して18歳の青年が見ていたもの

この記事を書いた人
この記事に合いの手する人

この記事に合いの手する人

『源氏物語』の主人公・光源氏は、少女趣味的な性癖があったのでは、と言われることがあります。その理由は、まだ幼い少女を半ば誘拐のように自宅に連れ帰ったエピソードによるものでしょう。この少女は若紫(のちの紫の上)と呼ばれ、光源氏最愛の妻として描かれます。

そもそも2人の物語はどんな内容だったっけ?

若紫との馴れ初め

光源氏が若紫と出会ったのは、光源氏18歳、若紫10歳くらいの時期でした。光源氏も若いとはいえ、若紫はまだまだお人形遊びに夢中になるなど、恋愛対象としてみるには明らかに幼すぎます。なぜこの2人は源氏物語を象徴する夫婦となったのか。出会いから見ていきましょう。

覗き見から始まった出会い

18歳の光源氏は、病気治療のために北山(京都の北の方の山々)を訪れていました。そこで女性たちのいる部屋を覗き見し、とんでもない美少女を発見。そしてこの少女が、恋焦がれる女性(父帝の妻・藤壺)によく似ていることに気が付きます。それもそのはず、若紫は藤壺の姪だったのです。

若紫を覗き見る光源氏。左端の少女が若紫
『源氏五十四帖 五 若紫』月耕 国立国会図書館デジタルコレクションより

これが光源氏と若紫の運命の出会い。ちなみに覗き見で恋が始まるのは、当時はごく普通のことでした。藤壺との叶わぬ恋に悩む光源氏は、若紫を見てこのように思います。

「かの人の御代はりに明け暮れの慰めにも見ばや」

訳:あの人(藤壺)の代わりに、日々の慰めとしてあの子を見たいものだ

藤壺への想いの強さが伺えます

若紫の面倒をみたいと申し出る

憧れの藤壺によく似た若紫を見て、光源氏はこう思います。

「うち語らひて心のままに教へ生(お)ほし立てて見ばや」

訳:親しく語りあって、自分の思い通りに育てて妻にしたい

そこで北山の僧都(そうず)に「私をあの子のお世話役にしてほしい」と申し出ますが「冗談にもお相手になりません。でも尼君(若紫の祖母)に相談してみます」とやんわり断られたような状況になります。

右端の女性が若紫の祖母・尼君。若紫は母が亡くなっているため、祖母が親代わりをしている。この光源氏が若紫を覗き見るシーンは有名で、浮世絵等多くの作品が残されている
『源氏香の図 若紫』国貞改豊国 国立国会図書館デジタルコレクションより

やんわり断られたことでちょっと気が引けた光源氏。しかし持ち前の行動力を発揮し、尼君に直談判。そして若紫にこのような歌を贈ります。

「はつ草の若葉のうへを見つるより 旅寝の袖もつゆぞかわかぬ」

訳:初草の若葉のようなかわいらしい女の子を見てからは、旅の衣の袖の乾くまもなく、恋しさの涙の露にぬれています。

これを見た尼君は「この歌はどういうこと? 若紫の年齢を勘違いされているのかしら」と困惑します。大人たちが不審に思っていることから、10歳そこそこの女の子に恋することは、平安時代でもおかしいことだと認識されていることがわかります。しかも相手は今をときめくイケメン貴公子、しかもプレイボーイ。光源氏としては、義母である藤壺への叶わぬ想いから声をかけているのですが、事情を知らない大人たちは「あの光源氏が、何でこんな山奥の少女に??????」と、ただただ混乱するばかりです。

やんわり断っても結構しつこい光源氏に対し、尼君は「せめてもう4、5年たてば何とか」と伝えます。ここでいったん光源氏は自邸に帰りました。

父代わりとして憧れる若紫

光源氏は、見ているだけで心が癒されるようなイケメンとして『源氏物語』に描かれます。その姿に、若紫も子どもながら素敵な人だと感じました。でもそれは「宮の御ありさまよりも、まさりたまへるかな(お父様よりも素敵な方ね!)」という若紫の言葉からわかるように、父のような存在として光源氏を見ているのです。若紫の女房も「さらば、かの人の御子になりておはしませよ(それなら、あの方の子どもにおなりなさいな)」と声をかけます。

女房も、妻ではなく光源氏の子どもになったらという言葉をかけているんですね

義母・藤壺への募る想いが、若紫へ向かう

そうこうしているうちに、若紫の親代わりだった祖母が亡くなりました。この“そうこう”の間に実は重大な事件がおきます。なんと、恋焦がれる義母・藤壺と2度目の関係を結び、藤壺は光源氏の子を妊娠。藤壺への想いはつのるばかりですが、義母との恋が成就することはありえません。このことが若紫への想いをより強いものにするのです。

なんだか若紫がかわいそうに思えてきた

周囲を唖然とさせた、光源氏と若紫が一夜を過ごすシーン

実母を亡くしている若紫は、祖母亡き後は継母に引き取られることになります。しかし物語には“継子いじめ”がつきもの。「継母に引き取られるのが怖い」と、乳母の少納言が心配します。

夜、光源氏と少納言が話をしていると、そこに若紫がやってきました。少納言が、光源氏のほうに若紫を押し出します。そこで光源氏は御簾などの物ごしに、手探りで若紫の着物や髪をさわって、手を摑まえる。若紫は気味が悪いと思う――。

確かにそろそろと手が迫ってきたら怖い

光源氏は「さすがに何もしませんよ」と言うけれど、慣れた感じで寝床に入るので、まわりもけしからぬことだとハラハラする。光源氏自身も、自分の行動を「ちょっとどうかしている」とは感じている。恐怖で震える若紫に対し「おもしろい絵を見たり人形遊びをしたりしよう」などと言って、恐怖心を和らげようとする。寝床の横で控えている少納言は、もう気が気じゃなくて……。

右上が「御帳台」といって平安時代のベッドのようなもの
ニューヨーク国立図書館デジタルコレクションより

このシーンは、かなり緊張感をもって描かれます。少納言が光源氏の方に若紫を押し出した行為は「この子はもう、光源氏の妻として生きるしかない」という決意の表れだったのかもしれません。しかし、いざ2人が関係をもつんじゃないかという寸前になると、かなり狼狽しているのがわかります。

その後光源氏は若紫をこっそり自邸に連れ帰りますが、すぐには手を出しませんでした。2人が結ばれるのは、そこから約4年後です。

正妻の死後、結ばれた2人

光源氏と若紫が肉体的にはっきりと結ばれたのは、光源氏23歳、若紫14歳頃のことです。それは光源氏の正妻・葵の上が出産で命を落とし、喪が明けた直後でした。

すっかり光源氏に気を許していた若紫は、ひどくショックを受けます。そんな若紫の心情はともあれ、今をときめく光源氏の妻になった若紫を、世間は「幸運な人」と称えました。親など有力な後ろ盾のいない女性が、光源氏のような雲上人と結婚するのは、まるでシンデレラのような「平安ドリーム」なのです。

平安時代の結婚と、光源氏の結婚

『源氏物語』を読む限り、10歳前後の少女に恋することは、平安時代でも不審がられることだとわかります。では、現実ではどうでしょうか。『源氏物語』の作者・紫式部が仕えた彰子(道長の娘)は、11歳で入内(天皇の妃になること、つまり結婚)しています。当然ですがすぐには子どもができず、彰子が初めて妊娠したのは21歳。結婚から約10年後のことでした。

ただこの場合は政略結婚なので、光源氏の場合とは違います。平安時代は早く娘を天皇の妃にして、政治におけるライバルをけん制したい、という考えがありました。それは男の子の場合でもみられ、光源氏は12歳で元服(当時の成人式のようなもの)し、同時に有力者の娘と結婚しています。

光源氏の元服を描いたシーン。左上の少年が光源氏
『源氏五十四帖 一 桐壷』月耕 国立国会図書館デジタルコレクションより
現代の感覚とは大きく違うんですね

若紫への想いの根底にあるもの

幼少期の政略結婚に対して、光源氏は幼い頃から憧れている義母・藤壺への想いから、若紫を熱望しました。それなので「実際に若紫と会ってみたら期待外れなんじゃないか、藤壺とは似ていないんじゃないか」と心配するシーンもあり、このような和歌も残しています。

「手に摘みていつしかも見む紫の ねにかよひける 野辺の若草」

訳:早くこの少女を摘みたい。紫の根で藤壺とつながっている、野辺の若草を

ただただ藤壺の姿を求めていた光源氏。その藤壺は、若くして亡くなった光源氏の母に生き写しだと言われた女性です。母の記憶のない光源氏は、藤壺にも若紫にも、母の面影を探していたのかもしれません。

▼光源氏の母に関する記事はこちら
幼い光源氏を残してこの世を去った、母と祖母。孤独に戦った2人の無念

また光源氏は老女とも関係をもつなど、決して少女趣味ではありません。異常とも言えるほどひたすら藤壺に憧れ続け、ついでにストライクゾーンが広いだけだったと私は思います。

▼光源氏の付き合った女性たちの話はこちら
「俺のストライクゾーンは宇宙だ」光源氏が口説いたワケアリな女性たち

アイキャッチ画像:『源氏物語五十四帖 若紫』広重

参考文献
『日本古典文学全集 源氏物語』小学館
『源氏の女君』清水好子
『源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり』山本淳子
『源氏物語の世界』日向一雅

書いた人

大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。

この記事に合いの手する人

編集長から「先入観に支配された女」というリングネームをもらうくらい頭がかっちかち。頭だけじゃなく体も硬く、一番欲しいのは柔軟性。音声コンテンツ『日本文化はロックだぜ!ベイベ』『アートラジオ』担当。ポテチと噛みごたえのあるグミが好きです。