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2021.10.24

「我が家」坪倉由幸演じる工藤祐経とは?めっちゃ複雑な半生をなるべく解りやすくしてみた!【鎌倉殿の13人】

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令和4(2022)年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』予習シリーズ! 今回は曽我(そが)兄弟の仇、工藤祐経(くどう すけつね)殿!

うん。今回は複雑だ……。一応オレの母上(伊東祐親の娘)の家の事情とはいえ、あまりに複雑すぎて理解できたのが大人になってからという有様……。(オレについては第1回参照!)

でも、工藤祐経殿が出てくるなら、避けては通れぬ!! 「初心者向けにざっくりと解りやすく」がモットーだから、細かい部分は大目に見てね!

鎌倉時代あたりは本当に複雑。解説よろしくお願いいたします!

複雑な家庭事情

遡ること、伊東祐親(いとう すけちか)祖父上がまだ若かりし頃……。いや幼いと言っても良いのかもしれない。祖父上の父が若くして死んだ。祖父上の生年は解らんので、具体的な年代も解らんのだ。

祖父上の父・祐家(すけいえ)は広大な伊豆国の領主の跡取り息子だったのだが、早くして亡くなった。そこで祖父上の祖父・祐隆(すけたか)は、祐親祖父上と後妻の連れ子が産んだ子・祐継(すけつぐ)を養子とした。

実はな、この祐継の父親が祐隆らしいんだ……。だから祐継を兄、祐親祖父上を弟として、2人は育った。でも祖父上は祐継の父が本当に祐隆なのか疑っていた。どこの誰が父なのかわからないのに跡継ぎになるのを悔しいと思っていたらしい。

う~ん、既に複雑!!

祐経殿誕生!!

伊豆国の跡取りとなった祐継も若くして亡くなってしまう。祐親祖父上は祐継の遺言どおり、祐継の子の後見人となった。その子が工藤祐経殿だ。

しかしこの時、祐親祖父上は自分の領地だった河津を、自分の嫡男である祐泰(すけやす)殿に譲って河津祐康と名乗らせ、自分は工藤の本拠地である伊東に移り住んで伊東祐親と名乗った。

伊東祐親は、浅野和之さんが熱演していますね!

『吾妻鏡』の記述によれば工藤祐経殿が久安3(1147)年生まれで、『真名本曽我物語』よれば、祐経殿は数え9歳で父を亡くしたので、久寿2(1155)年の事だ。

祐経殿は数え13歳で元服して、祐親祖父上の娘・万劫(まんこう)御前を妻とする。そしてその翌年に京へ上って平家に仕えることになる。

ちなみに、頼朝様が伊豆に流されてきたのは、祐経殿が京へ行った年。永暦元(1160)年の事だから、ちょうど入れ違いだな。

祐経殿は伊豆という当時の田舎生まれなのに高い教養を持っていたため気に入られた。京に来て6年後、数え21歳で武者所のリーダーとなる。

母の死と知らされた真実!

そして祐経殿は、母の死の知らせと共に「本来であれば伊東は祐経のもの」という事を知る。そこで京に訴えて裁判を起こした。その結果、伊東の領地は祐親祖父上と祐経殿で半分ずつ分けることとなった。

祐親祖父上はそれを飲んだが、祐経殿は納得がいかず、武力に訴えても取り戻してやると思い詰めてしまう。その噂が坂東に届き、ちょっとした騒ぎとなった。怒った祐親祖父上は万劫御前を祐経殿と離縁させて、土肥実平(どい さねひら)殿の息子の遠平(とおひら)殿に再婚させてしまったのだ。

伊東祐親暗殺計画!

祐経殿はとうとう、祐親祖父上を暗殺する決意をする。その機会が訪れたのが安元2(1176)年。頼朝様を慕う近隣国の家人たちが伊東に集まり、大規模な狩りをした。

ちなみに、伊東は平家の家人だが、なぜ源氏の家人がたくさん集まれたかというと……。平家の家人・源氏の家人だからと言って普段からいがみ合っているわけじゃないんだよ。ここら辺の感覚も機会があれば説明したい。まあとにかく、話を進める。

祐経殿から暗殺を命じられた2人の郎党もこの大規模な狩りをチャンスととらえて、帰り道で待ち伏せする。すると河津祐康殿が通ったので仕留め、続いて祐親祖父上も殺そうとした。しかし祐親祖父上には気づかれてしまい、郎党たちは逃げた。

まったく……やるなら同時にやらんでどうする……。ちなみにこの河津祐康殿の息子たちが「曽我兄弟」である。敵討ちの話はまたの機会に!

ここであの有名な曽我兄弟に繋がるんですね!!

その後の祐継殿

その後も祐経殿はずっと京にいた。頼朝様が挙兵した時は、祐経殿の弟が従っていて、手柄を立てていた。だから後から鎌倉に来て、頼朝様の家人となったのだった。

ん? これでもまだややこしい? まぁとりあえず、工藤祐経殿は育ての親である伊東祐親祖父上に騙されていたと感じていて、めっちゃ恨んでたってことだな。んで殺すはずだった祐親祖父上を殺しそこない、代わりに殺された河津祐康殿の息子たちに、親の敵として命を狙われることとなる。

とりあえずそんな感じだ。

恨みが恨みを呼んでしまったわけですね……。

工藤祐経役、坪倉由幸殿について

なんとぉー! ここにお笑い芸人を……! 坪倉殿はドラマにもたくさん出ていて、演技力も評判が良いな。ちょっと可哀想だけどどこか可笑しい、そんな祐経殿になるのだろうか。

伊東祐親を怨(うら)む伊豆の武士

うれしすぎて、芸人としてテレビに出演させてもらえるようになって15年くらいになりますが、初めて祖母に告知しました。祖母も高齢になって体が弱ってきて、さらにこういうご時世でなかなか会えてないんですが『鎌倉殿の13人』を見て少しでも元気になってくれたらうれしいです。

NHK_PRサイト 坪倉由幸のコメントより抜粋

うむうむ! 坪倉殿の祖母上と一緒に、オレたちも『鎌倉殿の13人』の坪倉殿の演技を楽しませてもらうぞ!

アイキャッチ画像:歌川豊国 『今昔児手柏 九 五郎時宗・工藤祐経』(国立国会図書館デジタルコレクション

関連人物

主君:平重盛、源頼朝
父:工藤祐継
兄弟:宇佐美祐茂
妻:伊東祐親の娘(万劫御前)、他
子;伊東祐時、ほか

「鎌倉殿の13人」13人って誰のこと? 人物一覧

「鎌倉殿」とは鎌倉幕府将軍のこと。「鎌倉殿の十三人」は、鎌倉幕府の二代将軍・源頼家を支えた十三人の御家人の物語です。和樂webによる各人物の解説記事はこちら!

1. 伊豆の若武者「北条義時」(小栗旬)
2. 義時の父「北条時政」(坂東彌十郎)
3. 御家人筆頭「梶原景時」(中村獅童)
4. 頼朝の側近「比企能員」(佐藤二朗)
5. 頼朝の従者「安達盛長」(野添義弘)
6. 鎌倉幕府 軍事長官「和田義盛」(横田栄司)
7. 鎌倉幕府 行政長官「大江広元」(栗原英雄)
8. 鎌倉幕府 司法長官「三善康信」(小林隆)
9. 三浦党の惣領「三浦義澄」(佐藤B作)
10. 朝廷・坂東の事情通「中原親能」(川島潤哉)
11. 頼朝の親戚「二階堂行政」(野仲イサオ)
12. 文武両道「足立遠元」(大野泰広)
13. 下野国の名門武士「八田知家」(市原隼人)

▼曽我物語を知るならこちらがおすすめ!
きずなの兄弟と鎌倉殿 曽我物語 (講談社青い鳥文庫)

書いた人

承久の乱の時宮方で戦った鎌倉御家人・西面武士。妻は鎌倉一の美女。 いわゆる「歴史上人物なりきりbot」。 当事者目線の鎌倉初期をTwitterで語ったり、話題のゲームをしたり、マンガを読んだり、ご当地グルメに舌鼓を打ったり。 草葉の陰から現代文化を満喫中。

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大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。