Culture

2024.12.12

かわいいだけじゃない!『和樂』激推し鈴木春信の〝スゴ技〟7

『和樂』が春信を激推しするのは、作風が〝かわいい〟からだけではありません。浮世絵が一気に多色摺りの「錦絵」に進化した時代に次々と技術的革新を成したり、なごやかな情景のなかに知的な遊び心を潜ませたりと、新しい試みを続けたところにも惹かれるからです。

鈴木春信の〝スゴ技〟とは…?

江戸時代中期に10年ほど活動し、明和7(1770)年に急逝した鈴木春信。生年やどんな家の出身かなど、プロフィール的なことはほとんどわかっていません。

わずかに知られているのは、神田白壁町(かんだしらかべちょう 現在のJR神田駅あたり)の戸主であったということくらい。
戸主とは家持ちのことなのか、大家をさすのか。
いずれにしても、春信がブレイクするきっかけとなった絵暦(えごよみ)交換会(当時のカレンダーのコンテストのようなもの)での作品にもその後の制作にも、高価な和紙や絵具が使用されていたことからも、春信自身も裕福な町人だったと想像できます。

浮世絵は、当世の流行や速報を伝えるチラシのようなもの。安価で、楽しんだあとは破れた障子の継ぎあてに使われるような気軽なものでした。
ところが春信の浮世絵は、ほかの絵師の10倍近い値にもかかわらず、没後もたびたび重版されるほど人気だったとか。時代を超え、流行に左右されない普遍的な美しさや楽しみがあったから、何十年もその版画は支持を得たのです。

『和樂』の日本美術の企画でいつもわかりやすく解説してくださるコバチュウ先生こと、美術史家・小林 忠さんいわく「ピュアでポエティックでファンタジー」な春信作品。
そのさまざまなスゴ技を知ってから鑑賞すると、〝かわいい〟がさらに味わい深く感じられるはずです。

鈴木春信『お仙と若侍(おせんとわかざむらい)』 中判錦絵 江戸時代・18世紀 東京国立博物館 出典:ColBase( https://colbase.nich.go.jp)

スゴ技1、フルカラー化

色とりどりになって一気にブレイク!

春信最大の功績は、浮世絵がフルカラーになって「錦絵」と呼ばれた時期に、その発展に大きく貢献したことです。
それまでは、墨1色か、せいぜい紅や緑を部分的に使って摺り上げていた浮世絵版画。しかし明和2(1765)年に大流行した絵暦交換会はコンテストです。競争相手をはるかに上回る出来が求められます。
そこで、より美しく、より豪華に…と、技術が一気に進歩し、フルカラー化が実現したのです。

何枚もの版木を使って、何色も摺り重ねることができる、厚手で高品質な和紙。種類豊富な植物染料や、鉱物由来の染料。春信はこれらをパトロンから提供されたうえ、優れた色彩感覚をもち合わせていたからこそ、美しい錦織物(にしきおりもの)のような「錦絵」が誕生したのです。

「錦絵」には見本として彩色した元絵があったわけではありません。春信の指示を正しく理解し、春信の頭の中にある色の演出を実現することができた、腕のいい彫師と摺師の存在なしには春信の成功も活躍もなかったのです。

2~3色の時代 → カラフルな錦絵

左/紅と緑は紅摺絵(べにずりえ)の典型的な配色。鈴木春信『風流やつし七小町 しみず(ふうりゅうやつしななこまち しみず)』 細判 紅摺絵 メトロポリタン美術館 Ⓒ The Metropolitan Museum of Art, New York, The Francis Lathrop Collection, Purchase, Frederick C. Hewitt Fund, 1911 右/画面上部に書かれた藤原敏行の和歌の内容を女性に見立てて絵画化した錦絵。行水から上がった浴衣姿の女性が涼んでいる。退色しているが画面奥の水面やきものの縞に藍、地面には灰色、衝立(ついたて)に黒など、寒色系の色を多用することで涼しさを表現。団扇(うちわ)や腰巻、手拭いなどの朱色が少量でも効果的に使われている。鈴木春信『見立三十六歌仙 藤原敏行朝臣(みたてさんじゅうろっかせん ふじわらのとしゆきあそん)』 中判錦絵 シカゴ美術館 Ⓒ The Art Institute of Chicago,Clarence Buckingham Collection.1928.913

上の左と右の図版を比べてみれば、美しさ、楽しさともに右の多色摺りが優るのは一目瞭然。錦絵になる以前の紅摺絵は、紅と緑や紅と青というように、大抵は赤系と青系の2色とその濃淡で表されていました。

スゴ技2、エンボス加工

厚手の高級和紙でなければ実現不可能!

鈴木春信『六玉川 調布の玉川(ろくたまがわ ちょうふのたまがわ)』 中判錦絵 明和4(1767)年頃 メトロポリタン美術館 Ⓒ The Metropolitan Museum of Art, New York, Harris Brisbane Dick Fund, 1946

浮世絵が多色摺りの「錦絵」になった際、ほかにも新しい表現が誕生しました。「空摺(からずり)」や「きめ出し」と呼ばれる手法で、今風にいえばエンボス加工。「空摺」は版木に色をのせずに摺り、彫った模様などを和紙に写します。「きめ出し」は専用の版木に表現したいものを深く彫り込み、当てた和紙に強い圧をかけて絵柄を浮かび上がらせるもの。

墨線も色も用いないこの技法が生まれたのは、春信が奉書紙(ほうしょがみ)という厚手の高級和紙を使えたから。ペラペラの紙では破れてしまい、うまく表現できません。奉書紙だから実現したのです。
版木と絵具の数が多くなる多色摺りに、厚手の高級和紙を使った春信。高値でも売れたということは、裕福な上流層に人気があった証でもあります。

春信の浮世絵だけが高価だったわけは…

描かず表現するこの技法は春信作品にたびたび見られるが、本作はきめ出しがよく表れている1枚。絵具を用いず和紙の色で表した雪は、輪郭線不要なきめ出しが効果的。女性が川辺の家に戻ったところか、供の少女が持つ提灯(ちょうちん)が暮れ時であることを示している。鈴木春信『見立三十六歌仙 紀友則(みたてさんじゅうろっかせん きのとものり)』 中判錦絵 江戸時代・18世紀 ミネアポリス美術館 Minneapolis Institute of Art, Bequest of Richard P. Gale, 74.1.91

高級和紙に空摺やきめ出しを施したから
右図では、地面に積もった雪をきめ出しで表現。通常は版木がへこんでいる部分は無表現になるが、雲のやわらかい丸みや、本作のように積もった雪の立体感を表す際に効果的だった。

スゴ技3、ニクい演出

物語を読み解く面白さをちりばめた!

春信は〝かわいい美人画〟だけでなく、浮世絵のメイン購買層であった町人の生活も題材にしました。
そこには、今の自分とは違っていても、まったく手が届かないほど遠くはなさそうな暮らしぶりの〝かわいい奥様〟や〝素敵なお母さん〟の姿が。また、家の中には調度品や生活道具、子供のおもちゃなどが子細に描かれ、まさに浮世絵は風俗画なのだと感じます。

それらは日常のワンシーンを写し取っただけではありません。
その場面に至る経緯や、このあと何が起こるのかなど、見る者の想像力を搔き立てる工夫や演出がちりばめられているという点も、春信のスゴ技のひとつなのです。

春信の演出テクA~Gを概説

中国の伝統画題である「瀟湘八景(しょうしょうはっけい)」を、座鋪(室内)の諸々に置き換えたシリーズの1作。原典は水上を行き交う帆船を描いた「遠浦帰帆(えんぽきはん)」だが、縁側で風に吹かれる手拭いが港へ帰る帆掛け船のよう。上部に描かれる雲形は通常は夜を意味するが、本作では昼間の霞を表す。鈴木春信『座鋪八景 手拭かけ帰帆(ざしきはっけい てぬぐいかけきはん)』 中判錦絵 江戸時代・18世紀 シカゴ美術館 Ⓒ The Art Institute of Chicago, Clarence Buckingham Collection、1928.901

A,竹暖簾の向こうには…

切り揃えた篠竹の中に太い木綿糸を通してつくる竹暖簾。向こうには厠(かわや)があり、女性が昼寝から目覚めて厠を使い、手を洗っていると想像できます。

B,やっぱり手がちっちゃい!

春信美人の大きな特徴のひとつだが、ふたりともやはり手がとても小さい。しかし小さくても指の表情は豊かで、細部まで描写が行き届いています。

C,物語が読み取れます

手水鉢(ちょうずばち)で手を洗う女性が先ほどまで寝ていたのだと想像させる枕。傍らの団扇も暑い時期の昼寝の必需品。襖には唐紙(からかみ)が張られています。

D,侍女もおしゃれ

女主人と同じように、髱(たぼ)を跳ね上げて結う鷗髱(かもめづと)に、筓(こうがい)や朱の櫛(くし)を用いたおしゃれヘアの侍女。ふたりの他愛もないおしゃべりが聞こえてくるよう。

E,前帯は奥様の証

帯を背中側ではなく前で結ぶのは、家事をしなくていい身分だということを示しています。右の女性は裕福な家の妻、左は家事を担う侍女とみられます。

F,縁側が赤いのは…

庭に面した縁側が赤いのは、日差しが暑いことを示しています。寒色は冷たさ、寒さ、寂しさを、暖色は温かさや楽しさ、興奮を感じさせるために使用されました。

G,小道具も詳細に

竹製の手拭い掛けの挟み留めや十字に組んだ脚、針箱の針山に刺さった針、釣鉤(つりばり)形の針にひもを付けた掛針(かけばり)など、ありきたりな生活道具もいい加減には描きません。

スゴ技4、背景をモダンに

〝無色〟と〝1色〟の背景はこんなにも違う!

せいぜい2、3色を用いて色摺としていた浮世絵を、豊かな色彩感覚でフルカラーへと飛躍させた春信ですが、背景に色を用いるということでも革命を起こしました。

上と下の作品は、どちらも背景を塗り潰しています。それまでは、背景を描かない場合は紙の色のままでしたが、春信は単色の色面にすることで〝描かずとも雄弁〟な背景をつくったのです。この色無地の背景を「地潰(じつぶ)し」と呼びますが、これも春信以前にはなかったスゴ技。さらには、墨流しのようなマーブル模様を背景に彫ることもありました。

これらはまさにモダンの極み! 新しいものを好み、優れた絵を手に入れたいという、彼の作品を贔屓(ひいき)にした富裕層をさぞ喜ばせたことでしょう。

〝地潰し〟という背景を描いた!

「ひゃっこい、ひゃっこい」という売り声が聞こえてきそうな本作は、砂糖や白玉を入れた冷たい水を売り歩く行商を、少年の姿で描いたもの。紅1色で塗りつぶされた背景が夏の暑さを表している。茶碗や砂糖の容器など、道具の表現も細やか。鈴木春信『水売り(みずうり)』 中判錦絵 東京国立博物館 出典:ColBase( https://colbase.nich.go.jp)

これぞ元祖黒バック!

その香りに誘われたのか、手燭(てしょく)を掲げて梅の花を照らす娘。広い面を墨1色で塗り潰すのは難しく、何度も摺り重ねられたはず。その結果の漆黒が、梅花や娘の肌の白さを闇に浮かび上がらせている。鈴木春信『夜の梅(よるのうめ)』
中判錦絵 メトロポリタン美術館 ⒸThe Metropolitan Museum of Art, New York, Fletcher Fund,1929.JP1506

地潰しで絵を引き立てていた

単色だからと侮るなかれ。広い面を1色で摺って一様に塗り潰すのは容易ではありません。ムラなく仕上げるには高度な技術が必要でした。

スゴ技5、知的な見立絵

武家より王朝文化に憧れた江戸町人の♡を鷲づかみ!

春信の錦絵には物語を想像するという楽しみがありますが、もともと浮世絵には「見立(みたて)」という重要な手法がありました。
作者の意図や発想を、中国や日本の古典や故事などを題材にし、それを当世の美人や若者の恋模様、親子の情などに置き換えて描いたもの。知的で上質なパロディといったところです。

古典文学や和歌、漢詩をはじめ、歴史上の人物の逸話、謡曲などの芸能と、さまざまな分野の知識、教養がなければ読み解くことが難しい「見立絵(みたてえ)」は、春信が得意としたジャンルです。
旗本・大久保巨川(おおくぼきょせん)、戯作者(げさくしゃ)・大田南畝(おおたなんぽ)、マルチクリエーター・平賀源内(ひらがげんない)と、春信には強力なブレーンがいたことも影響しているでしょう。

そんな春信の錦絵が長らく制作され、愛され続けたということから、江戸の人々の教養の高さもうかがえます。

あ、草鞋(わらじ)のひもが…

ジグザグに曲がった橋が『伊勢物語』の八橋の場面の見立絵である証。本家は男性の旅の場面だが、春信は男女に置き換えている。旅姿の男女は駆け落ちや心中を表すことがあるが、本作のくつろいだ雰囲気は、単純に旅の楽しみを空想したものか。鈴木春信『見立伊勢物語 八橋(みたていせものがたり やつはし)』 中判錦絵 シカゴ美術館 © The Art Institute of Chicago, Clarence Buckingham Collection 1930.375

原典は和歌や古典文学にあり

説明的な要素は一切なく、金蒔絵と螺鈿で燕子花の群生を、その水辺に渡された橋を鉛で表わした硯箱。京都の高級呉服商の次男として生まれた光琳の、卓越したデザイン力が炸裂した一作。上段には硯と水滴が収まり、下段は料紙入れになっている。尾形光琳『八橋蒔絵螺鈿硯箱(やつはしまきえらでんすずりばこ)』 国宝 木製漆塗 東京国立博物館 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp)

たとえば上の図と右下の硯箱はどちらも平安時代の歌物語『伊勢物語』の第九段、三河国(みかわのくに)八橋の場面を題材としたもの。右上から左下に画面を切り裂く橋と燕子花(かきつばた)で、あの八橋なのだと伝えています。

スゴ技6、ファンタジー

浮世の絵であるはずがこの現実離れ感!

現実を詩的に描写する「生活風俗画」や、古典などを当世の人物に置き換えた「見立絵」で人気を博した春信。ところがそれらとは趣が異なる、現実離れした作品もあります。

空想の生き物である鳳凰(ほうおう)や白い雁の背中に乗って飛んだり、空飛ぶ絨毯(じゅうたん)ならぬ空飛ぶ帯に美人が立っていたり。あるいはアラジンの魔法のランプのように茶碗から龍が飛び出したり。
実はこれらも「見立絵」と呼ばれるものです。仙人や羅漢(らかん)などの逸話を美人に置き換え、思いきり空想的に描く。春信の想像力には果てがありません。

マイカーは鳳凰、乗り心地も抜群よ

白い鶴にまたがって笙(しょう)を吹き、雲中を飛んだという中国・周代の仙人、王子喬(おうしきょう)が原典。仙人は武家のお姫様に、白鶴は鳳凰に置き換えて描かれている。こうした空想的な作品は、絵暦として制作されたり、注文主の依頼に応じて描かれた例が少なくない。鈴木春信『鳳凰に乗って空を飛ぶ女(ほうおうにのってそらをとぶおんな)』 中判錦絵 メトロポリタン美術館 © The Metropolitan Museum of Art, New York, The Howard Mansfield Collection, Purchase, Rogers Fund, 1936. JP2436

想像力や発想力の源は?

中国の仙人や十六羅漢を女性の姿にやつしていますが、原典を知らなくても楽しい。有名な『清水(きよみず)の舞台から飛び降りる娘』もファンタジーですが、これは江戸時代に実際にあった願掛けをもとにしています。

スゴ技7、町娘をアイドルに!

江戸にもいた! 会えるアイドル、お仙にお藤

花形の歌舞伎役者や人気力士のブロマイド的存在だった「役者絵」や「相撲絵」に、春信の作はほとんどありません。
絵暦交換会でブレイクする以前の「役者絵」が少々ある程度。実在する人気者を描けば売れるのは必至ですが、春信は茶屋や小間物屋の看板娘をくり返し描いたのです。

春信が描いた〝素人アイドル〟のなかで、最も知られているのが通称「笠森お仙」。美女番付「古今貞女美人鑑(ここんていじょびじんかがみ)」にもランクインしたという、谷中(やなか)の笠森稲荷の水茶屋「鍵屋」の娘です。
その向こうを張るのが、浅草にあった楊枝(ようじ)屋「本柳屋(もとやなぎや)」のお藤。春信効果か、どちらも店先に行列が絶えなかったといいます。

茶屋の看板娘、お仙

河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)は『怪談月笠森(つきのかさもり)』で、永井荷風(ながいかふう)は『恋衣花笠森(こいごろもはなのかさもり)』でお仙をモデルに描いた。本人は9人の子宝に恵まれ、77という長寿を全うしたとか。鈴木春信『かぎやお仙』 中判錦絵 江戸時代・18世紀 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

楊枝屋の看板娘、お藤

左側が、浅草寺境内の「本柳屋」の娘、お藤。「本柳屋」は楊枝(歯ブラシ)のほかに化粧品や、酒に浸すと花が咲く酒中花なども扱う、江戸時代のドラッグストア。浅草寺の行き帰りに立ち寄る客との会話が聞こえてきそう。春信にはお藤とお仙を並べて描いた作品があるが、当時の美人画は似顔絵ではないので容姿は描き分けていない。鈴木春信『本柳屋のお藤と女客(もとやなぎやのおふじとおんなきゃく)』 中判錦絵 シカゴ美術館 © The Art Institute of Chicago, Clarence Buckingham Collection. 1929.81

最新デジタル印刷豪華画集『鈴木春信大全』

最新デジタル印刷豪華画集『鈴木春信大全』が、小学館より発売されています。詳細は以下の記事にて。
鈴木春信ファン、浮世絵ファン待望の画集が完成! 最新デジタル印刷豪華画集『鈴木春信大全』発売

構成/小竹智子、後藤淳美(本誌)
※本記事は雑誌『和樂(2023年8・9月号)』の転載です。

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和樂web編集部

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