さすが天狗だ。神と称されるだけはある。教育にも熱心だったとは。しかし稲妻大蔵の強さの裏には、悲しい事件があった。
稲妻大蔵に相撲を教えた天狗とは何者だったのか。人と天狗、種族を超えた二人の物語に胸が熱くなることうけあいです。
江戸の名力士・稲妻大蔵
出典:東京都立図書館デジタルアーカイブ
(https://www.library.metro.tokyo.lg.jp/)
江戸時代、あるところに人の良い夫婦が暮らしていた。子どものいなかった夫婦は天狗が住むという八天岳に向かって、毎日祈りをささげていた。
ある夜。妻は、天狗が空から降りて来て自分の懐に入る夢を見た。すると翌日、立派な男の子が産まれた。
「天狗からの授かり子だ!」
夫婦は大喜び。子どもは大蔵と名付けられた。
大蔵は、働き者だった。それに、とても力持ちだった。地震で谷底に転げ落ちた巨石をひょいとかついで、もとのところに戻したこともある。
天狗と相撲の稽古
ある朝、大蔵がいつものように草を刈っていると一陣の風が吹いた。目を開けると、天狗が四股を踏んでいた。
「相撲を教えてやろう」
力自慢の大蔵は、天狗の言葉に思いきりぶつかっていった。しかし天狗に軽々と跳ね返されてしまう。
「今日はこれまで!」
天狗はそう言ってうちわをひと振りすると、空へ舞い上がった。大蔵は夢かと思ったが、夢ではなかった。それからというもの、天狗は毎日おりてきては大蔵に相撲を教えてくれた。
みるみる強くなった大蔵は稲妻という四股名で江戸へ出た。
そして、ついに日本一の力士、鬼ヶ岳と戦うことになった。
稲妻大蔵、殺されそうになる
勝負の日がやって来た。
稲妻大蔵の凄まじい力に鬼ヶ岳は敗れた。負けたことに納得のいかない鬼ヶ岳は、稲妻大蔵が立ち寄る掛茶屋で毒殺を企てた。しかし身の危険を感じた稲妻大蔵は食を絶ち、難を逃れた。
それでも鬼ヶ岳は諦めなかった。再戦を申し込み、しかも「一回だけ勝ちを譲ってくれ」と頼んできたのである。いわば八百長だ。稲妻大蔵はすでに江戸では負けなしだった。憐れんで、一度だけならと勝ちを譲ってしまう。
しかし、わざと負けた稲妻大蔵を師である天狗は許さなかった。
稲妻にのりうつっていた天狗の力は離れ、稲妻大蔵はみるみる力を失った。それからというもの、どんなに弱い相手にも勝てなくなった。稲妻大蔵は相撲を辞めて、故郷へ帰ったという。
天狗は相撲がお好き
出典:東京都立図書館デジタルアーカイブ
(https://www.library.metro.tokyo.lg.jp/)
鼻高で赤ら顔、山伏姿で高下駄を履き、手には羽団扇。天狗の歴史は長く、そのイメージも時代によって変化してきた。
平安時代に成立したとされる『今昔物語集』に登場する天狗は、人間に災禍をもたらす魔怪である。中世の天狗は、山岳信仰と結びついて悪戯をする厄介者だった。それが江戸時代になると様子が変わる。
天狗は人間生活にするりと入り、人びとと交わるようになる。中世までは、ただひたすら畏怖の対象だった天狗はもういない。江戸時代になると、天狗は人間にとって親しい相手になっていた。
だから稲妻大蔵の前に現れた天狗も怖い、というよりは愛嬌のある親しみやすい天狗だったと思われる。なにせ稲妻大蔵の才能を見抜き、せっせと稽古までつけてくれたのだから。
ちなみに河童も相撲がお好き
天狗だけでなく、じつは河童も相撲好きで有名の妖怪である。
河童と聞いてイメージするのは(地方によって違いはあるものの)だいたい子どもの姿をしていて、頭頂に水を湛えた皿がある。なにせ会ったことがないので本当の姿は知る由もないが、伝承によれば腕が伸縮自在だとか。ご自慢の腕を伸び縮みさせて相撲を挑んでくるのだろうか。なんともまぁ、卑怯である。
たとえば、そう、稲妻大蔵の相撲の師が河童だったら、どんな力士になっただろう。やはり特別な力を授かり、負けなしの名力士になっていたのだろうか。
でも、こう言っては失礼だけれど、天狗と河童が戦ったら目に見えて河童が負けそうな気がする。いや、そこは体の小ささを上手く利用して器用に戦い、意外にも白星をあげたかもしれない。
天狗と相撲をとっていた稲妻大蔵のことだから、もしかすると河童を相手にしたこともあったかもしれない。
天狗から才能を授かった者たち
じつは稲妻大蔵のほかにも天狗から力を頂戴した人間がいる。
埼玉県では弱虫で悩む男が度胸試しの結果、感心した天狗から大力をもらっているし、岡山県では、ひょんなことから天狗の仲間入りをした男が難病を退ける方法を授かっている。こうした話は、日本各地にあるのだ。どうやら天狗は、あちこちで人間関係を築いているらしい。意外にも人好きなのかもしれない。あるいは、たんなる気まぐれだろうか。
とはいえ、である。どれほど親しい仲であっても天狗が人を超えた存在であることに変わりはない。
私が思うに、稲妻大蔵が力を失った理由は彼自身にある。天狗から授かった力を自分の才能であると驕ったのがいけなかった。
相撲の師匠ではあるが、妖怪は妖怪。天狗は神として祀られることもある高貴な存在であることを忘れてはいけない。江戸時代になり人間との距離は縮まったかもしれないが、山の神とされる天狗を裏切った罪は稲妻大蔵が想像しているより、ずっと重かったのである。
力とはなんぞや
出典:東京都立図書館デジタルアーカイブ
(https://www.library.metro.tokyo.lg.jp/)
力士に限らず力が強い、というのはそれだけで憧れの対象になり得る。肉体的に厳しい労働が要求されていた時代には、力は信仰ですらありえたかもしれない。
神さまに願をかけたすべての人が特別な力を得られるというわけではない。特別な力もちは、力もちであるゆえに、特別なのだ。大きな体に大きな力をもった稲妻大蔵もまた、人並み外れた才能によって人びとから憧れと尊敬を集めていたのだろう。
さらにいえば、その力が良い方向に発揮されたときには英雄になり、その反対に悪いことに使われたときには怪物の扱いを受けることになる。妖怪が恐ろしいとされるのは、姿形が風変わりだというだけでなく、人知を超えた力で人間を脅かすことがあるからだ。
おわりに
結局のところ、稲妻大蔵と天狗はどんな関係だったのだろう。師弟関係か、友だちか。それとも妖怪と人間でしかなかったのか。相撲を教えたのは天狗の気まぐれだったかもしれない。でも、自分で見いだした弟子がみるみる強くなっていくのは天狗としても嬉しかったんじゃないだろうか。
本来なら交わることのない天狗と人間がまさに手と手を取りあって特訓している場面を想像すると、スポコン漫画の風情があって、ちょっとおもしろい。だから力自慢の稲妻大蔵が力を失って相撲を諦めざるをえなかったのは、個人的にすごく残念だ。でも、寂しいのは天狗も同じだろう。それに、稲妻大蔵だって悔しいにちがいない。なにしろ天狗の信頼を裏切ったのは、彼自身なのだから。
【参考文献】
柳田国男 『遠野物語』 角川書店、1955年
松谷みよ子 『河童・天狗・神かくし』 立風書房、1985年




