発酵業界の風雲児?異業種から参入し、たくさんの人を巻き込んでいる
日本の風土の中で、長い時間をかけて受け継がれてきた味噌や醤油には、地産地消を守る作り手や食文化を受け継ぐ人々の思いなど、その土地に根付いたコミュニティ力が欠かせません。そんなことを感じさせてくれるのがYou TubeやSNSでも取り上げられ、発酵界で快進撃を続ける「宮本農園」と「みやもと糀店」を経営する宮本貴史さんです。
農家とも醸造家とも関係のない、サラリーマン家庭で育ったという彼が、農に魅せられ、発酵食品に取りつかれ、地道に大豆と味噌を作り続けているのはなぜなのか。まずはその疑問を解明したく風光明媚な西幡豆の町を訪ねました。

古民家を改修して造られたみやもと糀店では、現在スイスから麹を学びに来たミルコ・ピッツェラさんをはじめ、スタッフの岩瀬豪志(いわせつよし)さん、大学3年生のインターン大島妃南子(おおしまひなこ)さんと福田ゆいさんが宮本さんのもとで働いています。
こういった伝統食の世界で働くスタッフの平均年齢が30代というのは、かなり珍しい光景に感じました。みな、宮本さんの生き様に感化され、やってくるのです。

海を越えてつながった不思議な縁の二人
もともと自国の大学で「日本学」を学んでいたというミルコさんは、大の日本好き。大学進学の時、「日本学」という学科を知り、以前から興味のあった日本の文化を学ぼうと決意。日本の歴史や文化や東洋美術史を学び、そこから食文化へと果てしなく興味の幅が広がっていったそうです。
「大学を卒業してから、スイスで日本風の手作り豆腐を販売する小さな会社をやっていたんです。2年目ぐらいの時に、スイスに10年ぐらい住んでいる日本人の女性から『麹を作っているので一緒に何かやらないか』と声をかけてもらって。僕も麹を自分で作りたいと、小さな発酵機を買ったんです。そこから2人で、はかり売りのオーガニックショップとヴィーガンカフェレストランをスタートさせました」と流暢な日本語で語るミルコさん。

そのビジネスパートナーの彼女がスイスに来る前、宮本さんの元でインターンをしていたのだとか。まるで発酵の神様に導かれたような出会いだったといえます。また、2023年にミシュラン3つ星を獲得したデンマーク・コペンハーゲンのレストラン「ノーマ」(2025年に閉店)のシェフが、日本の発酵調味料を学び、麹を使った料理を提供していたのも大きかったと語ってくれました。その後、何年かぶりで訪れた日本で宮本さんと会うや、彼の魅力に引き込まれたミルコさんは、インターンとして働き始めたのです。
「一度帰国してから、もう一度日本にやってきて、去年まで日本文化を学ぶための『文化活動』在留資格(ビザ)で2年間インターンをやったんです。ただ、もっと本格的に麹づくりがやりたくて、今年、特定技能1号のビザを取得しました」とミルコさん。
本格的に発酵を学ぶ決意をさせたのも宮本さんと町の魅力が大きかったと話してくれます。今では、麹を扱う手つきも手慣れたもので、宮本さんの片腕として活躍中です。

自分探しの旅で気づいた日本の良さや伝統食
実は宮本さん自身も別の分野から転職したといいます。写真の専門学校を卒業し、仕事をしていたそうですが、自分自身の思い描いていた世界とは違うと気づき、海外へと自分探しの旅に出たのだとか。
「学生時代にヨガにハマり、自分の内面を見つめることに興味がわき、インドに行ったことがあるんです。その際にもいろいろな体験をし、また海外で過ごしたいと思い、 四年間ぐらいバックパッカーをやっていました。ただ、その時にものすごく体調を崩したことがあって。病院ではどこも悪くないと言われたんですが、今思えば自律神経がおかしくなっていたんだなと思います。そういう状態になって、自分でこの不調を治すには、食べるものを整えないとだめだと思うようになり、それが食に興味を持つきっかけになったんです」と当時を振り返ってくれました。

海外にいて、改めて日本のことを見つめ直したという宮本さん。誰しも経験する一時の迷いかと思いきや、帰国後、真剣に農業をやろうと決意します。
「地元の愛知に戻ったところ、家から近い一色町で無農薬栽培で野菜を作っている農家さんがいたんです。農機具屋の会長をやっていた方なんですけど、ちょっとユニークな人で、仕事をしていない人に住み込みで農業を教えて、自立を促すといった活動もしていたんです。そこで、自宅から通い、作業を手伝いながら、農業を教えてもらいました」。
究極の農業、自然農を経て、自分のスタイルを確立
最近でこそ、若い人が農業へとシフトすることも増えてきましたが、25年前にはまだまだ珍しく、ましてや無農薬や自然農法で農業をするということは皆無に近かったといいます。
「当時は種屋さんや自然食品屋のおばさんにしか褒められなかったんです(笑)。それ以外の人には『若いのに何やってるの?』『もうちょっとお金稼ぐこと考えたら?』みたいなことを言われていました。でもまずは、自給できるよう、日々食べる野菜づくりを目指そうと頑張りました」
しかし周りのサポートがあったとしても、素人がいきなり農業をやるのはハードルが高い。宮本さんも数々の失敗を経て、ひとつの品目を大量に育てる方が自分にはあっていると自覚したそうです。そこから大豆を育て、作った大豆で味噌づくりを始めたのだとか。

「まずは8kgの大豆を栽培して、自分の食べる味噌を作るのに2㎏使ったら、余った残りの6㎏は大豆を買いたいという友人に販売。さらにその大豆を使って味噌も仕込んでみたいという人が増えてきて、味噌づくりワークショップも始めました」。
そのうちに30㎏が100㎏になり、300㎏が1tにと、生産量も増えたそうです。今では、家族が1年間食べられる目安として約12㎏の味噌を作る「味噌づくりワークショップ」の参加者が、年間1000人を超え、農業との2本立てで生計を立てるようになりました。
発酵食品の元となる麹の魅力
今となっては、発酵ブーム、麹ブームとなり、宮本さんの作る味噌や麹は大人気ですが、10年前には麹を使って料理をする人はほとんどいませんでした。そんなタイミングで、まさに発酵職人として先駆者の道を歩き始めていたのです。
「大豆を作り、味噌仕込みをするうちに、重要なのは麹だということに気づいたんですね。ただ、当時購入していた麹屋さんが年配の方で、『家は跡継ぎもいないし、いつまで続けられるかわからない。麹を自分で作ってみたら』と言われたんです。何度か習いに行かせてもらい、どんな道具が必要かなど教えてもらいながら、自分なりに道具を作ったり、古い機械を購入したりして、自分の家で味噌を仕込む分だけの麹を作るところからスタートしました」と宮本さん。

また2017年に結婚されたパートナーの黒島慶子(くろしまけいこ)さんも、醤油のソムリエールとして活躍中。醤油の町に育った慶子さんは、20歳のときから小豆島を拠点に全国の蔵元を訪ね続け、デザイン、撮影、執筆、講座、レシピ作りなどを通じて醤油と消費者を結び続けているのだとか。
現在は、宮本さんと志を共有しながら、小豆島と幡豆の二拠点生活で活動しています。

黒麹のおいしさを知り、商品化。新たな麹ブームの火付役に
農業も味噌づくりも試行錯誤を繰り返しながら、やれないことはないと一歩ずつ進んできた宮本さん。そんな彼が麹づくりで、さらなるチャレンジ精神を発揮。米麹や麦、大豆で作る麹しか知られていない時に、泡盛や焼酎作りに使う黒麹に目を付けます。
麹に黒い胞子をつけて発酵させるのですが、黒麹にはクエン酸が含まれているため、甘酒を作ってもサワーのようなすっきりした味わいになるのだとか。その酸味を生かし、ドレッシングや料理に使う人も出てきて、あっという間にこの黒麹が大ヒット商品となったのです。彼のなんでもやってみる精神が、またひとつ、新たな発酵の可能性を見出しました。
実は筆者も最初に宮本さんと出会ったイベント会場で、この黒麹の甘酒をいただいたのですが、飲んだ時の衝撃が忘れられず……。それぐらい今まで味わったことのないおいしさでした。
不透明な時代だからこそ、備蓄できる発酵食品のすごさを伝えたい
宮本さんが目指すのは、単に発酵食品の普及にとどまりません。日本人が脈々と受け継いできた伝統食を守ると同時に、災害があった時、非常事態になった時、自分たちを支えてくれる常備食となるのが、この発酵食品だと考えています。
「コロナ禍があって、ロシアとウクライナの戦争が始まって…ここ数年間に僕たちは考えてもいなかった危機に直面しています。だからこそ、長い期間貯蔵できる発酵食品は自分たちを支える必需品でもあるんです」。

お金を貯めるのも大切ですが、いざという時、自分たちを助けてくれるのは食べ物です。発酵食品は長い年月をかけて日本人が受け継いできた知恵でもあります。だからこそ、自分の子どもたちや、その次の世代にも伝えたい。それは自分たちが生きる糧になるはず。そんな思いが味噌づくりワークショップにも現れているようです。

自分で作るからそのおいしさの意味が理解できる
「味噌づくりワークショップに来るお子さんは、まずその工程の面白さに引き込まれます。豆を潰したり混ぜるという工程に、ものすごく興味を示します。味は二の次ですね。 それでも、例えば味噌汁を飲まなかった子が、自分で作った味噌で作る味噌汁は飲むようになったという話も聞きます。遊び感覚でやっていても、記憶として残っていくのかなと思うんです」と宮本さん。
ワークショップには家族で参加される人が多いそう。子どもが生まれ、子どもの食べるものに気を遣うようになると、できるだけ自然のもの、体に良いものを取りたいという気持ちが芽生えてきます。
その方たちが実際に味噌づくりを体験すると、多少不備があっても大丈夫だということもわかってくるのだとか。表面にカビが生えても、それを掬い取れば、食べられると知ることにも繋がっています。最近では、何かあると製造者が悪いという風潮になっていますが、発酵食品も生き物。そんな原点に立ち返ることができるのです。
「自分で作ったものだったら、工夫してちゃんと食べるっていうことが身についてくんです。そういう意味では商品の完成形を販売するよりも、味噌づくりワークショップを通して、その意味を感じてほしいというのがあります。それと僕は大手メーカーの味噌も否定していないんです。自分で作るからこそ、違いも分かります。味噌づくりや麹のことを知ることが、食文化の下支えになっていけばいいなと思っているんです」と宮本さん。
企業の作る味噌は、繊細さがあったり、味が均一化されていたり、それぞれの良さを知って、味わえればよいなと思っているのだとか。自分自身が作る味噌は味もその時々によって変わるけれど、それが本来の意味の『手前味噌』だと語ってくれます。
食文化を通して世界とつながり、未来を考える働き方に
「ヨーロッパでも牛の骨や野菜から採ったブイヨンはいろいろな料理に使われていますが、『旨味』という味覚を大切にすることや、調味料の元となる麹は日本ならではの貴重なものだと思います」とミルコさんも熱く語ってくれます。
食を通して、未来を考える。それはひいては地球環境を考えるきっかけにもなります。実際、温暖化の影響もあり、大豆は年々猛暑に耐えられず、収穫量も減っています。
何千年もかけて受け継がれてきた自然の恵が失われてしまう可能性も否定できないのです。だからこそ、この地で育める作物から生まれる「麹」を次世代にも残したい。その強い思いがますます多くの人を引き付けていくのでしょう。宮本農園やみやもと糀店が、ゆるやかに幡豆の自然と共に成長していくことを願わずにはいられない取材となりました。

宮本農園・みやもと糀店
住所:愛知県西尾市西幡豆町市場25-1(Googleマップ)
公式ホームページ

