武士の家に生まれるも、流浪の果てに絵師となった男
まずは英泉のプロフィールを追ってみよう。世間で有名な英泉の妖艶な美人画…その作品世界が納得できるような、波瀾万丈な人生だったようだ。

英泉は1791年に生まれた。父は武士で、俳諧や茶の湯をたしなむ文化人でもあった。英泉自身も、本来であれば武士として安定した人生を送っていたかもしれない。
だが現実は厳しい。六歳で実母を失い、二十歳の頃には父と継母も相次いで亡くなる。家は貧しく、幼い妹たちを抱えながら生きていかなければならなかった。武士として水野家に仕えた時期もあったが、それも長くは続かず、絵で生きることを選んだのである。
生きた蝶を鍋に入れて食らう? 英泉の破天荒すぎる私生活
本人の自伝や周囲の証言には、常識外れとも言える逸話が次々と登場する。たとえば、版画の下絵を途中まで描いて突然姿を消す。版元が必死に探し回り、ようやく見つけたと思ったら、遊郭や酒場で「死んだように」泥酔していた、という話がある。

食生活も尋常ではない。毒があって恐れられていたフグを、生きたまま蝶や魚と一緒に鍋で煮て食べた、という記録まで残っている。まさに悪食家、命知らずだ。
また、羽織を引っかけ下駄履きのまま「ちょっとそこまで」と出かけたかと思えば、そのまま夜船に乗って房総の木更津まで行ってしまう。住所不定、放浪癖あり。常識的な社会人とは程遠い。
放蕩の果てに生まれた、英泉の春画
この放蕩無頼の生活こそが、英泉の絵に独特の色気を与えたのかもしれない。英泉は菊川英山のもとで浮世絵を学び、当初は師匠譲りの優雅で甘美な美人画を描いていた。しかしやがて作風は大きく変化する。張りつめた表情、強い目線。文政期に発表された大首絵のシリーズは、見る者を圧倒する情念をたたえている。生々しい欲望や、江戸の夜の匂いまで感じさせる絵が描かれた。

春画の分野でも英泉は群を抜いていた。多色摺りの春画を数十点も制作し、その作画量は北斎を上回っている。とくに『枕文庫』は、江戸時代最大級の性指南書であり、十年をかけて完成させた大作だ。英泉は、きれいごとではない江戸を描いた絵師。欲望、迷い、夜の闇…怪しい魅力があふれる!
英泉が描くジェンダーレスなイケメンが美しすぎる!
ではいよいよ、浦上満さんが蒐集してきた英泉の春画を細かく見せていただこう。「春画は、どう見なさいという決まりはない。見る人それぞれが自由に反応すればいいのです。」世界的な春画コレクターとして知られる浦上さんは、そう言って微笑む。

長年にわたり膨大な作品を集めてきた彼の言葉は、実におおらかだ。その優しさで緊張がほぐれた筆者は、目の前で見る英泉の春画から予想外の特長を見つけた。それは、「男性の美しさ」だ!!!!
北斎と英泉の春画…男性の絵の違いは“ぼんやり眉毛”か、“シュッとした眉毛”か?
文化文政期に春画を精力的に描いていた葛飾北斎。タコと美女など、大胆な構図と圧倒的な画力で、世界的にも評価が高い。しかし、英泉の春画と見比べたとき、その違いは驚くほど鮮明だ。

北斎の描く男性の顔は、眉毛が太く、ぼやっとした印象。どこか“現実の延長線上”にいるような存在感を持つ。中背中肉の普通の男が、前面に出ている。一方で英泉の男性像はどうか。

目力があり、鼻筋が通っていて綺麗。眉毛は細くて絶妙な表情をみせている。同じ春画でありながら、ここまで描く男性への美意識が違うのかと、思わず息をのむ。
アイライン、眉、口紅——中性的な男性の美を極める英泉の春画
英泉が描くジェンダーレス・イケメン春画は、とにかく顔立ちの描写が美しい。

くっきりと濃いアイライン。
細く整えられた眉。
女性と同じく、赤い口紅。
ときに乱れた色っぽい髪の毛。
春画といえば女性の絵に目が行きがちだが、英泉の春画はきれいな男性のオンパレードだ。たくましさよりも、しなやかさ。威圧感よりも、色気とはかなさがただよう。誇張された性器の絵をみるのは抵抗がある初心者の方にも英泉の春画はオススメ。英泉の春画なら、ジェンダーレスな美男子が“いたしてる”ときの顔を眺めるだけで楽しめるからだ。
参考文献/浮世絵名作選集 英泉(山田書院)・名物揃物浮世絵7国芳・英泉(鈴木重三)・別冊太陽 春画
アイキャッチ:渓斎英泉 大判錦絵『強引な男』(部分)/文化文政年間(1804〜1830)
すべての画像:浦上満 所蔵
葛飾北斎・渓斎英泉 艶くらべ ー歌舞伎町花盛りー新宿歌舞伎町春画展WA 開催
浦上さんが集めてきた春画コレクションで、北斎と英泉にフォーカスした展覧会が春に新宿歌舞伎町で開催されます。

会期: 2026年4月4日(土)~ 5月31日(日) ※会期中無休
前期: 4月4日(土)~ 4月30日(木)
後期: 5月1日(金)~ 5月31日(日)
※作品保護のため、一部展示替えを行います。
北斎の春画の名作《蛸と海女》出展決定!!
展示期間1:4月4日(土)~4月12日(日)
展示期間2:5月1日(金)~5月10日(日)
チケット情報(日付指定制)
前売り券(4月3日まで販売): 一般 1,900円 / 学生 1,300円
当日券: 一般 2,200円 / 学生 1,500円
チケット購入:https://www.smappa.net/shunga/ticket.html
本展は、日本が世界に誇る浮世絵師・葛飾北斎(1760-1849)と、その画風を慕いながらも独自の美意識を切り拓いた渓斎英泉(1791-1848)に焦点を当てた企画です。大胆かつ奔放な北斎と、退廃的で妖艶な英泉。影響を与え、影響を受けながらも、人間の欲望と生命力に対し、異なる眼差しを向けた二人の「艶」の競演をご堪能ください。

