Culture

2026.08.18

裏千家と金沢と【奈良宗久・金沢好古庵の「茶の美」ごよみ】2

建具が夏のしつらえに替わり、庭の緑がいっそう鮮やかに映る季節となりました。簾越しに吹き抜ける風や、やわらかな光の気配に、茶人たちは涼を感じながら、一服の茶を楽しみます。裏千家今日庵業躰(ぎょうてい)・奈良宗久さんが、お稽古場「好古庵」での日々を通して、茶の湯の魅力をつづります。

「いなり橋」の銘が記憶を呼び覚ます

簾戸に替わると、すーっと気持ちが軽やかになる。「庭の木々は、江戸時代から何も変わっていないはず」と奈良さん。かつてここに屋敷を構えた裏千家4代仙叟居士も、同じ緑を眺めていたのかもしれない。

金沢も、いよいよ夏らしい気配になってきました。建具越しの光がやわらかくなり、好古庵(こうこあん)にも涼を求める風が通り抜けていきます。今回は、そんな季節に合わせて、「いなり橋」という銘の茶碗を取り合わせてみました。初代大樋長左衛門(おおひちょうざえもん)の作です。

前回も少しお話ししましたが、私の父は10代大樋陶冶斎(とうやさい)、祖父は9代陶土斎(とうどさい)。生家は、裏千家4代仙叟(せんそう)居士に伴って金沢へ来た初代大樋長左衛門を祖としています。そして私が稽古場として使用している好古庵は、もともと仙叟居士の屋敷だった場所と伝わってきました。
茶碗の「いなり橋」という銘も、土地の記憶につながるものです。

かつてこのあたりには、金沢城の東内惣構堀に架かる「稲荷橋」がありました。慶長4(1599)年、キリシタン大名の高山右近が、加賀藩2代藩主・前田利長の命を受けて築いた堀に架かっていた橋です。好古庵のまわりを歩いていると、ときどき仙叟居士も同じ景色を見ていたのだろうか、と考えることがあります。橋の上で水を眺めたり、釣りをする子供たちの姿を見たり……京都・今日庵の前を流れる小川も懐かしく思い出されていたのかもしれません。そんなことを想像すると、急に存在が身近に感じられるんですね。

その仙叟居士ゆかりの掛物も、床にかけてみました。これは裏千家13代圓能斎(えんのうさい)が、居士の狂歌を書き写したものです。「京都は塩蛸しか食べられないが、金沢では生蛸が味わえる」という文章と絵で、思わずクスリとしてしまいますね(笑)。
京都から来た仙叟居士にとって、北陸の魚介はずいぶん贅沢に感じられたんじゃないでしょうか。狂歌からも、居士が金沢での暮らしを楽しんでいらした様子がうかがえるように感じています。

業躰という仕事について

さて今日はもうひとつ、私自身の仕事についても少しお話ししたいと思います。私は現在、裏千家の「業躰」という立場にあります。家元直属の指導者として全国や海外へ赴き、茶道の指導や茶会、献茶式の随行などを通して、茶の湯の伝統を次代へ伝える役目です。

もっとも「大樋焼の家に生まれたのだから、小さいころから茶の道ひと筋だったのでしょう」といわれますが、実際はそうではなかった。内弟子時代に、茶の湯に携わる者としての自覚が育ったのだと思います。朝4時に起き、庭掃除から始まる一日。自分の部屋もなく、厳しい毎日でしたが、家元のそばで過ごしたことで、人との向き合い方や心のあり方を、間近で学ばせていただいたように思います。

「撃竹(げきちく)」という銘の茶杓は、私が内弟子を終えて金沢へ戻り、最初の茶会を開いたときに、坐忘斎家元からありがたく頂戴したものです。仙叟居士が礎を築いたこの地で、自分はなにを受け継げるのか。そんなことを折にふれて考えます。けれど金沢では、お茶を通して人と人とが結ばれている場面に日々たくさん出合います。お茶が深く親しまれている土地には、人を大切にする文化が自然と育っていく。金沢はまさにそんな町だと思いますね。

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裏千家15代鵬雲斎(ほううんさい)による、銘「いなり橋」の渦文平茶碗は初代大樋長左衛門造。仙叟好の河太郎棗は、5代中村宗哲造で16代坐忘斎(ざぼうさい)家元書付。木地釣瓶の水指や、大西浄久造の真形釜、金沢城古材でつくられた芦透かし風炉先を取り合わせ、夏座敷をしつらえた。

左/床の間には、13代圓能斎(えんのうさい)が仙叟居士の狂歌を写した蛸の画賛が。三友籠の花入には、アザミ、ツキヌキニンドウ、ヤハズススキ、ハナセンナ、エゾハナショウブなど。右/氷室(ひむろ)饅頭は、7月初旬にいただく金沢の行事菓子。もともと加賀藩が、白山の麓の氷室から切り出した天然氷を江戸の将軍家へ献上したことに由来。魔除けや厄除けを意味して、赤白緑の酒種生地で餡を包む。こちらは森八製。

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16代坐忘斎家元からいただいた茶杓、銘「撃竹」を手にして。日々ゆるみそうになる心を、竹を打つ一音のように、はっと引き締めてくれる。

奈良宗久(なら・そうきゅう)

裏千家今日庵業躰(正教授方)1969年金沢生まれ。父である10代大樋陶冶斎に師事し、大学時代より日展などに出品。現在は、国内外で茶道の普及、後進の指導に努める。また工芸やアートの領域にも積極的に関わり、その活動が注目を集めている。
茶道教場「好古庵」kokoan-kanazawa.com

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和樂web編集部


撮影/宮濱祐美子 構成・文/植田伊津子
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