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2024.12.02

傷ついた心もつなぐ。フランスで独自の進化を遂げた「Kintsugi(金継ぎ)」

「Kintsugi」という文字をパリの町中でも見かけるようになったここ数年。フランスのギフトショップでは、金継ぎキットという、自宅で体験ができる商品が売られています。フランスでも金継ぎを専門に行なう人がいるのかしら? と興味を持ち始めていました。

ある日、娘が大事にしていたお茶碗が割れてしまい、悲しんでいたところ、友人からフランスで金継ぎができないか、という相談を受けました。友人は割れてしまったケーキスタンドを直したいそうなので、一緒に金継ぎ工房を探すことにしました。

ギフトショップで売られる金継ぎキット

割れてしまった娘のお茶碗

精神的な意味合いが強いKintsugi

金継ぎは、割れたり欠けたりしてしまったものを、漆で繋ぎ合わせて、金粉で仕上げる日本の伝統的な技法です。
フランスでの職人さんを探すために、インターネットで「Kintsugi」と検索すると、思いの外、いくつも出てきました。不思議なことに、金継ぎ工房に混ざって、メンタルヘルスケアの団体だったり、難病闘病中の方々のグループも。
そういった組織の趣旨をみてみると、実際に金継ぎをするわけではなく、あくまでも「壊れてしまった部分を個性として受け入れる」という精神的な意味合いから、名称に使っているようでした。

私が見積もりに使った画像

フランス山岳地帯の自然豊かな工房

そんな中、5名のフランス人金継ぎ師の方に、見積もりをお願いしました。それぞれ作風に個性があり、金継ぎの部分をより主張している人、金継ぎを主体としたアートに昇華している人など、日本よりも自由な雰囲気。
一緒に金継ぎ職人を探している友人と私の意見は一致し、グルノーブルで金継ぎ工房「UNBROKEN CURIOSITY」を営んでいる、サブリナ・ミカ(Sabrina Michée)さんにお願いすることにしました。繊細な筆使いが印象的で、ポップな工房のロゴイラストや、サイトも、彼女独自のセンスが光っていました。

枡の中に入っている工房カードは彼女のイラスト

右腕のタトゥーはお箸で懸垂する人。胸ポケットのピンバッチがお気に入りで、同じものを入れたそうです

印象的な繊細な筆使い

グルノーブルは、フランス南東部に位置し、1968年に冬季オリンピックが開かれた山岳都市。「リキュールの女王」と呼ばれる爽やかな薬草酒シャルトリューズ (Chartreuse) も作られている、豊かな自然が美しい地域です。そんな素敵な場所で施される金継ぎに、期待が高まりました。

サブリナさんが暮らす美しいグルノーブル

なによりの決め手は、彼女との丁寧なやり取りでした。見積もりをお願いした際、壊れてしまったモノとの思い出や、背景を聞かれたのです。お茶碗は娘が離乳食を卒業した頃、日本の友人が陶芸家にオーダーして贈ってくれた唯一無二のものでした。
娘の似顔絵と、フランスに住んでいる私達のために、エッフェル塔や凱旋門が描かれています。日仏を繋ぐイメージで五重塔も。まだおしゃべりが上手ではなかった娘は、描かれている自分を指さし嬉しそうにしていました。

とても小さな破片も丁寧に組み合わせてくれました

サブリナさんからお茶碗の作者を知りたいと頼まれたので、送り主に聞いたところ、茨城県の笠間で活動されている新島佐知子さんだとわかりました。とても愛着を持って使っていたのに、彼女から聞かれるまで、作家さんが誰かを知ろうとしなかった自分を少し恥じました。
サブリナさんと新島さんはさっそくSNSを通じて繋がりました。割れてしまったお茶碗が結んでくれた縁を感じます。

フランス産金継ぎが加わりパワーアップした娘のお茶碗

金継ぎを通じて癒やされていった心

サブリナさんが金継ぎを知ったのは、パリで働いていた頃、お気に入りのカフェに置かれていた、金継ぎ工房のショップカードだったそう。その後、辛いことがいくつも重なり、パリを離れることを決意。
故郷のグルノーブルに戻る前、思い切って、日本に長期旅行に出かけました。そして「かやぶきの里」で知られる京都府の美山町を訪れ、以前から気になっていた金継ぎを、「urujyu」という工房を持つ清水愛さんから習ったのです。

「金継ぎは傷ついた心もつないでくれる」と、サブリナさん。手を動かして習得していく間に、精神的にも癒やされていったといいます。彼女は特別な要望がない限り、割れてしまったものにのみ金継ぎを施します。
一見当たり前のことのようですが、金継ぎの華やかな表現を求めて、あえて割るスタイルの作家さんも少なくありません。壊れたものが直っていく過程に、自分の心の治癒を重ねていたサブリナさんならではの感覚なのでしょう。
工房名の「UNBROKEN CURIOSITY」には、しなやかで壊れない唯一のもの、という意味が込められているそう。

友人が依頼したケーキスタンドもよみがえりました

またケーキスタンドとして活用されています

フランスならではの金継ぎ表現

彼女が金継ぎをするものは様々で、フランスの盆栽家の方が所有する名のある作家の盆栽鉢だったり、割れてしまった陶器のアクセサリーや半貴石の補修など、多岐にわたります。
ミシュランの星付きレストランのシェフから、新しい料理の表現方法としてコラボレーションを提案されたこともあるそうです。

割れてしまった半貴石や陶器の指輪を金継ぎで

高級レストランで使われるお皿は、特注のものや、そうでなくとも高価なものが多いのです。丁寧につくられたものを、割れてしまったことですぐに捨ててしまうのではなく、金継ぎで再利用しようという活動です。古いものを大事にするフランス人の精神に、昔ながらの日本の伝統技術、そしてサスティナブルなものが求められていく現代の流れに合致したのが金継ぎなのでしょう。
レストランが料理に留まらずに、そういった社会背景や、問題に取り組んでいく視点があることも新鮮でした。

組み上げる順番を決めるのには時間をかけます

サブリナさんはフランスにおいても、清水さんから習った工程どおりに進めますが、彼女のオリジナルの手法もあります。
金継ぎは割れた部分に、漆を接着剤にしてつなぎますが、通常、赤い漆には金粉を、黒い漆には銀粉をのせます。でもサブリナさんは、まんべんなく金粉をのせるのではなく、地の漆部分をも残すこともあるのです。
ある日、金粉のせを途中で止めてみたところ、美しかったという偶然の産物だそう。そこから、金から赤へとグラデーションさせたり、銀と黒をキリッと分けたり、表現の幅を広げ始めました。

赤から金へのグラデーション

銀と黒を分けた仕上げ

日本で守り、フランスで広める

金継ぎの材料は生漆、金粉、砥の粉、弁柄、木粉、小麦粉、油瓶、砥草、真綿、とありますが、生漆以外はフランスのもので代用ができるそう。今後のサブリナさんの展望としては、フランス産生漆をめざして、漆の木をグルノーブルで育てていきたいとのこと。
それは、師と仰ぐ清水さんが京都で始められた活動とも繋がります。実は今、日本産の漆はたったの3%で、大半を中国やアジア諸国からの輸入に頼っている状態です。
清水さんは京都で漆を守る活動を、サブリナさんはフランスで漆という新たな文化を広めようとしています。

美山町にいた頃に、漆の苗木を植えるサブリナさん

さて、数ヶ月待って手元に戻ってきたお茶碗は、期待通りの繊細で美しい仕上がり。笠間の焼き物とグルノーブルの金継ぎが融合した! と喜んだのもつかの間、なんと開けた瞬間に手を滑らせて、また割ってしまいました…(号泣)
友人からは「なにか割れると幸運がやってくる、というジンクスがフランスにはあるんだよ」と慰められました。
娘から恨めしい顔で睨まれつつ梱包し、お茶碗は再度グルノーブルへと旅立っていきました。

金継ぎの部分は無事でしたが、不思議なことに1回目と全く同じ割れ方をしました

今回の取材を通じて、金継ぎは出来上がるまでの時間も楽しめるものと学びましたが、こんな結末を迎えようとは…。金継ぎ2回分の幸運を待ちたいと思います。

UNBROKEN CURIOSITY 基本情報

金継ぎ職人:サブリナ・ミカさん(Sabrina Michée)
住所:2654 route de villard, 38250 Lans-En-Vercors, France
公式webサイト&E-Shop:https://unbrokencuriositykintsugi.com/
サブリナさんのインスタグラム:https://www.instagram.com/unbroken_curiosity_kintsugi/

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ウエマツチヱ

フランスで日本人の夫と共に企業デザイナーとして働きながら、パリ生まれだけど純日本人の2児を子育て中。 本当は日本にいるんじゃないかと疑われるぐらい、日本のワイドショーネタをつかむのが速いです。 日々の仏蘭西生活研究ネタはコチラ https://note.com/uemma
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