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Craftsmanship

2025.05.09

「ルマリエ」アーティスティック ディレクター クリステル・コシェールさん インタビュー 完全版 

「ルマリエ」のクリエイションを統括するアーティスティック ディレクターでありながら、自身のファッションブランドのデザイナーとしても活躍するクリステル・コシェールさん。彼女のインタビューは、le19Mにあるルマリエのアトリエで行われました。コシェールさんの言葉から伝わってくるのは、メティエダールを支える者としての誇りと使命感、クリエイションにかける熱い思いにほかなりません。本誌の記事では一部しかご紹介できなかったインタビューを完全なかたちでお届けします。

クリステル・コシェールさんへのインタビュー 一問一答

ルマリエは、シャネルの作品のなかでどのような役割を果たしているのでしょうか?

コシェールさん:ルマリエの役割は、卓越したサヴォアフェール(ノウハウ)を駆使してコレクションにインスピレーションを与えること。私たちは、非常に多様なノウハウを持っています。ルマリエのなかには、カメリアや花の制作、テキスタイルの制作と縫製、フェザーワーク(羽根細工)の3つのアトリエがあります。さらに、プリーツ加工を専門とする「アトリエロニオン」、テキスタイル装飾のメゾン「ディナール」とも技術提携をしており、サヴォアフェールはより多彩に。そのサヴォアフェールを通して、シャネルのコード、作品、歴史を再解釈。クラフツマンシップ、ファッション、コンテンポラリーアートなどからも着想を得て、シャネルのコレクションにインスピレーションを注ぎ込んでいます。

シャネルのシンボルである「カメリア」を制作するにあたり、最も大切にしていることは?

コシェールさん:新たなカメリアを生み出すとき、アイコニックな基本形から始めて、それを再解釈することが重要です。再解釈はサイズや使用方法に基づいて行われ、カメリアに生命が吹き込まれます。具体的な制作方法としては、まず職人たちにサイズを伝え、カメリアを伝統的な丸みのある形に。私たちは伝統的な球状の器具を使って、花びら一枚一枚を形づくっていきます。色、素材、花びらの数、エンボス加工の種類、中心部の形状などの要素。それらすべてが、独自のカメリアを生み出すのです。
(アトリエに保管された)サンプルをご覧いただくと、すべて羽根でつくられたカメリアなどもあり、さまざまな解釈がなされてきたことがわかるでしょう。しかし、それも球状の器具を使った伝統的なカメリアの再解釈にすぎません。また、柔らかな質感やツイストが施されたものもあり、それらは職人たちによって多彩な表現がされてきたカメリアのヒストリーを物語っています。
そして、私はどの職人に何を任せるかを思案します。アトリエロニオンのプリーツ職人を訪ね、カメリアにプリーツを組み込むように頼むかもしれません。それぞれのカメリアには、そのコレクションを反映するメッセージが込められています。オブジェやブローチ、またあるときは衣服の装飾となって、コレクションの精神を再現するのです。昨日、ご覧になったかもしれませんが、シャネルの2024-25秋冬 オートクチュール コレクションは羽根が主たるテーマでした。私たちは軽やかで詩的、繊細な雰囲気のカメリアを制作。モスリンを慎重に加工し、羽根とともに組み合わせてコレクションの精神を伝えました。こうして毎回、コレクションのテーマをオブジェに再現し、革新的な試みに挑戦し続けています。
職人たちは全員がそれぞれのノウハウを持っています。私はアトリエでの長年の経験から、最高の結果を得るには誰に頼ればよいのかがわかっているのです。

ルマリエの職人たちに、「カメリアはこうあるべき」と伝えることはありますか?

コシェールさん:自分が望むもの、コレクションの精神は理解しています。グラフィックで、曖昧な雰囲気で、少しデコンストラクションされた要素があることが理想的。そうした表現のために、私たちは技術的な専門用語を用いる必要があります。花びらをエンボスしたり、手で丸みをつけたり、縞模様を入れたり、中心を丸くしたり、プリーツや刺繍を施したり…。細かい指示を出すのですが、こういった専門的なボキャブラリーは職人たちの訓練や伝統の一部であり、彼らは瞬時にそれを理解できます。これは、私たちの歴史的財産といえるでしょう。職人が使用する道具にも歴史があり、それぞれの役割があります。
私の役割は、これらのノウハウ、彼らの専門性、卓越した技術を使って創造し、未来に向けて新しいメッセージを伝えること。毎回、これまでになされてこなかった新しい何かを生み出すことを目ざしています。マドモアゼル・シャネルが愛し、つくり出したカメリア。このカメリアは完璧で、シーズンごとに再解釈されていくのです。

カメリアが制作できるようになるには、最低でも5年の修行が必要だと聞きました。職人が身につけるべきスキルはどのようなものなのでしょうか?

コシェールさん:ルマリエの職人たちは、だれもがこの仕事への強い情熱を持っています。ここに来ることはほとんどファミリーや宗教に入るようなもので、真の情熱が必要なのです。この道は長い修行と忍耐、そして精密さを要します。さらに、職人には手先の器用さと芸術的な感性が不可欠で、それぞれが独自の解釈のもとに作品を生み出します。ノウハウや器用さが重要ですが、それだけでなく、歴史あるメゾンの文化や遺産も理解しなければなりません。
ルマリエは1880年に設立されました。歴史の重みがあり、古い道具を使いながらも未来を考えることが求められます。過去と現在の対話、職人たちと私、創造と技術性の間での絶え間ない対話が必要なのです。

最も古く、最も歴史的な道具はどんなもので、いつ頃つくられましたか?

コシェールさん:ルマリエの創業時に花をつくるために、最初のツールが生まれたと考えられます。最もよく使われるのは球状の道具で、カメリアの丸みをつくるために使われ、エンボス加工を施したり、(素材を)押しつぶしたりすることも…。この道具はダリアやバラにも使用され、球の完璧な丸みが独特のシルエットを与えます。

これまで制作したカメリアのなかで特に印象に残っているものは?

コシェールさん:いくつか印象的なカメリアがあります。たとえば、カメリアを真空パックにしたことがあります。プラスチックで包んだのですが、カール(故カール・ラガーフェルド氏)は面白いと感じたよう。また、ヴィルジニー(ヴィルジニー・ヴィアール氏)の最初のコレクションでは、ふわふわのダウンのようなカメリアをつくりました。ほかにも「メデューサ・カメリア」と呼ばれるカメリアも制作したことがあります。曖昧な形状でクラゲのように揺れるのでその名がつきました。こうした特徴的なカメリアには名をつけることが多く、アイコンとなって愛されます。最も多く使われてきたアイコンは、シックな白のカメリアです。

フェザー(羽根細工)について教えてください。その特徴的な制作工程は?

コシェールさん:羽根は繊細で空気のように軽やかですが、その加工には非常に高度な技術を要します。羽根の種類に応じて異なる技術が使用され、フリンジ状にしたり、プリントを施したり、また、部分的にカットしてグラフィカルな効果を出すこともあります。羽根を部分的に少し切り取ってプルムティ(細かい点状の模様)をつくることで、グラフィカルな効果が出るように加工することも…。オートミール(燕麦)の小枝のように中心の脈だけを残して周りを取り除く技法もあり、これは「オートミールの粒」と呼ばれています。リバース加工を行って、独特の効果を出すこともあります。
こうした技術には非常に多くのバリエーションがあります。さらにいくつかの羽根の加工には独自の技術があり、羽根を1本ずつ貼り合わせ、平らにして寄せ木細工のような作品をつくることもできます。また、ナイフで羽根を縮れさせる方法もあり、丸めたり、形や向きをつけることも可能です。実際、技法は無限にあり、ルマリエでは複数の羽根を組み合わせ、新しい羽根をつくれるほどです。それぞれの羽根には異なるカットが施され、ユニークな形状に。ハサミを使って形を整えるなど、求める効果に応じてさまざまな技術を駆使しています。
羽根を片側や、逆側から利用するなど、羽根を配置する方法も数多くあります。さらに、細かいビーズや布を使って装飾を施すこともあり、コレクションでは頻繁にフリンジ付きのチュールやモスリンと混ぜ合わせます。同様に、シルクのエアリーなフリルに羽根を組み合わせることもあります。以前、羽根を花びらやカメリアの花弁と一緒にサングラスにあしらったところ、素晴らしい効果が生まれました。可能性は無限にあり、その可能性を私たちは楽しんでいます。毎シーズン、伝統を守りつつ新たなチャレンジを、革新的な試みを続けているのです。

若い職人に必ず伝える「ルマリエの美学」があれば教えてください。

コシェールさん:私が思うに、ノウハウの伝承は専門的な知識を通じて受け継がれるもの。伝承とは、遺産を守りながらも常に好奇心を持ち、革新を続けていくことです。偉大な革新力と創造への好奇心を持ちながら、すべての作品において私たちが求める卓越性を常に尊重していくことが重要です。

シャネルのシンボルである「カメリア」を制作するにあたり、最も大切にしていることは?

コシェールさん:最初に伝えたいのは、le19Mがほかに類を見ない素晴らしい作業環境を提供しているということ。この非常にモダンな建物が、未来へ向けたエネルギーを私たちに与え、私たちの仕事のビジョンを未来へ。そして、ここは刺繍職人や帽子職人、ジュエリー職人といった同僚と一緒に働くことができる場所であり、フランスの工芸技術の卓越性をともに体現する協力的で興味深い環境なのです。異なる分野の問題に取り組む同僚がいることで刺激を受け、自然にシナジーとエネルギーが生まれ、共有が行われます。私自身やアーティスティック ディレクター、職人たちも、そうした相互の影響を強く感じています。
そして、たとえ外が曇っていても、ここには光があります。このエネルギー、あらゆる意味での〝光〟がここにはあり、職人たちにとっても特別な場所になっています。

コシェールさんはなぜルマリエで働きたいと思ったのでしょうか?

コシェールさん:カール・ラガーフェルドからの招待が、私に興味を抱かせました。それまでは、(今の仕事を)私の天職とは感じていませんでした。私はデザイナーですから。新しい視点、少し異なる視点を持ってここに来たことで、この仕事に興味が湧いたのかもしれません。アトリエで卓越した職人技を間近に見ることができるのも魅力でした。
また、私は新しい世代がこうした技術に関心を持ち、それが失われないようにしたいと以前から思っていました。この使命は、le19Mと学校や現地のギャラリーとのコミュニケーション、さらには雑誌やメディアなどを通じた情報発信によって確実に達成されつつあります。こうした努力が実を結び、ついに新しい世代の刺繍職人や他の職人が生まれ、私も非常に誇りに思っています。

いつ、ルマリエに入られたのですか?

コシェールさん:2010年です。当時、ルマリエは創業の地である、パリのフォーブール・サン・マルタン大通りにありました。アトリエは東駅の近くにある小さなアパートのなかにあったのです。そのエリアは職人たちが集まる場所で、すぐ近くに「ルサージュ」もありました。そこには真珠や羽根、リボンなどを扱う小規模な業者や商人が多く、伝統的にパリ・クチュールの供給業者が集まるエリアでした。

それ以前は、どんなキャリアを積まれていたのでしょう?

コシェールさん:私はファッション業界にいて、ファッションこそが私の情熱。私はデザイナーです。ルマリエの職人たちの仕事を見て学び、彼らの素晴しい技術に常に感動しています。そして、私はオーケストラの指揮者のように彼らにエネルギーや方向性を与えています。私たちは互いに理解し合い、互いにとても刺激を受けています。この仕事に情熱を注ぎ、私自身がいつも大きな感銘を受けています。

伝統と未来の融合ということでしょうか?

コシェールさん:はい、そうです。

ルマリエには何名の職人が在籍しているのですか?

コシェールさん:およそ100名です。しかし、オートクチュールの作品によっては1000時間や2000時間を要する作業が必要になるため、その場合はチームを一時的に増員することがあります。そうした状況は、本当に〝蜂の巣箱〟のよう! 大変な活気に満ちています。
通常は、全アトリエを合わせて約100名で構成されており、そのなかには花、羽根、プリーツ、テキスタイルの手染めなどが含まれます。また、職人だけでなく、プロダクションのチームも重要であり、全員が貢献しています。このメゾンには、パターン作成、材料調達、開発、製品素材、輸送など、さまざまな役割を担う人々が働いています。チームワークが重視され、それぞれが異なる役割と使命を担っています。もちろん、職人たちは常に中心的な存在であり、私たちが称えるべき人々ですが、彼らをサポートするスタジオのコーディネーターも重要。さらにコミュニケーションや他の仕事をサポートしてくれる人たちも大切です。
現在はアーカイブの担当者があり、デジタル化を進めるチームも存在しています。私が来てから、多くのアーカイブが整理されました。これらを分類し、アーカイブし、キーワードで参照できるようにすることで、真のクリエイティブなツールとなり、私たちの歴史遺産を守ることができるようになったのです。
全体としてチームは成長を続けており、それはこの仕事に関心を持ち、この分野に加わりたいと思う人々が増えている証拠です。以前はそうではなかったため、私たちは勝利に近づいているといえるでしょう。

Christelle Kocher
「ルマリエ」アーティスティック ディレクター

クリステル・コシェール●デザイナー、「ルマリエ」アーティスティック ディレクター。故カール・ラガーフェルド氏に招かれ、2010年、現職に就任。当時、ルマリエは創業の地であるフォーブル・サン・マルタン通りにあった。その地域には、伝統的にボタンやリボンなどを扱う業者が集まる。自身のファッションブランドのデザイナーとしても活躍している。
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福田詞子


取材/鈴木春恵
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