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Craftsmanship

2025.05.09

【短期集中連載】シャネルとメティエダールの聖地「le19M」を巡る物語Ⅱ 多彩なサヴォアフェールで 〝革新〟に挑む「ルマリエ」の美学

メティエダール(芸術的な職人技)を未来へ継承していくために、シャネルがパリ19区に創設した「le19M」。そこに拠点を置く代表的なメゾンダールの職人技とクリエイションを、3回にわたりご紹介します。まず訪れたのは、羽根飾りとカメリアをはじめとする花の細工、テキスタイル装飾で知られる「ルマリエ」。パリのクチュールの世界に芸術的な彩りを添えてきた作品は、いかにして生まれるのでしょう?

フランス屈指のメゾンダールが集まるle19M。そのなかで最も長い歴史をもつ「ルマリエ」は、1880年にパリで創業しました。当時、女性が公の場で着用する帽子には、フェザー(羽根)などを用いた装飾が欠かせず、20世紀初頭のパリには羽根細工専門のアトリエが約300あったといわれています。1960年代にはその数がわずか50となり、現在、フランスに残るメゾンはルマリエだけになってしまいました。多種多様のフェザーを装飾芸術へと昇華させるたぐい希なサヴォアフェールは、フランスのみならず世界でも類を見ない卓越した職人技のひとつだといえます。

また、ルマリエはシャネルのシンボルとして知られるカメリアを制作できる唯一のメゾンでもあります。カメリアは’60 年代初頭にガブリエル・シャネルが発表して以来、さまざまな素材や細工を用いてその姿を変化させてきました。

そして今日、同じle19Mにあるプリーツ加工のメゾン「アトリエ ロニオン」、染色・素材加工のスペシャリスト「ディナール」との技術提携により、ルマリエの芸術性はさらなる高みへ。テキスタイル装飾の分野でも揺るぎない地位を築いています。

半世紀以上にわたり、シャネルはメゾンダールや優れたファクトリーとの強固な関係を築くことでメティエダールの発展に尽力しています。これらのサヴォアフェールの価値を認識し、時代とともに進化させる必要性を理解したうえで、シャネルは’85 年にその発展と伝承を支援する取り組みを開始しました。’96 年にルマリエを統合することで、シャネルはアトリエに新たな視点を提供し、伝統を守りながらも革新を促進。次世代の職人を育成することができました。その結果、サヴォアフェールの継承と発展が保証されたのです。

そして2021年、le19Mの誕生と同時に、ルマリエのアトリエも建物内に移設されました。その芸術と呼ぶにふさわしいクリエイションは、シャネルだけでなく多くのオートクチュールメゾンの作品に傑出した美しさと独創性をもたらしています。

ルマリエのフェザー細工のアトリエ。ここでは、羽根の種類によって異なる加工が施される。このブルーに染色された羽根は、1本ずつハサミでカットされて形が整えられた。全工程が熟練の職人の手作業によるもので、羽根の位置や向きを微妙に調整しながらデザインに合わせて接着していく。

花細工のアトリエで、カメリアを制作する職人。花びらを1枚ずつ貼り合わせて、大輪のカメリアを形づくっていく。すべての花びらに絶妙な丸みがつけられており、重ねていくだけで自然な立体感が生まれる。1960年代に誕生して以来、カメリアはツイード、サテン、オーガンジーなどのファブリックだけでなく、ファーやプラスティックといった多種多様な素材でつくられてきた。現在、ルマリエでは年に約2万個のカメリアが制作されているという。

創造とサヴォアフェールの絶え間ない対話から生まれる革新的なクリエイション

シャネルの2022-23 メティエダール コレクションのためにつくられたカメリアの装飾。メタルパーツとラインストーンに彩られた薄布に、ボタンやパールとともに多彩なデザインのカメリアが縫いつけられている。色や素材が、実に個性豊か。羽根のカメリアの中心には、カラーのラインストーンが煌めく。

1 職人たちが実際に使用しているツール(道具)がアトリエの壁一面に並ぶ。1880年の創業時、花の制作のために最初のツールがつくられたと考えられている。1世紀以上の歳月を経ても、その形状はほぼ変わっていない。2 カメリアの花びらに丸みをつける職人。先端が球状の「ブール」と呼ばれる道具が用いられる。その先端をアルコールランプで温めて使用し、花びらに自然な丸みをつくり出す。花の細工に最もよく使用されるのがこのツールで、ダリアやバラを制作する際にも欠かせないという。3 カットしたファブリックなどの素材を挟んで、花や葉の形状に仕上げる金型。古くから伝わる道具のひとつで、後ろに見える機械で上から圧力を加えて使用する。4 そうした金型はふたつで1組。アトリエに設置された棚には数多くの金型が収められており、そのなかには創業時から受け継がれてきたものもある。

クチュールの世界にインスピレーションを与える「ルマリエ」の比類なき職人技

卓越したサヴォアフェールを駆使して、シャネルをはじめパリのクチュール界にインスピレーションを与え続ける「ルマリエ」。そのクリエイションを統括するアーティスティック ディレクターのクリステル・コシェールさんに話を聞くことができました。

「ルマリエには、カメリアなどの花の細工、テキスタイル制作と縫製、羽根細工の、3つのアトリエが存在します。さらに、アトリエ ロニオンやディナールといった専門性の高いメゾンとの提携により、私たちは非常に多くのサヴォアフェールとノウハウを擁するに至りました。そうした技術の伝承は専門的な知識を通して受け継がれていくもので、ただ守るだけでなく、常に創造への好奇心と革新力をもたなければなりません」

シャネルのシンボルであるカメリアも、もちろん例外ではありません。
「新作のカメリアを生み出すとき、基本の形の再解釈から始めます。カメリアに独自性をもたらすのは、色、素材、花びらの数、加工の種類といったすべての要素にほかなりません。コレクションごとにつくられるカメリアにはメッセージが込められ、それが映し出されます」と語るコシェールさん。

彼女と職人たちにとって、コレクションは革新に挑む機会でもあります。クリエイションに関する話はさらに続きます。
「私には常に望むものがあり、その実現のために細かい指示を出します。花びらにエンボス加工をしたり、手で丸みをつけたり、プリーツや刺繡を施したり…。職人たちは専門的な指示を瞬時に理解することができ、それこそが私たちの歴史的財産ともいえます。私の役割は、職人たちの専門性と卓越した技術を使って創造し、新しいメッセージを未来に向けて伝えること。毎回、新たな何かを生み出すことを目ざしています」

一方、羽根細工においても高度なサヴォアフェールを誇るルマリエ。コシェールさんがその職人技について語ってくれました。
「ルマリエではダチョウ、ガチョウ、雄鶏、カモなどの羽根を主に使用し、それぞれに異なる加工を施します。たとえば、ガチョウの羽根はフリンジ状にしたり、プリントを施したり…。その技法は無限にあり、数種の羽根を組み合わせて、〝新しい鳥〟の羽根を創造することも可能なほど! 職人たちはナイフひとつで羽根の形状を自在に操ることができ、最近では軽やかな布地と羽根を組み合わせることも増えてきました」

そして、職人たちの作業環境はle19Mにアトリエを移して一変し、アーカイブも整備されつつあるといいます。
le19Mの非常にモダンな建物が、未来へ向けたエネルギーを与えます。この場所ではほかのアトリエの職人たちとの交流を通して互いに刺激を受け、自然なかたちで共有が行われます。ここは私たちにとって、あらゆる意味で〝光〟を感じることのできる特別な場所だといえるでしょう」

le19Mの誕生とその情報発信によって、ルマリエにも新しい世代の職人が増えており、彼らの存在こそがフランスのメゾンダールにとっての希望でもあるのです。


©Jean-Philippe Raibaud


Christelle Kocher
「ルマリエ」アーティスティック ディレクター

クリステル・コシェール●デザイナー、「ルマリエ」アーティスティック ディレクター。故カール・ラガーフェルド氏に招かれ、2010年、現職に就任。当時、ルマリエは創業の地であるフォーブル・サン・マルタン通りにあった。その地域には、伝統的にボタンやリボンなどを扱う業者が集まる。自身のファッションブランドのデザイナーとしても活躍している。
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福田詞子


撮影/小野祐次 取材/鈴木春恵
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