フランス屈指のメゾンダールが集まるle19M。そのなかで最も長い歴史をもつ「ルマリエ」は、1880年にパリで創業しました。当時、女性が公の場で着用する帽子には、フェザー(羽根)などを用いた装飾が欠かせず、20世紀初頭のパリには羽根細工専門のアトリエが約300あったといわれています。1960年代にはその数がわずか50となり、現在、フランスに残るメゾンはルマリエだけになってしまいました。多種多様のフェザーを装飾芸術へと昇華させるたぐい希なサヴォアフェールは、フランスのみならず世界でも類を見ない卓越した職人技のひとつだといえます。
また、ルマリエはシャネルのシンボルとして知られるカメリアを制作できる唯一のメゾンでもあります。カメリアは’60 年代初頭にガブリエル・シャネルが発表して以来、さまざまな素材や細工を用いてその姿を変化させてきました。
そして今日、同じle19Mにあるプリーツ加工のメゾン「アトリエ ロニオン」、染色・素材加工のスペシャリスト「ディナール」との技術提携により、ルマリエの芸術性はさらなる高みへ。テキスタイル装飾の分野でも揺るぎない地位を築いています。
半世紀以上にわたり、シャネルはメゾンダールや優れたファクトリーとの強固な関係を築くことでメティエダールの発展に尽力しています。これらのサヴォアフェールの価値を認識し、時代とともに進化させる必要性を理解したうえで、シャネルは’85 年にその発展と伝承を支援する取り組みを開始しました。’96 年にルマリエを統合することで、シャネルはアトリエに新たな視点を提供し、伝統を守りながらも革新を促進。次世代の職人を育成することができました。その結果、サヴォアフェールの継承と発展が保証されたのです。
そして2021年、le19Mの誕生と同時に、ルマリエのアトリエも建物内に移設されました。その芸術と呼ぶにふさわしいクリエイションは、シャネルだけでなく多くのオートクチュールメゾンの作品に傑出した美しさと独創性をもたらしています。
創造とサヴォアフェールの絶え間ない対話から生まれる革新的なクリエイション
クチュールの世界にインスピレーションを与える「ルマリエ」の比類なき職人技
卓越したサヴォアフェールを駆使して、シャネルをはじめパリのクチュール界にインスピレーションを与え続ける「ルマリエ」。そのクリエイションを統括するアーティスティック ディレクターのクリステル・コシェールさんに話を聞くことができました。
「ルマリエには、カメリアなどの花の細工、テキスタイル制作と縫製、羽根細工の、3つのアトリエが存在します。さらに、アトリエ ロニオンやディナールといった専門性の高いメゾンとの提携により、私たちは非常に多くのサヴォアフェールとノウハウを擁するに至りました。そうした技術の伝承は専門的な知識を通して受け継がれていくもので、ただ守るだけでなく、常に創造への好奇心と革新力をもたなければなりません」
シャネルのシンボルであるカメリアも、もちろん例外ではありません。
「新作のカメリアを生み出すとき、基本の形の再解釈から始めます。カメリアに独自性をもたらすのは、色、素材、花びらの数、加工の種類といったすべての要素にほかなりません。コレクションごとにつくられるカメリアにはメッセージが込められ、それが映し出されます」と語るコシェールさん。
彼女と職人たちにとって、コレクションは革新に挑む機会でもあります。クリエイションに関する話はさらに続きます。
「私には常に望むものがあり、その実現のために細かい指示を出します。花びらにエンボス加工をしたり、手で丸みをつけたり、プリーツや刺繡を施したり…。職人たちは専門的な指示を瞬時に理解することができ、それこそが私たちの歴史的財産ともいえます。私の役割は、職人たちの専門性と卓越した技術を使って創造し、新しいメッセージを未来に向けて伝えること。毎回、新たな何かを生み出すことを目ざしています」
一方、羽根細工においても高度なサヴォアフェールを誇るルマリエ。コシェールさんがその職人技について語ってくれました。
「ルマリエではダチョウ、ガチョウ、雄鶏、カモなどの羽根を主に使用し、それぞれに異なる加工を施します。たとえば、ガチョウの羽根はフリンジ状にしたり、プリントを施したり…。その技法は無限にあり、数種の羽根を組み合わせて、〝新しい鳥〟の羽根を創造することも可能なほど! 職人たちはナイフひとつで羽根の形状を自在に操ることができ、最近では軽やかな布地と羽根を組み合わせることも増えてきました」
そして、職人たちの作業環境はle19Mにアトリエを移して一変し、アーカイブも整備されつつあるといいます。
「le19Mの非常にモダンな建物が、未来へ向けたエネルギーを与えます。この場所ではほかのアトリエの職人たちとの交流を通して互いに刺激を受け、自然なかたちで共有が行われます。ここは私たちにとって、あらゆる意味で〝光〟を感じることのできる特別な場所だといえるでしょう」
le19Mの誕生とその情報発信によって、ルマリエにも新しい世代の職人が増えており、彼らの存在こそがフランスのメゾンダールにとっての希望でもあるのです。
Christelle Kocher
「ルマリエ」アーティスティック ディレクター