Craftsmanship

2025.07.07

日本×フランスの「折り畳める和包丁」誕生! 奇跡の老舗ブランドマリアージュ

フランスでは「ナイフ愛好家」という、ひとつのジャンルが存在するほど、刃物にこだわりを持つ人が少なくありません。実用性と見た目の美しさを兼ね備えたナイフは、単なる道具にとどまらず、コレクターを魅了する存在です。

包丁は「食」と「文化」を伝える道具

日本の刃物は「サムライの刀」のイメージとも相まって、フランス国内での関心が年々高まっており、日本旅行の目的のひとつに「和包丁を買うこと」を挙げる観光客もいるほどです。

南仏にある鮮魚店のヨハンさん

南フランス在住の戸塚敦子さんは、日本の高品質な日用品をフランスに紹介するコンセプトショップ「栞(Shiori)」を運営しながら、日本料理教室も主宰しています。料理を愛する彼女にとって、包丁は最も身近な日本製品であり、文化を伝える手段のひとつでした。
「料理教室で日本の包丁を使うと、生徒たちはその切れ味に驚き、興味を持ってくれるんです」と戸塚さんは話します。そんな日々の体験から生まれたのが、「日本の刃物の魅力を、もっと多くのフランス人に届けたい」という願いでした。

コンセプトショップ「栞(Shiori)」を主宰する戸塚敦子さん

折り畳める和包丁誕生のきっかけ

その思いを胸に、戸塚さんはフランスの老舗ナイフブランド「オピネル(Opinel)」に声をかけます。なんと彼女は、オピネル社の公式サイトの問い合わせ窓口に直接「こんなナイフ、実現できませんか?」と、折り畳める和包丁のアイデアを送ったのです。するとすぐに、好意的な返事が届きました。

折り畳める和包丁のスケッチ

もともとオピネル製品の特徴は折りたたみ機能にあり、キャンプなどアウトドアシーンで親しまれてきました。今回のコラボレーションでも、折りたたみ構造を活かしつつ、食材の調理に適した包丁としての性能を追求しています。
そこで、折りたたみ機能に対応するため、日本の伝統的な包丁にはない精密な寸法設計が求められました。刀身には、日本の包丁よりもやや厚みのある鋼材を使用し、安定感のある切れ味を実現しています。

オピネルの要望に応えられる工房を探すべく、戸塚さんは日本各地の刃物の産地を巡りますが、どこも難しい条件になかなか首を縦に振ってはくれませんでした。諦めかけた頃、青森県弘前市の二唐(にがら)刃物鍛造所にたどり着きます。創業350年、津軽打刃物の伝統を今に受け継ぐ工房です。通常の包丁づくりとは異なる工程が多いにも関わらず、チャレンジ精神を持ってこの話にのってくれました。戸塚さんは「二唐刃物鍛造所さんの柔軟で挑戦的な姿勢には感謝しかない」と語ります。

二唐刃物鍛造所の工房

そこから始まった異色のコラボレーションは、戸塚さんの構想から3年、遂に2025年3月に実を結びました。日本の和包丁の美しさと切れ味を、フランスの折りたたみナイフ文化に融合させた逸品が誕生したのです。

日仏異文化を繋げたナイフ

コラボナイフの刀身を手がけたのは、若き職人・清野雄輝さん。一人で2100本分の刀身を手作業で仕上げたというのは驚きですが、それは品質と精度を均一に保つための挑戦でもありました。
特注の厚みある鋼材を用い、折りたたんだときにぴたりと柄に収まるよう設計されたナイフ。波のような木目が美しいカーリーメイプルの柄と、槌目模様が浮かぶ和包丁のような刀身が融合したデザインは、フランスや北米、そして日本でも即完売となる人気を博しました。

二唐刃物鍛造所の職人、清野雄輝さん

引いて切る日本、押して切るフランス

この開発を通して戸塚さんは、日仏の包丁文化の違いにも改めて気づいたといいます。「日本の包丁は“引いて切る”、フランスは“押して切る”」。そういえば、以前フランス人の友人が「この日本の包丁は、引いて切るんだよ!」と興奮気味に話していたことを思い出しました。
また、フランスではまな板を使わず、手に持ったまま食材を切るスタイルも一般的。ランチ後のデザートに、丸ごとのリンゴと折りたたみナイフを取り出し、台を使わず空中で器用にくし切りにして食べているのを見かけます。煮込み料理が多いフランスでは、鍋の上でそのまま具材をカットする人もいて、まな板が必須ではないのです。

「贈る体験」としての日本文化

近年、フランスでは「体験を贈る」文化が定着しつつあり、戸塚さんの料理教室のギフトカードも、贈り物として利用されることが多いそうです。日本旅行で和食に魅了された家族が、家でもあの味を再現できるようにと、お父さんに料理教室体験をプレゼントすることも。男性がキッチンに立つことは珍しくなく、道具を揃えていく楽しみに刺激され、日本の包丁の魅力に引き込まれていくのでしょう。

戸塚さんが主催する日本料理教室での様子

日本の職人技を、日常に根付かせるという夢

「フランスから見た日本の魅力は、高品質で長く使えるものづくり」と戸塚さん。彼女が運営する、コンセプトショップ「栞」では、日常の道具に美しさを与えるという価値観「用の美」にこだわり、日本の職人による作品の中から、フランスの日常生活に馴染むものを選んでいます。
これまでも日本製品をフランスで紹介する人は多くいました。でも、戸塚さんのように和包丁というこだわりのある製品を選び、さらにフランスに根付いた老舗ブランドとのコラボレーションという形をとったことで、日本文化がより自然に受け入れられる道が開けたように感じます。
「次は、日本の刀身を使ったステーキナイフを作ってみたい」と、彼女は語ります。「切れ味の良いナイフでお肉をスッと切る所作は、きっとフランスの食卓でもエレガントに映えるはず」。その視線の先には、職人の手仕事が自然にフランスの日常に溶け込む、未来の風景があります。

オピネル ✕ 栞のコラボレーション商品パッケージ

基本情報

戸塚敦子さん運営「栞」:https://shiori.fr
二唐刃物鍛造所:https://nigara.jp
オピネル公式webサイト&E-Shop:https://opinel.jp/collection/shiori-no-10

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ウエマツチヱ

フランスで日本人の夫と共に企業デザイナーとして働きながら、パリ生まれだけど純日本人の2児を子育て中。 本当は日本にいるんじゃないかと疑われるぐらい、日本のワイドショーネタをつかむのが速いです。 日々の仏蘭西生活研究ネタはコチラ https://note.com/uemma
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