Craftsmanship

2026.06.05

稀少な日本産の漆を、自らの手で!漆の木を植える漆芸家・室瀬 祐さんに聞いてみた

金継ぎブームで注目される漆。しかし日本でうまれる漆の作品は、今、その原料のほとんどを海外産に頼っている。人間国宝(※)・室瀬和美(むろせ かずみ)さんを父にもち、自身も漆芸家として活動する室瀬 祐(むろせ たすく)さんは、作家活動とともに、漆の木を育てることを始めたという。漆の木を植えることの大切さを聞いてみた。

尚、聞き手はオフィスの給湯室を、国宝級の茶室に見立て抹茶をたてる「給湯流茶道きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。

※漆芸の技法である蒔絵(まきえ)の人間国宝

日本の漆工芸、9割以上は中国産の漆を使っている

給湯流茶道(以下、給湯流):漆芸の活動拠点を、東京から茨城県の奥久慈(おくくじ)に移されたそうですね。(※1)まず、奥久慈に移住されたきっかけから教えてください。

▲室瀬祐さんの作品

室瀬: 奥久慈は、日本の漆の二大産地のひとつです。明治時代には夏になるとたくさんの漆をとる職人(※2)たちが奥久慈にきていたと聞きます。

給湯流: 岩手県に漆の産地があると聞いたことがありますが、茨城県にも産地があったとは!

室瀬:大学院で漆の研究をしていた頃から何度も奥久慈に通っていました。生産に関わる人の雰囲気や空気の感じがとても好きだったので、移住を決めました。

▲室瀬さんが移住した古民家。家の前にある畑に、漆の苗を植えていった。

給湯流: 漆の作品をうみだす芸術家としての活動だけでなく、漆の木を育てようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

室瀬: じつは、日本で使われている漆の9割以上は中国産です。

給湯流: 9割以上!

室瀬: 日本の漆を使っている作家は本当に少ないと思います。そんな中で「日本産の漆って何なのだろう」「これからどうなっていくのだろう」と考え、自分たちで日本産の漆をつくってみたいと興味をもちました。

※1:2023年独立を機に漆芸の工房を奥久慈に移した。室瀬さんは生まれも育ちも東京。※2:正確には、漆掻き(うるしかき)職人という。

日本産の漆は乾きにくい。だからこそ生まれた日本にしかない蒔絵という技術

給湯流: 中国産と日本産の漆には、どんな違いがあるのでしょうか。

▲中国の漆作品。こちらは中国の伝統的な漆芸技法のひとつで、赤い漆を塗り重ねた層を彫って図柄を表わす。
牛童堆朱合子/明時代・15~16世紀/東京国立博物館/出典:ColBase

室瀬: 大きな違いは、乾き方です。(※3)中国産の漆は、比較的すぐ乾くものが多い。一方、日本産はゆっくり固まる特性があります。

給湯流: 乾きにくいことが、逆に価値になるのですね。

室瀬: 日本産の漆は、湿度をコントロールすれば固まる速度を調整することができる。この特性があったからこそ、日本にしかない蒔絵(まきえ)という技術が生まれました。漆で絵を描き、固まる前に金属の粉や色のついた粉を蒔きつけて、文様を表す技術です。

▲江戸時代の蒔絵/御所車蒔絵硯箱/17世紀/重要文化財/東京国立博物館/出典:ColBase

給湯流:蒔絵は日本オリジナルの技法でしたか。

室瀬:乾きのスピードを調整できる漆がなければ、蒔絵という文化は成立しなかったと思います。

※3:いわゆる乾燥ではなく、漆の場合は空気中の水分を使い化学反応で硬化する。

日本産の漆を使おうと国が方針を出したが、生産量が追い付かない

室瀬: 数年前、文化財修理には「日本産の漆を使おう」という方針を国が出しました。しかし、日本産の漆の量が、まったく足りていないのです。

▲漆掻きの様子

給湯流:漆は木が大きくならないと採れないですものね。時間がかかります。

室瀬: そうです。漆の木を掻いて、漆をとる職人さんを増やす取り組みは国の力で進んできましたが、そもそも漆の木がない。木を育てるには10年、20年単位の時間がかかる。木を育てる計画も一緒にたてないと日本産の漆は守れません。

漆の木を育てる前に、まずは草刈りが大切

給湯流: そこで、漆の木を育てるプロジェクトを始められたのですね。

▲草刈りの様子

室瀬: はい。奥久慈で長年、実践的な研究をしてきた地元の方に教わりながら、仲間と一緒に漆の木を育てています。でも、大変なのは木そのものだけじゃない。畑を管理する(※4)のも大変です。

給湯流: 畑、ですか。

室瀬: 常に草刈りをして風通しを良くし、健全に木が育つ環境を整える必要があります。奥久慈に来て驚いたのは、地元の人たちが、いつも草刈りの話をしていることでした。

給湯流: そんなに頻繁に?

室瀬: 「昨日どこそこの草を刈った」「そろそろあそこを刈らないとまずい」と地元の人たちはいつも話しています。草刈りをしなければ、すぐに雑草が伸びて、畑が荒れてしまう。野生の植物と人間が、常に隣り合わせにいる状態です。

給湯流: 草刈りは、終わりのない作業!

室瀬: とても大変です。でも、草を刈り続け、土を耕し続ければ、漆をはじめ、農作物など素晴らしいものを生み出せる。それが土のすごいところだと思います。手を入れるのをやめた瞬間、自然はすぐに人間の場所を取り返しにくる。でも、土の手入れを続けていれば、ちゃんと応えてくれます。

※4:漆は耕作放棄地を活用して植えられることが多いが、その畑を管理するのも大変だという。

漆の苗を三角形に植える知恵

給湯流: 苗の植え方にも、工夫があると聞きました。

室瀬: 漆は日光がとても大事なので、苗を正三角形に配置して植えています(※5)。そうすることで、互いに日を遮らず、効率よく育つ。これは、長年研究してきた地元の方の知恵です。

▲正三角形に漆の木が並んでいます。

給湯流:漆の収穫までには、かなり時間がかかりますよね。

室瀬:まず苗を植えてから10年かかります。しかも、漆を掻いて収穫できるのは1シーズンだけ(※6)。それが終われば、木を切り倒さなければなりません。

給湯流:せっかく10年かけて育てたのに、たった1シーズンだけで切り倒すのですか!

室瀬:その後、根から出てくる新しい木を、また7年ほどかけて育て直すというサイクルです。

※5:一般的に、3メートル間隔で漆の木を植えるとよいと考えられている。さらに奥久慈では1本でも多くの苗を効率よく植えるため、縦、横だけでなく斜めも3メートル間隔の正三角形を敷き詰めるように植える方法が実践されているそうだ。※6:現在主流の「殺し掻き」という手法の場合。

7年、10年……時間をかけて漆を掻き集めていく

給湯流: 10年か……。現代社会のスピードとは全く異なる時間軸ですね。

▲植えたばかりの漆の苗

室瀬: 例えばスギやヒノキなどの林業では、次の世代、数百年先を見据えて木を植えると聞きます。それに比べれば漆は早いかもしれませんが、ひとりの人間の寿命のなかで、木を育てて漆を収穫できる回数も限られています。しかも今の奥久慈で本格的に苗を生産している方は、ひとりしかいらっしゃいません。その方から育て方を教えてもらい、次の世代へ伝承もせねばと考えています。

自分が育てた木から漆がとれたら、祭りがしたい!

給湯流: これから7年、10年とたち、ご自身が育てた木から漆がとれたら、どんなことをしたいですか?

室瀬: 色々な人や環境に支えられてようやく採れる漆ですから、皆に感謝する「お祭り」をやってみたいですね。シンボルとなるようなものをつくって奉ったりしたいです(笑)。

給湯流:みなさんの想いがこもった漆。奉納したいお気持ちもわかります!

室瀬:自身の作品はもちろんですが、地元の人たちや、漆の活動を応援してくれる人たちが手に取って使える、お箸やお椀などの漆製品も作りたいですね。

給湯流:自分たちが育てた漆を、普段の生活の中でつかっていく。本当に豊かな文化ですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。

写真/クレジットのないものは全て本人提供

室瀬 祐

1985年、漆芸家・室瀬和美の次男として生まれる。慶應義塾大学環境情報学部卒業、鶴見大学大学院文学研究科文化財学専攻にて文化財学博士号取得。漆芸作品の制作と並行し、国内外における文化財の材料・技法研究および教育活動を行う。

写真/倉本あかり

2023年6月、国内有数の漆産地である茨城県奥久慈地方に移住し「工房 山のは」を構える。同時期に東京・中野の住宅地に文化交流拠点「なかの雲」を開設、以降二拠点を行き来しながら漆を「育てる(植栽)」「作る(作品制作)」「伝える(情報発信)」活動を展開。

公式サイト:https://tasukumurose.com/

漆の栽培について詳しく知りたい方は
公式note:https://note.com/urushi_yamanoha

室瀬 祐 漆芸展「山と雲を渡る」

会期:2026年6月27日(土)〜7月4日(土) 11:00〜19:00(最終日は17:00まで)
期間中は全日程作家在廊
会場:https://lei-aroma.com/store-hours/
所在地:〒151-0064 東京都渋谷区上原1-30-12 UEHARA TERRACE 1F
アクセス:小田急線・千代田線「代々木上原駅」南口より徒歩2分

茨城・奥久慈の山深くにある「工房 山のは」と東京・中野の街中にある文化交流拠点「なかの雲」。

2023年、独立を機に構えたふたつの拠点を行き来しながら漆を「育てる」「作る」「伝える」営みを重ねてきました。本展では、この3年間の歩みの中で生まれた新作を中心に発表いたします。

長い時間をかけて育まれる漆と、技を受け継いできた人々の記憶。それらに思いを寄せながら、現代における漆芸の役割を探る試みでもあります。

山と雲のあいだを渡るようにして生まれた作品を、どうぞご覧ください。

Share

給湯流茶道

きゅうとうりゅう・さどう。信長や秀吉が戦場で茶会をした歴史を再現!現代の戦場、オフィス給湯室で抹茶をたてる団体、2010年発足。道後温泉ストリップ劇場、ロンドンの弁護士事務所、廃線になる駅前で茶会をしたことも。サラリーマン視点で日本文化を再構築。現在は雅楽、狂言、詩吟などの公演も行っている。ぜひ遊びにきてください!
おすすめの記事

価格かデザインか?芸術か工芸か?日本の技の本質とは何か、漆芸職人集団のプロデューサーと語る!

金継ぎはガンプラと似ている? 金継ぎの世界的マスターを訪ねてみた。阿部顕嵐が語る「あらん限りの歴史愛」vol.28

連載 阿部顕嵐

85歳の現役蒔絵師 松田眞扶。飾らない現代の名工に聞いた人生訓が深かった

Dyson 尚子

戦国茶人もメロメロに! 破片をつなぐ「呼継ぎ」で生まれる新たな景色

小俣荘子

人気記事ランキング

最新号紹介

※和樂本誌ならびに和樂webに関するお問い合わせはこちら
※小学館が雑誌『和樂』およびWEBサイト『和樂web』にて運営しているInstagramの公式アカウントは「@warakumagazine」のみになります。
和樂webのロゴや名称、公式アカウントの投稿を無断使用しプレゼント企画などを行っている類似アカウントがございますが、弊社とは一切関係ないのでご注意ください。
類似アカウントから不審なDM(プレゼント当選告知)などを受け取った際は、記載されたURLにはアクセスせずDM自体を削除していただくようお願いいたします。
また被害防止のため、同アカウントのブロックをお願いいたします。

関連メディア