尚、聞き手はオフィスの給湯室を、国宝級の茶室に見立て抹茶をたてる「給湯流茶道きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。
※漆芸の技法である蒔絵(まきえ)の人間国宝
日本の漆工芸、9割以上は中国産の漆を使っている
給湯流茶道(以下、給湯流):漆芸の活動拠点を、東京から茨城県の奥久慈(おくくじ)に移されたそうですね。(※1)まず、奥久慈に移住されたきっかけから教えてください。

室瀬: 奥久慈は、日本の漆の二大産地のひとつです。明治時代には夏になるとたくさんの漆をとる職人(※2)たちが奥久慈にきていたと聞きます。
給湯流: 岩手県に漆の産地があると聞いたことがありますが、茨城県にも産地があったとは!
室瀬:大学院で漆の研究をしていた頃から何度も奥久慈に通っていました。生産に関わる人の雰囲気や空気の感じがとても好きだったので、移住を決めました。

給湯流: 漆の作品をうみだす芸術家としての活動だけでなく、漆の木を育てようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
室瀬: じつは、日本で使われている漆の9割以上は中国産です。
給湯流: 9割以上!
室瀬: 日本の漆を使っている作家は本当に少ないと思います。そんな中で「日本産の漆って何なのだろう」「これからどうなっていくのだろう」と考え、自分たちで日本産の漆をつくってみたいと興味をもちました。
日本産の漆は乾きにくい。だからこそ生まれた日本にしかない蒔絵という技術
給湯流: 中国産と日本産の漆には、どんな違いがあるのでしょうか。

牛童堆朱合子/明時代・15~16世紀/東京国立博物館/出典:ColBase
室瀬: 大きな違いは、乾き方です。(※3)中国産の漆は、比較的すぐ乾くものが多い。一方、日本産はゆっくり固まる特性があります。
給湯流: 乾きにくいことが、逆に価値になるのですね。
室瀬: 日本産の漆は、湿度をコントロールすれば固まる速度を調整することができる。この特性があったからこそ、日本にしかない蒔絵(まきえ)という技術が生まれました。漆で絵を描き、固まる前に金属の粉や色のついた粉を蒔きつけて、文様を表す技術です。

給湯流:蒔絵は日本オリジナルの技法でしたか。
室瀬:乾きのスピードを調整できる漆がなければ、蒔絵という文化は成立しなかったと思います。
日本産の漆を使おうと国が方針を出したが、生産量が追い付かない
室瀬: 数年前、文化財修理には「日本産の漆を使おう」という方針を国が出しました。しかし、日本産の漆の量が、まったく足りていないのです。

給湯流:漆は木が大きくならないと採れないですものね。時間がかかります。
室瀬: そうです。漆の木を掻いて、漆をとる職人さんを増やす取り組みは国の力で進んできましたが、そもそも漆の木がない。木を育てるには10年、20年単位の時間がかかる。木を育てる計画も一緒にたてないと日本産の漆は守れません。
漆の木を育てる前に、まずは草刈りが大切
給湯流: そこで、漆の木を育てるプロジェクトを始められたのですね。

室瀬: はい。奥久慈で長年、実践的な研究をしてきた地元の方に教わりながら、仲間と一緒に漆の木を育てています。でも、大変なのは木そのものだけじゃない。畑を管理する(※4)のも大変です。
給湯流: 畑、ですか。
室瀬: 常に草刈りをして風通しを良くし、健全に木が育つ環境を整える必要があります。奥久慈に来て驚いたのは、地元の人たちが、いつも草刈りの話をしていることでした。
給湯流: そんなに頻繁に?
室瀬: 「昨日どこそこの草を刈った」「そろそろあそこを刈らないとまずい」と地元の人たちはいつも話しています。草刈りをしなければ、すぐに雑草が伸びて、畑が荒れてしまう。野生の植物と人間が、常に隣り合わせにいる状態です。
給湯流: 草刈りは、終わりのない作業!
室瀬: とても大変です。でも、草を刈り続け、土を耕し続ければ、漆をはじめ、農作物など素晴らしいものを生み出せる。それが土のすごいところだと思います。手を入れるのをやめた瞬間、自然はすぐに人間の場所を取り返しにくる。でも、土の手入れを続けていれば、ちゃんと応えてくれます。
漆の苗を三角形に植える知恵
給湯流: 苗の植え方にも、工夫があると聞きました。
室瀬: 漆は日光がとても大事なので、苗を正三角形に配置して植えています(※5)。そうすることで、互いに日を遮らず、効率よく育つ。これは、長年研究してきた地元の方の知恵です。

給湯流:漆の収穫までには、かなり時間がかかりますよね。
室瀬:まず苗を植えてから10年かかります。しかも、漆を掻いて収穫できるのは1シーズンだけ(※6)。それが終われば、木を切り倒さなければなりません。
給湯流:せっかく10年かけて育てたのに、たった1シーズンだけで切り倒すのですか!
室瀬:その後、根から出てくる新しい木を、また7年ほどかけて育て直すというサイクルです。
7年、10年……時間をかけて漆を掻き集めていく
給湯流: 10年か……。現代社会のスピードとは全く異なる時間軸ですね。

室瀬: 例えばスギやヒノキなどの林業では、次の世代、数百年先を見据えて木を植えると聞きます。それに比べれば漆は早いかもしれませんが、ひとりの人間の寿命のなかで、木を育てて漆を収穫できる回数も限られています。しかも今の奥久慈で本格的に苗を生産している方は、ひとりしかいらっしゃいません。その方から育て方を教えてもらい、次の世代へ伝承もせねばと考えています。
自分が育てた木から漆がとれたら、祭りがしたい!
給湯流: これから7年、10年とたち、ご自身が育てた木から漆がとれたら、どんなことをしたいですか?

室瀬: 色々な人や環境に支えられてようやく採れる漆ですから、皆に感謝する「お祭り」をやってみたいですね。シンボルとなるようなものをつくって奉ったりしたいです(笑)。
給湯流:みなさんの想いがこもった漆。奉納したいお気持ちもわかります!
室瀬:自身の作品はもちろんですが、地元の人たちや、漆の活動を応援してくれる人たちが手に取って使える、お箸やお椀などの漆製品も作りたいですね。
給湯流:自分たちが育てた漆を、普段の生活の中でつかっていく。本当に豊かな文化ですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。
室瀬 祐
1985年、漆芸家・室瀬和美の次男として生まれる。慶應義塾大学環境情報学部卒業、鶴見大学大学院文学研究科文化財学専攻にて文化財学博士号取得。漆芸作品の制作と並行し、国内外における文化財の材料・技法研究および教育活動を行う。

2023年6月、国内有数の漆産地である茨城県奥久慈地方に移住し「工房 山のは」を構える。同時期に東京・中野の住宅地に文化交流拠点「なかの雲」を開設、以降二拠点を行き来しながら漆を「育てる(植栽)」「作る(作品制作)」「伝える(情報発信)」活動を展開。
公式サイト:https://tasukumurose.com/
漆の栽培について詳しく知りたい方は
公式note:https://note.com/urushi_yamanoha
室瀬 祐 漆芸展「山と雲を渡る」
会期:2026年6月27日(土)〜7月4日(土) 11:00〜19:00(最終日は17:00まで)
期間中は全日程作家在廊
会場:https://lei-aroma.com/store-hours/
所在地:〒151-0064 東京都渋谷区上原1-30-12 UEHARA TERRACE 1F
アクセス:小田急線・千代田線「代々木上原駅」南口より徒歩2分

茨城・奥久慈の山深くにある「工房 山のは」と東京・中野の街中にある文化交流拠点「なかの雲」。
2023年、独立を機に構えたふたつの拠点を行き来しながら漆を「育てる」「作る」「伝える」営みを重ねてきました。本展では、この3年間の歩みの中で生まれた新作を中心に発表いたします。
長い時間をかけて育まれる漆と、技を受け継いできた人々の記憶。それらに思いを寄せながら、現代における漆芸の役割を探る試みでもあります。
山と雲のあいだを渡るようにして生まれた作品を、どうぞご覧ください。

