ところで、みなさんは『踊り下駄』をご存知でしょうか?私はこの名前を聞くだけでなんだかわくわくしてきます。これは岐阜県郡上(ぐじょう)市で行われている郡上おどりの必須アイテム。今、この下駄がおしゃれで履きやすいと若い世代からも人気を集めています。伝統を受け継ぎながら、次世代にも愛される『踊り下駄』を求めて、郷愁漂う郡上八幡を訪ねました。
江戸時代から続く「郡上おどり」を大切にする郷土愛
400年以上の歴史をもつ「郡上おどり」のルーツは、「江戸時代の初期、郡上八幡城主だった遠藤慶隆(えんどうよしたか)が、領民たちの融和を図るため、各所で行われていた踊りを集め、城下のお盆の祭りとして奨励した」と伝わっています。
現代では、徳島県の「阿波踊り」、秋田県の「西馬音内盆踊り」と並ぶ、日本三大盆踊りのひとつと言われ、30夜以上続く「日本一長い盆踊り」としても有名です。中でも8月13日から16日までの4日間にわたる「徹夜おどり」には、全国から約16万人もの観光客が訪れるほどの人気。
山間の小さな町には、郡上おどりの提灯が飾られ、各町内の縁日に合わせ、日替わりで舞台が作られます。まさに町全体が大きな会場であり、住人も観光客も一体となって踊る夏の風物詩となっています。

ひのきに囲まれた郡上八幡の特産品を目指す
夜8時になると懐かしい民謡と共に「カーン、カーン」と踊りを盛り上げる軽快な音が町中に響きます。『踊り下駄』は、郡上おどりを愛する人々にとって、生活の一部として大切に受け継がれてきた伝統工芸品。履きやすさはもちろん、丈夫であること、壊れにくいこと、歯の高さが高いことが特徴です。また、二枚歯と台の部分をひとつの木材から削り出して作り上げる一体型で、高度な木工技術が求められます。

この『踊り下駄』で、地産地消を目指しているのが『郡上木履(ぐじょうもくり)』の諸橋有斗(もろはしゆうと)さんです。建築関係の専門学校でインテリアデザインを学び、施工管理会社に就職した諸橋さんですが、現場で職人さんたちの仕事を見るにつけ、自分も木材を使ったものづくりに関わりたいと思うようになったのだとか。

「木材についてきちんと学びたいと考え、岐阜県美濃市にある森林アカデミーに2年間通うことにしました。入学と同時に岐阜県に引っ越し、地元の林業や木材製造について学ぶうちに、『踊り下駄』が郡上市で作られていないことを知ったんです。郡上市は90パーセントが森林面積という木々に囲まれた場所。その豊かな森林資源を活用できていないのは、すごく残念だと思い、郡上産のヒノキを使って、『踊り下駄』を復活させるため、下駄職人を目指しました」。

学生時代に100足の『踊り下駄』を制作、販売
郡上では、数十年以上、下駄の台の部分の製造を大分県日田市に発注し、出来上がった台に鼻緒をつける最終段階のみを行っていたそうです。そのため、諸橋さんは下駄づくりを習うのではなく、履物店や郡上おどりを踊る町の人々のところに自ら出向き、リサーチを重ねていきました。

そして、いろいろな意見を聞く中で、まずは100足の下駄を作り、郡上おどりの期間に販売するという目標を立てたのです。
「もともと木工が好きだったので、何度も試作を重ねていきました。鼻緒の付け方に関しては、老舗である杉本履物店のおかみさんが丁寧に教えてくださったんです」と諸橋さん。
郡上産の『踊り下駄』を復活させたいという諸橋さんの熱い想いに共感してくれた町の人々が、店先での販売も請け負ってくれたそうです。また、下駄の土台づくりは、彼と同じように郡上に移住し、郡上割り箸の会社を立ち上げていた先輩の工房の一部を借りられることに。こうした周りの協力があって、見事100足を制作し、完売した諸橋さん。これが自信となって、卒業後に『踊り下駄』の会社を立ち上げることになります。

郡上の人の温かさを求めて、若い世代がやってくる
最初の3年は、前出の郡上割り箸会社の一部門としてスタートしたそうです。販売店舗は県外からUターンした人が始めたカフェの半分を借り、実績を積んで、独立に至りました。郡上には、諸橋さんたちのようにこの町の自然と緩やかな暮らしが気に入り、移住する若者が増えているのだとか。過疎化が進む地方の田舎で、少しずつ移住者が増えていくのは町にとっても嬉しいこと。若い世代の観光客も増え、取材当日もたくさんの方が、『踊り下駄』を購入していくのを目の当たりにしました。
「これも郡上おどりのおかげだと思います。昔から外の人々を受け入れて、開催してきたお祭りなので、大らかに人を受け入れる土壌があるんです」と諸橋さん。
現在の素敵な店舗も、地元の不動産会社が町の中心に近い築100年以上の古民家を紹介してくれたのだとか。お店の中に流れる緩やかなムードに浸っていると、時間を忘れ、のんびりしてしまうのも温かい人々のなせる技かもしれません。

シンプルに見える下駄に二十以上の工程も
店内のお客様が一段落したところで、工房へと案内してもらいました。広々とした工房は、もともと木工の下請け仕事をしていた会社の工場だったそうです。オーナーが高齢で、買い手が見つかれば会社を閉じようとしていたところを紹介してもらったのだとか。
「製材所から購入した木材をカンナで削る機械から、下駄の鼻緒の穴を開ける機械や角を削る機械など、全部で12台あります。2割ほどは以前の会社が使っていた機械を譲り受けました。工程としては20工程ぐらいあるんです」と諸橋さん。それをひとりで全部行うのは相当の労力ですが、ものづくりが好きな諸橋さんは、ここでの作業が楽しいと語ってくれます。
昔は当たり前にあった木と共に暮らす生活
町のあちこちに川が流れ、その向こうには山並みが続く、自然あふれる町・郡上八幡。しかし、一方では、林業の担い手不足もあり、人の手が入らないことで山が荒れていき、災害などの危険性も増えています。そんな状況を日々感じているという諸橋さんはこうも語ってくれます。
「郡上市にある92,398haの森林のうち、人工林は49,696haもあるんです。自分たちが植えて、育てたものを活用できないのはすごく残念だなと。今は山から木を切り出す職人さんもいなくなり、製材所もどんどん減っています。僕が作る下駄に使う木は、建築などに比べたら微々たる量ですが、それでも川下を支えるために、ここで『踊り下駄』を作り続けていきたいと思っているんです」。
かつて私たちの生活は、木によって支えられていました。しかし、今では住宅から小さな生活品に至るまで、外国産や工業製品に囲まれているのが実情です。私たちが暮らしの中で木の存在を意識することは、美しい日本の風景を守ることにもつながっているのだと感じました。
郡上市は『名水百選』にも選ばれた水の町でもあります。詳しくはコチラ
クイズ!『名水百選』第一号はどこ?ヒントは踊りで有名なあの町!

家族も応援し、郡上下駄の素晴らしさを伝える
店内で、諸橋さん同様、お客様が選んだ鼻緒を手早くすげている年配の男性がいたのですが、なんと諸橋さんのお父様でした。

明るい声で接客をするのはお母様。諸橋さんが岐阜に移住し、店舗をスタートすると、最初はお母様が手伝いに来てくれるようになり、数年後には、定年を迎えたお父様も手伝うようになったのだとか。今では、名古屋と郡上の二拠点生活をされています。
「夏場の繁忙期は、県外からもたくさんのお客様が来てくださるんです。『また、来たよ』と毎年顔を出してくれる方や、浴衣を新調するごとに、ここの下駄を合わせて購入してくださる方、そういった方々とお話しするのも楽しくて。この歳で新しい仕事に就けるのも幸せですよね(笑)」と明るい笑顔で応えてくれました。この日も愛媛からやってきたお客様との話に花が咲いていました。踊りを通じて、人の輪が広がっているのです。

3人目のお子さんを出産した諸橋さんの奥様(現在育休中)は、お店で接客するだけでなく、郡上おどりの免許状ももっているそう。郡上おどりの曲目は全部で10種類あり、それぞれの曲目を上手に踊る方に「郡上おどり保存会」から免許状が交付されるのです。この免許状が欲しくて、毎年、郡上おどりに参加する観光客もいるほど。

今回、『踊り下駄』を取材し、実際に履いてみて感じたことは、足がべたつかないということ。汗を木が吸収してくれているからか、サラッとしているのです。鼻緒が足の指の付け根を軽く刺激してくれるのも心地よく、この猛暑の夏には最適な履物だと感じました。鼻緒が切れたら、また新しい鼻緒をすげてもらい、使い続けられる下駄。まさにサステナブルな履物といえます。郡上おどりと『踊り下駄』に触れ、この魅力に引き込まれる人々の気持ちが分かった気がします。ぜひ、この夏、郡上八幡を訪れてみてはいかがでしょうか。

郡上木履
場所:岐阜県郡上市八幡町橋本町908番地1-1
営業期間:4月~9月 (10月~3月は休業ですが予約制にて対応可)
営業時間:11:00~17:00(踊り開催日は延長)
定休日:水曜日(踊り開催日は営業)
アクセス:長良川鉄道をご利用の場合 郡上八幡駅下車、徒歩15分
岐阜バスをご利用の場合 高速八幡線、八幡日吉町下車、徒歩5分
濃飛バスをご利用の場合 郡上八幡インター下車、徒歩25分(タクシーをご利用ください)
公式ホームページ
郡上おどり
2026年7月11日(土)~9月5日(土) 開催日程は下記、公式ホームページでご確認ください。

