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2020.10.20

菅田将暉も演じた!井伊直政は、徳川家康も惚れるほどの美貌のイケメンだった?

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CMや映画で引っ張りだこの人気俳優、菅田将暉。深夜ラジオのパーソナリティーや歌手としても活躍と、マルチな才能はとどまることを知りません。そんなきら星のようなスター菅田将暉は、2017年に大河ドラマ『女城主 直虎』で井伊直政(いいなおまさ)を演じて話題に。美男子だったと言われる直政を、端正なルックスと奥深い演技で表現して世の女性たちをうっとりとさせました。

井伊直政とは?

直政は徳川四天王の1人に数えられ、徳川家康を支えた家臣として知られています。しかし元々は、今川家に臣従する遠江(現、静岡県西部)井伊谷(いいのや)の領主・井伊家の嫡男として誕生しました。直政2歳の時に、不幸なことに父の直親(なおちか)は謀反の疑いをかけられて殺されてしまいます。後ろ盾を失った直政は、身を守るために出家するなど不遇の時代を過ごします。井伊家は、女性の直虎が領主として人々を束ねていました。養母として面倒をみていた直虎は、直政を徳川家の家臣になるよう仕向けます。その後、家康に小姓として取り立てられたことで明るい展望を見いだしていくのです。

徳川家康もぞっこんの美貌!

井伊家復興を託された直政は、徳川家で活躍していきます。小姓となった翌年の天正4(1576)年、家康と武田勝頼(たけだかつより)が戦った『芝原の戦い』が初陣となりました。勇敢に敵陣を突き進んで活躍し、家康の寝所(しんじょ)に忍び込んだ間者(かんじゃ)も直政が自ら討ち取ったと言います。

さっそうとした勇敢な若武者姿がイメージできますね。家康が直政に信頼をおくようになるのが、よくわかります。また直政は優れた能力と共に、所作や姿形が、人の目をひくような美しさだったそうです。男色の趣味のなかった家康がぞっこんになるほどで、いつでも会えるようにと、屋敷の庭の近くに直政の家を建てる熱の入れようでした。

秀吉の母のハートもつかんじゃった~

イケメン・直政は、意外な人物のハートも射ぬいていました。それは、豊臣秀吉の母の大政所です。織田信長の死後、天下人への道を突き進む秀吉は、家康に臣従して上洛するよう声をかけます。しかし家康が動こうとしないので、策をこうじます。上洛した時の安全を保証する人質として、大政所を送り込んできたのです。その接待役の1人が直政でした。

他の接待役は住まいの周辺にしばやまきを積み重ね、いつでも火をつけられるぞと大政所を脅すような態度だったそうです。しかし、直政は菓子を持参して度々訪れては、人質ではなく主君の賓客として大切にもてなしました。感激した大政所は直政にメロメロとなり、人質の役目を終えて大坂へ帰るときには、護衛として直政を指名したそうです。

心もイケメン! これは、「惚れてまうやろ~」ですね! 寺にかくまわれるなど辛い経験をした直政は、相手の立場に立った行動が自然とできる人だったのでしょうね。

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アイキャッチ:国立国会図書館

書いた人

幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。十五代目片岡仁左衛門ラブ。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。