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2020.12.24

美しい弁財天さまにひとめぼれ。江の島誕生のきっかけは甘くて切ない龍の恋?

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東京の都心部から電車で約1時間。
神奈川県の湘南海岸に小さな島が浮かんでいる。江の島だ。

『相州江ノ嶋岩屋之図』(1832)や『冨士三十六景相模七里ケ濱』(1853)など、江の島マニアな歌川広重の浮世絵でもおなじみの湘南を代表するこの観光地は、東京2020オリンピックのセーリング競技会場でもある。

江の島といえば、言わずと知れたデートスポットだが、恋人たちがこの場所に惹かれるのは美味しいグルメとショッピングだけが理由ではないかもしれない。

古くから龍神信仰の地として栄えてきた江の島には、弁財天さまと五頭龍(ごずりゅう)の恋物語が残されているのだ。
ロマンチックな古い伝説に想像をふくらませながら、物語が残された土地を訪れてみた。

江の島誕生秘話

『六十余州名所図会 相模 江之島岩屋ノ口 大日本六十余州名勝図会』(国立国会図書館デジタルコレクションより)

これは鎌倉の深沢村に、まだ大きな湖があったころの話。

ひとつの体に5つの頭をもつ気性の荒い龍がこの地に住みつき、村人たちを困らせていた。この五頭龍、どういうわけか人間の子どもが大好物で、村を襲っては子どもをひと飲みにしてしまう。
龍を恐れた村人たちは、家の戸を閉めて子どもたちを外へ出さないようにした。それに怒り狂った龍は、鋭い爪で山を崩し、大きな体をくねらせて洪水を起こし、さらには5つの頭から火を吐きだして作物を焼き尽くしてしまったという。

このままでは村人が死に絶えてしまう。
村人たちは、心を痛めながらも子どもを生贄に差し出し、人びとはこの地を「子死越(こしごえ)」と呼び、恐れていたという。

そんなある日のこと。
近くの海岸で波が高まり、海鳴りがしたかと思うと海水が吹きあがり島が現れた。これが、江の島だ。やがて童女を従えた天女が楽の音に乗り、島へ降り立った。弁財天である。

龍が恋した弁天さま

弁財天の突然の登場に驚いたのは村人だけではなかった。荒れ狂っていた龍もまた、その麗しいお姿にすっかり心を奪われた。

この麗しい天女をなんとしても自分の妻に迎えたいと龍はさっそくアプローチをはじめる。できたばかりの江の島を訪れて気持ちを伝える荒くれ者の五頭龍。なんともいじらしいではないか。しかし、いつの時代も恋とはそう簡単に成就しないものである。

「お前みたいに罪のない子どもを喰い、村人を苦しめ、田畑を荒らすような悪業をつくすものと、どうして私が一緒になれましょう」

と弁財天さまが言ったのかどうか知らないが、龍の求婚は断られてしまう。しかし龍は恋した相手に咎められたことで、初めて己の悪業に気づいたのだ。

弁財天さまにふられるも心を入れ替えた龍は、その後、村人たちのために尽くしたとか、弁財天さまと夫婦の契りを結ぶも自ら身を引いて山に化身したとも伝えられている。

真偽のほどは定かではないが、どうやら、恋には龍の心さえ変えてしまう力があるらしい。

日本人と龍

ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

鋭い爪のついた足をもち、鱗でおおわれた蛇のような胴体で天空を自由に飛翔する「龍」は日本人にも馴染み深い存在だろう。

ヨーロッパの神話や物語で活躍する想像上の生き物「ドラゴン」は、悪の化身として英雄たちに退治されてしまうこともあるが、龍は古代中国では神獣とみなされてきた。

平安時代末期に成立した日本最大の説話集『今昔物語集』には龍と人にまつわる話がいくつも登場する。
梵天に背いて人のために雨を降らして殺されるも寺に葬られた龍の話。閉じこめられた龍が僧侶に助けられる話などなど、ここに描かれる龍たちの活躍を見る限り、どうやら悪事を働かない龍もいるようだ。

ファンタジーの世界に登場する龍やドラゴンが海や川、洞窟などを棲み家にしている様子を本や映画で見たことがあるかもしれない。水辺に棲み、水と関係づけられることのある龍は、その強力な力のためか大地に恵みの雨を降らす能力があると考えられていた。

いつの時代も、水はあらゆる生き物にとってなくてはならない資源だ。中国の古典『春秋左氏伝』に「龍は水物なり」という記述が残されているように、海や川の支配者として水を自在に操る龍は人びとの信仰心とも結びついている。

龍を祭る神社は日本各地にある。世界各地に龍にまつわる神話や伝説、物語が数多く残されているのはこうした理由からだろう。

江の島は水の神様の住む地

『芳年武者无類 遠江守北条時政』(国立国会図書館デジタルコレクションより)

弁財天さまと龍。
一見すると、あまり関わりのなさそうな二人だけれど、じつは共通点もある。

江の島内には、辺津宮(へつのみや)、中津宮(なかつのみや)、奥津宮(おくつのみや)の3つの宮がある。これらを総称して「江島神社」と呼んでいる。ご祭神は、天照大神(あまてらすおおみかみ)が須佐之男命(すさのおのみこと)と誓約された時に生まれた三姉妹の女神さまだ。
江島大神と称されるこの三女神は、古くは江島明神(えのしまみょうじん)と呼ばれてきたもので、時代を経て江島弁財天として信仰されるようになった。

幸福を招き、芸道上達の功徳を持つ神としても仰がれている弁財天は、縁結びと恋愛成就の神様でもある。さらに彼女は、海(水)の神でもある。

『太平記』によると、北条時政が子孫繁栄を願うために江の島の御窟(現在の岩屋)に参籠すると、弁財天が現れたとある。弁財天は時政の願いを叶えることを約束すると大蛇となって海に消え、あとには3枚の鱗が残されたとか。時政はこれを家紋にしたと伝えられている。

海の神であり、縁結びの神でもある弁財天と龍の恋伝説が伝わるこの地には「龍恋の鐘」をはじめ恋する二人にご利益のありそうなスポットがいくつもある。
そしておもしろいことに、縁結びをご利益とする神社にはなぜか水神神社が多いのだ。

この恋はハッピーエンドなのだろうか?


江の島誕生のきっかけにもなった、弁財天さまと龍の恋物語。
気になるのが、二人の恋の結末だ。

龍の甘くて切ない恋心。
弁財天さまを想う龍の恋心はその後、どうなったのだろうか?

江の島観光に訪れるおおくの人達の目的地はおそらく、江島神社だろう。二人の恋をたどるのなら、ぜひもう一ヶ所足を伸ばしてもらいたい場所がある。龍口明神社だ。
閑静な住宅街の中に建つこの広くて美しい神社は江の島の対岸にある。ここには、あの荒くれ者の五頭龍が祀られている。

人の足では江の島からすこし距離があるけれど、天空を自在に行き来することのできる龍ならきっと、一瞬で飛んで会いに行ける距離だろう。たとえ一緒にいられなくても、恋する相手がいつでも見える距離にいるのだから、龍もきっと喜んでいるにちがいない。

江島神社で出会ったタヌキ

江の島を訪れても弁財天さまや龍には会えないが、境内に迷いこんだタヌキには会えるかもしれない。ちなみに、島そのものは解放的な空間なので、イチャイチャするなら夜がおすすめだ。

書いた人

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。

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大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。