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2022.02.26

平安パワフルおじいちゃんと武勇伝溢れる息子たち!康すおん演じる佐々木秀義と佐々木4兄弟【鎌倉殿の13人】

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令和4(2022)年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』予習シリーズ人物編! 今回は佐々木秀義(ささき ひでよし)殿とその4人の息子たち~!!

佐々木氏は近江国(現・滋賀県)の有力武士だ! 奈良時代の宇多天皇の流れを汲んだ宇多源氏で、秀義殿は頼朝様の叔母を妻にしている。

平安時代の「ひでよし」様!

なんで坂東にいたの?

秀義殿は頼朝様の父・義朝(よしとも)様と一緒に保元(ほうげん)の乱(1156年)・平治(へいじ)の乱(1160年)を戦った猛者だ。しかし平治の乱で負けた後、息子たちと一緒に京都に近い近江国から東国へと逃げた。

最初は、奥州の藤原秀衡(ふじわらの ひでひら)殿に嫁いだ伯母の縁を頼って平泉へと向かってたんだが、その途中相模国の渋谷(現・神奈川県綾瀬市・藤沢市・大和市)の渋谷重国(しぶや しげくに)殿に引き止められて、居候することとなったんだ。ちなみに佐々木秀義殿の息子といえば4人の兄弟が有名だが、渋谷にいるときに5男の義清(よしきよ)殿が産まれている。

奥州平泉といえば、源義経のエピソードでも有名ですね。東北の地に築かれた黄金郷!奥州藤原氏はなぜ滅亡したのか?3分で解説

そして治承4(1180)年に頼朝様の挙兵に、息子たちと頼朝様の元へ馳せ参じたのは、ドラマでも描かれた通りだ。

個性豊かな4兄弟

さて、ここで秀義殿の息子たちを、軽~く紹介しよう。

佐々木定綱

まずは嫡男・定綱(さだつな)殿。ドラマでは描かれなかったが、佐々木家の代表としてよく頼朝様の元にやってきていた。康治元(1142)年生まれで、挙兵時は38歳だ。源平合戦では大活躍して、その名を轟かせた。

定綱殿の息子、広綱(ひろつな)殿はオレの同僚だ!! ただ定綱殿たち兄弟は仲良さそうだったけど……広綱殿の兄弟はあまり仲良くはなさそうだったなぁ……。うん。

佐々木経高

次男・経高(つねたか)殿。オレが晩年世話になった人でもある。オレが知っているのは結構なじいさんになった経高殿だけど、豪快なじいさんだったよ。あんまり語るとネタバレになりそうだから、このくらいにしておくよ。

佐々木盛綱

「佐々木憎けりゃ笹まで憎い!! 佐々木憎けりゃ笹まで憎い!!」でお馴染み(?)、『まんが日本昔ばなし』のトラウマ回の1つとして名高い「笹無山」を知っているだろうか。

源平合戦の時、鎌倉の武士に渡れる浅瀬を教えた漁師の青年が、「平家にも教えられたら困る」という理由で切り殺された。青年の老母は悲しみと憎しみのあまり、山に生えていた笹を全部引っこ抜いてしまったという話だ。その無念のあまり、後世までその山には笹は生えなくなったそうだ。

能の『藤戸』はこのエピソードを題材にしています。戦国武将の前田利家や大谷吉継などもこの演目を観た記録があり、豊臣秀次は主役を演じたこともあるのだそう。

その青年を切り殺してしまった武士が盛綱(もりつな)殿。現在の岡山県の藤戸に伝わる民話だ。

その後さすがに盛綱殿もやりすぎたと反省して、青年を手厚く供養している。源平合戦の後は藤戸の領主となって、領民にも慕われる名領主と伝わっている。笹無山もいまではすっかり笹が生い茂っているので、おばぁの無念も晴れたのかのう。

佐々木高綱

『平家物語』の『宇治川先陣』でお馴染み、高綱(たかつな)殿! 詳細は和樂webの過去記事を参照してくれ!
鎌倉時代の名馬デッドヒート!『平家物語』の宇治川の先陣争いを3分で解説!

佐々木秀義役、康すおん殿たちについて

第4話でものっすごいインパクトを残したな!! すごいヨボヨボしてたけど、実はまだまだ戦場じゃ現役のじいさんなんだよ。これからもちょくちょく見せ場があるかもな!

それから凛々しい佐々木四兄弟! 定綱殿が木全隆浩殿。経高殿が江澤大樹殿。盛綱殿が増田和也殿で、高綱殿が見寺剛殿か。うむ。覚えておこう!

佐々木は鎌倉幕府にとっても重要な一族だから、今後の活躍にも期待したいな!

アイキャッチ画像:『佐々木盛綱備前国藤戸ノ渡リニ平軍ヲ襲ハント漁人ニ水之深浅ヲ問フ図』 (シカゴ美術館

▼ガイドブックもチェック
NHK2022年大河ドラマ「鎌倉殿の13人」THE BOOK (TVガイドMOOK)

「鎌倉殿の13人」13人って誰のこと? 人物一覧

「鎌倉殿」とは鎌倉幕府将軍のこと。「鎌倉殿の十三人」は、鎌倉幕府の二代将軍・源頼家を支えた十三人の御家人の物語です。和樂webによる各人物の解説記事はこちら!

1. 伊豆の若武者「北条義時」(小栗旬)
2. 義時の父「北条時政」(坂東彌十郎)
3. 御家人筆頭「梶原景時」(中村獅童)
4. 頼朝の側近「比企能員」(佐藤二朗)
5. 頼朝の従者「安達盛長」(野添義弘)
6. 鎌倉幕府 軍事長官「和田義盛」(横田栄司)
7. 鎌倉幕府 行政長官「大江広元」(栗原英雄)
8. 鎌倉幕府 司法長官「三善康信」(小林隆)
9. 三浦党の惣領「三浦義澄」(佐藤B作)
10. 朝廷・坂東の事情通「中原親能」(川島潤哉)
11. 頼朝の親戚「二階堂行政」(野仲イサオ)
12. 文武両道「足立遠元」(大野泰広)
13. 下野国の名門武士「八田知家」(市原隼人)

書いた人

承久の乱の時宮方で戦った鎌倉御家人・西面武士。妻は鎌倉一の美女。 いわゆる「歴史上人物なりきりbot」。 当事者目線の鎌倉初期をTwitterで語ったり、話題のゲームをしたり、マンガを読んだり、ご当地グルメに舌鼓を打ったり。 草葉の陰から現代文化を満喫中。

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人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。