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2022.04.09

どうする頼朝!『鎌倉殿の13人』の原作『吾妻鏡』挙兵前夜までを解説!

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令和4(2022)年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』をもっと楽しむために『吾妻鏡(あずまかがみ)』を読んでみよう! 今回は頼朝様の挙兵前夜まで!!

そもそも『吾妻鏡』ってなに? も解説されている前回記事はこちら。公文書なのにヨイショだらけ!?『鎌倉殿の13人』の原作『吾妻鏡』冒頭を解説!

治承4(1180)年4月、以仁王(もちひとおう)の令旨(りょうじ=皇太子の命令書)が源行家(みなもとの ゆきいえ)殿によって、源頼朝様の元に到着。それでどうするかを北条時政(ほうじょう ときまさ)と話し合った。

頼朝様の元に集まる情報

治承4(1180)年5月10日

下河辺行平(しもこうべ ゆきひら)は、頼朝様へ使いを送り、源頼政(みなもとの よりまさ)が挙兵の準備をしたことを知らせてきた。

この下河辺行平殿はドラマには出てきてないが、結構重要な御家人だ。現在の埼玉県~千葉県にまたがる広大な荘園「下河辺荘」の主。頼朝様の乳母の夫である小山(おやま)氏の庶流だったが、源頼政殿の支援を受けて独立していた。

『前賢故実 巻第8』下河辺行平 出展:国立国会図書館デジタルコレクション

ちなみにこの下河辺荘は前回チラっと出て来た八条院の所領の1つ。だから以仁王や頼政殿の情報がすぐ手に入ったんだろうな。令旨からちょっと遅れているのは、多分、下河辺殿が遅いんじゃなくて、源行家殿がメッチャスピーディーだったんだと思う。

その後は、京都での戦の様子が書かれているが、ここはちょっと割愛して……。6月!

治承4(1180)年6月19日。

三善康信(みよし やすのぶ)の使者が、北条に到着した。頼朝様は静かな場所で対面した。

使者が言うには、「5月26日に以仁王が亡くなりました。かの令旨を受け取った源氏たちは、みんな追討すると命令が下されました。頼朝様は源氏の正統な血筋なので、特に危険です。はやく奥州の方に逃げた方が良いと思います」とのこと。

この三善康信の母は、頼朝様の乳母の妹である。その縁で源氏の味方をしているのだ。山を越えて川を渡り、月に3度使者を寄こし、京都内の様子を詳細に伝えていた。そして今回は源氏追討の命令は、ことさら重大な事なので、三善康信の弟・康清(やすきよ)を仮病を使わせて仕事を休ませ、使者にしたのだった。

めちゃめちゃピンチ!どうする頼朝!

三善殿が頼朝様に定期的に情報を流していたのは、ドラマでも書かれていたな。6月22日には頼朝様がこれに返事したことも『吾妻鏡』に書かれている。

そしてさらに代々源氏に仕えている家臣たちにも手紙を書いて、6月24日、安達盛長(あだち もりなが)殿に託した。もちろん、三浦にもやってきたよ!  たしか24日の夕方に船でやってきて、すぐに他の家に行ったって聞いてる。

三浦義澄と東胤頼

治承4(1180)年6月27日

三浦義澄(みうら よしずみ)と東胤頼(とう たねより=千葉常胤の6男)たちが、北条にやってきた。

大番役で京都にいて、先月の中頃に任期を終えて帰る準備をしていたところ、以仁王の挙兵により都の警備をするために大番役を延期されてしまい、今帰っている途中である。

2人は「この数カ月、頼朝様はさぞ恐ろしさや愚痴が溜まっているでしょう? それを晴らしたいと思い参りました」と言い、頼朝様と何やら話していた。どんな話かは誰も聞いていない。

大番役っていうのは、東国武士が京都に行って警備の仕事に就くことだ。任期は3年~5年。しかもこれって……現代じゃ考えられないかもしれないけど、交通費・滞在費どころか給料でさえ一切ない。なぜなら徴兵が税金扱いだったから。

そして父上(三浦義澄)たちがやっと任期が終わるっていう直前にサービス残業確定。この悲しみは現代のサラリーマンの比じゃないのもわかってもらえるだろうか。愚痴りたかったのは頼朝様じゃなくて父上たちだったのかもな。

ちなみに、この大番役は鎌倉幕府成立後は、頼朝様と朝廷の交渉の結果、任期が数カ月に短縮したんだ。だから東国武士が頼朝様に感謝しているのもわかるだろ?

3~5年だった徴兵(無給)を数カ月に短縮したら、そりゃ感謝されますよね。

さて、頼朝様の元に朝廷や平家のゴタゴタや、それに対する東国武士の不満が集まった。「東国武士は不満よな。頼朝、動きます!」ということで、いよいよ挙兵の準備を進めることに! ってなわけで次回に続く!

「鎌倉殿の13人」13人って誰のこと? 人物一覧

「鎌倉殿」とは鎌倉幕府将軍のこと。「鎌倉殿の十三人」は、鎌倉幕府の二代将軍・源頼家を支えた十三人の御家人の物語です。和樂webによる各人物の解説記事はこちら!

1. 伊豆の若武者「北条義時」(小栗旬)
2. 義時の父「北条時政」(坂東彌十郎)
3. 御家人筆頭「梶原景時」(中村獅童)
4. 頼朝の側近「比企能員」(佐藤二朗)
5. 頼朝の従者「安達盛長」(野添義弘)
6. 鎌倉幕府 軍事長官「和田義盛」(横田栄司)
7. 鎌倉幕府 行政長官「大江広元」(栗原英雄)
8. 鎌倉幕府 司法長官「三善康信」(小林隆)
9. 三浦党の惣領「三浦義澄」(佐藤B作)
10. 朝廷・坂東の事情通「中原親能」(川島潤哉)
11. 頼朝の親戚「二階堂行政」(野仲イサオ)
12. 文武両道「足立遠元」(大野泰広)
13. 下野国の名門武士「八田知家」(市原隼人)

イラストなどもあり、わかりやすいです!

眠れないほどおもしろい吾妻鏡―――北条氏が脚色した鎌倉幕府の「公式レポート」 (王様文庫)

書いた人

承久の乱の時宮方で戦った鎌倉御家人・西面武士。妻は鎌倉一の美女。 いわゆる「歴史上人物なりきりbot」。 当事者目線の鎌倉初期をTwitterで語ったり、話題のゲームをしたり、マンガを読んだり、ご当地グルメに舌鼓を打ったり。 草葉の陰から現代文化を満喫中。

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人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。