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2023.01.13

骨壷を茶道具にリメイク!?信長の弟・織田有楽の茶道が自由すぎる!

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茶道といえば、どんなイメージをお持ちだろうか。今の茶道は、おびただしい数のルールを守ることが重要。右足から入り、着物は無地で家紋付きを作り、など決まり事を覚えるのが大変だ(すべての茶会がそうとは限らないが……。)

しかし戦国時代の茶の湯は、全く違う世界観! お宝からガラクタまでいろいろなもので自由に茶会をした。千利休が新しいデザインの茶道具をバンバン作ったのは有名だ。それに加え、なんと、土砂崩れで出土したらしき骨壺(!)も茶室に持ち込んだそう。そんな驚きの様子が伺える、信長の弟で茶人だった織田有楽(おだ・うらく)のエピソードを愛知県陶磁美術館学芸員・大西遼さんに聞いてみた。

尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく

人骨が入った骨壺とは気づかず、出土品を茶道具にした戦国時代!?

給湯流茶道(以下、給湯流):織田有楽が茶道具にした、おもしろいものがあると聞きましたが?

大西遼さん(以下、大西):おそらく地中に埋められていた平安時代の骨壺を、有楽が※水指(みずさし)にアレンジして、京都のお寺にプレゼントした記録が残っています。

灰釉四足壺(かいゆう しそくこ)/平安時代(9~10世紀)/愛知県陶磁美術館/有楽が京都の慈照院に贈った水指と同じジャンルのやきもの。ちなみに有楽が水指にした骨壺、実物は2023年1月15日まで愛知県陶磁美術館で公開中です!

給湯流:ぎょええ、骨壺を茶道具に! 有楽にはオカルト気質があったんですか!?

大西:違います(笑)

給湯流:え……?

大西:有楽は、茶道具を寺に贈るときに「こうらいもの」と書き添えています。高麗、つまり朝鮮からきた舶来品を水指にしたよ、というわけです。

給湯流:有楽は骨壺とは思ってなかったのですね。

大西:当時、土砂崩れや川の氾濫などで、地中に埋められていた謎のやきものが出土したのでしょう。珍しいものを泥から掘り起こした農民などが綺麗に洗って、茶人に見せたのではないでしょうか。「有楽殿、川からこんなものがでてきました。いったい何でしょう?」と。

給湯流:もし有楽が骨壺だと知ったら「ひいい! 気色悪い。下がれ、下がれ!」とか言っていたのでしょうか。

大西:その可能性はありますね(笑)

※水指(みずさし):茶碗を洗う水、釜に追加する水などを入れておく茶道具

骨壺を茶道具にしてみたらエキセントリックじゃね? みたいなノリでやったわけじゃなかったのね笑

謎のアンティークもリメイクして茶室に持ち込んだ戦国時代。自由な茶道で盛り上がった!

大西:有楽がお寺へ贈ったやきもののデザインは後の研究で、朝鮮ではなく中国がルーツだとわかりました。唐の時代に作られた壺で、手の平サイズ。化粧品などの容器だったようです。日本に伝来すると国内でもコピーが作成されました。中国陶磁への憧れがあったのでしょう。コピーされていく中で日本で巨大化しました。用途が変わって僧侶の骨壺となり、地中に埋められていたようです。

青磁四足壺(せいじ しそくこ)/唐時代(9世紀)/愛知県陶磁美術館(小川徳男氏寄贈)/有楽が京都の慈照院に贈った水指の元ネタ。小さな手のひらサイズ。

給湯流:有楽は間違えて朝鮮産だって言ってしまったんですね。本当は国産の骨壺だった!

大西:有楽は間違えて当然です。現代は機械をつかった分析やたくさんの論文のおかげで、昔のやきものが何時代のどこ産かわかる。でも戦国時代は、そこまで細かいことはわかりません。むしろ、デザインの元ネタが外国にあることを自身の目で判断できた有楽の審美眼をたたえたいですね。

給湯流:なるほど。戦国時代は謎のアンティークが出土すると、どんどん茶道具にリメイクしたのですね。自由だ!

大西:室町時代は、足利将軍らが中国から輸入した一級品を茶会でつかいました。しかし、戦国時代に入ると「侘び茶」が流行したのです。中国のきちんとした道具よりも、ちょっと歪んでいて、やわらかい感覚がある朝鮮産のやきものや、国産の古道具などが「侘び」の感覚にあっていた。

給湯流:なるほど。だから有楽も、「流行している朝鮮産の壺が見つかったよ!プレゼントしちゃうぜ!」と、ノリノリだったわけですね。

わびさびってよく聞くけど、一体なに? というかたはこちらの記事で。わびさびとは何か?日本人ならではの美意識をわかりやすく解説

いろいろな流行が蓄積されて楽しまれる茶道は、まるでJPOPだ

大西:有楽と同時代、千利休は古代の須恵器を茶道具に見立てて使った記録もあります。一方、めずらしいものは何でも使う戦国時代の茶道は、ハイカラだったともいえますね。江戸時代にはオランダと貿易をして輸入したオランダ焼まで茶会で使われていたのです。

給湯流:楽しそう! しきたり重視の、今の茶道とはノリが違いますねえ。

須恵器 高杯/古墳時代(6世紀)/愛知県陶磁美術館(辻清明コレクション)/利休の遺愛品とされる古墳時代の須恵器に近いもの。利休は香炉としてつかったらしい。

大西:一瞬で終わった流行も捨てられずに蓄積されてきたのも、茶道の面白い点だと思います。戦国武将で茶人だった古田織部(ふるたおりべ)がプロデュースしたとされ、「織部」と称される美濃焼の一群は、桃山時代に爆発的に流行りました。しかし古田織部が切腹させられると、しだいにブームが去っていきました。でも、たった十数年しか作られなかった「織部」は、今も人気があるでしょう。並行して、利休が好んだ茶道具や、江戸時代にできたやきものも今に伝えられています。

給湯流:なるほど。茶道ってJPOPに近いのかもしれないですね。流行のサイクルが短く、ヒットチャートをにぎわせる音楽はあっという間に変わっていく。でも捨てられたりせず、蓄積されますよね。今だと、Z世代のバンドが1970年代、80年代のシティ・ポップのエッセンスを取り入れたりしています。そうかあ、茶道はJPOPみたいに新旧いろいろミックスして自由に楽しむエンタメだったのか! 目からうろこです。面白いお話ありがとうございました。

茶道とJPOPなんて、対極にあるものだと思っていました……!

織田有楽が水指にした骨壺、ホンモノが愛知県陶磁美術館で公開中!

ちなみに、織田有楽が水指にした四足壺(慈照院蔵)は、特別展「平安のやきものーその姿、うつろいゆく」(愛知県陶磁美術館で2023年1月15日まで開催)で公開中です。お寺のお宝が一般公開されるレアなチャンス! みなさんぜひお出かけください。

「日本文化POP&ROCK」出版記念トークショーのお知らせ(リアル/オンライン参加どちらも募集中)

2月22日、和楽web編集部が書いた「日本文化POP&ROCK」出版記念トークショーを新宿歌舞伎町に戦前から残る(!)能舞台で行います。元編集長セバスチャン高木氏と給湯流茶道による日本文化トークのほか、ドラマ「いいね!光源氏くん」サントラにも参加した雅楽奏者・音無史哉によるミニライブ、給湯流茶道のミニ茶会付きです。会場となる能舞台もとても面白い建物! ぜひご参加ください。

詳細はこちら
「日本文化POP&ROCK」出版記念トークショー

「日本文化POP&ROCK」出版記念トークショー(雅楽ミニライブ、ミニ茶会付き)
日時:2023年2月22日夜7時開演
場所:新宿歌舞伎町能舞台
金額:2222円(前売り)/1234円(オンライン配信・1か月視聴可能)
予約:WEBにて受付 「日本文化POP&ROCK」出版記念トークショー
主催:給湯流茶道

現地には行けないという方にも、トークをオンライン配信で聞けるコースもご用意しました。開催後1か月視聴可能です。

愛知県陶磁美術館

今話題のジブリパークから一駅のところにある美術館。筆者も最近初めて訪問したのですが、東京ドーム何個分!?という巨大な敷地内で、ありとあらゆる陶磁器が1000円以内で見られる最高の美術館です!

常設展は、国内外の古代の土器から、愛知県に古くからある窯のやきもの、茶道具の名品、現代作家の作品までたくさん展示。国内屈指の展示量だそうです。みなさんぜひご来訪ください! 広い会場でゆったりみられる特別展も魅力的です。

愛知県陶磁美術館公式WEBページ

書いた人

きゅうとうりゅう・さどう。信長や秀吉が戦場で茶会をした歴史を再現!現代の戦場、オフィス給湯室で抹茶をたてる団体、2010年発足。道後温泉ストリップ劇場、ロンドンの弁護士事務所、廃線になる駅前で茶会をしたことも。サラリーマン視点で日本文化を再構築。現在は雅楽、狂言、詩吟などの公演も行っている。ぜひ遊びにきてください!

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人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。