Culture

2024.02.21

『光る君へ』から広がる能の楽しみ方。若手実力派能楽師・大槻裕一さんに聞いてみた

大河ドラマ史上初めて、平安中期の京都を舞台に展開する『光る君へ』。平安絵巻の世界観が表現された建物や衣裳にうっとりしている視聴者も多いようです。主人公のまひろ(紫式部)は『源氏物語』の執筆者となる訳ですが、実は能に源氏物語をモチーフにした作品があるのをご存知でしょうか? 『光る君へ』を入り口に、優美な能の世界に触れることができたら、楽しそうです! そこで令和5年度咲くやこの花賞※1を受賞された能楽師シテ方観世流の大槻裕一さんに、お話を聞きました。
【※1:大阪市が、将来の大阪文化の担い手として期待される人物・団体を顕彰するために1983年に創設。能楽界ではシテ方(主役を演じる役者)は初受賞。】

ドラマに登場する「散楽(さんがく)」は能のルーツ?

吉高由里子演じる紫式部と、柄本佑(えもとたすく)演じる藤原道長が通って見ている散楽が気になっている人は多いのではないでしょうか。座員の1人である直秀(毎熊克哉)はミステリアスな存在ですが、2人の関係に深く関わる役割となっています。

なんと、この散楽は能のルーツなのだとか。「中国から伝わった曲芸や歌舞、ものまねなどの芸をまとめたものが、雑多な芸として散楽と呼ばれたようです」。ドラマの中では素朴な楽器も使われているので、これが後のお囃子に変化していったのかもしれません。

『樂人の図』国立国会図書館デジタル

「現代でもよく見られる、ものまねなど滑稽な内容や、手を使った技などを披露する隠し芸的な意味合いが大きかったようですね。やがて歌舞の要素が強い芸と、ストーリーのある寸劇が合わさったものに変化していきました」。なるほど、滑稽だったり風刺的だったりする狂言と、お囃子が合わさった歌舞の劇形態の能にバージョンアップしていった訳ですね。能の間に狂言が演じられる上演スタイルも、ルーツを知ると腑に落ちます。

雅な世界が広がる『住吉詣』と見どころの多い『葵上』

散楽はその後「猿楽(さるがく)」となり、室町時代に現れた観阿弥(かんあみ)・世阿弥(ぜあみ)親子によって、後の能は大成します。現在では時代を超えて残ってきた約200数十曲が、「現行曲」として主に演じられているそうです。「流派によっても違うのですが、観世流では現行曲の中で源氏物語を題材にした作品が9曲あります」。9曲の中から、初心者が楽しめそうな演目を教えていただきました。

「『住吉詣(すみよしもうで)』は、内容も難しくないですし、登場人物が多いので、平安時代の世界観が体感出来ると思いますよ」。舞台上に光源氏や藤原惟光(ふじわらのこれみつ)や武官が勢揃いする場面は圧巻で、華麗な物語の世界へ入り込めそうです。また光源氏を愛する明石の君が、せっかく再会するも身分が違うために、離ればなれとなる切なさも描かれています。

須磨から帰京し内大臣に昇進した光源氏は、お礼参りのために惟光以下を従えて住吉神社へ向う。参詣を終えた一行が酒宴をしていると、配流の時に契った明石の君が知らずに舟で住吉詣に現れる。恥じらって会おうとしない明石の君に気づいた光源氏が声を掛け、杯を重ねて舞を舞う。やがて宴は終わり、2人は名残を惜しみながら別れていく。

私が初めて観劇した時に驚いたのが『葵上』。タイトルになっている光源氏の正妻・葵上本人は登場せずに、後見が舞台の上に小袖を置いて表現する演出方法でした。「葵上が病でふせっているのを表しているのですが、能だから成立するスタイルだと思いますね」

この作品も、初心者でも楽しめるのではと裕一さん。「葵上に取りついた物の怪が六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)だと正体を明かし、枕元へ行ってクドキ※2をつぶやきますが、やがて限界に達して懲らしめようとします。後妻打(うわなりうち)と呼びますが、お囃子や地謡も合わさって見どころのある場面だと思います」。この後、法力を持つ修験者との激しい戦いの後に、六条御息所の怨霊は祈り伏せられます。生きながらにして怨霊になる恐ろしさと、光源氏の愛人になったが故に、嫉妬に苦しむ高貴な女性の哀しさも感じる演目ですね。

大槻裕一
※2:能の中で嘆き悲しんだり、苦しみ悩んだりする心情を表現する謡。

藤原道長が付けている謎の黒い飾りは?

私は『光る君へ』を視聴していて、ずっと気になっていることがあります。道長が警護の任務についている時につけている、顔の左右を覆う飾りのようなもの。これは一体、なんなのでしょう? 扇形に広がった形が柄本佑に似合っていて、何ともいえない魅力を醸し出しています。

『佐竹本三十六歌仙絵 壬生忠峯』ColBase

裕一さんにお聞きすると、「これは緌(おいかけ)という名前で、馬の尻尾の毛で作られています。武官が装着していたので、敵の攻撃から目を守るなどの目的があったのかもしれませんね」

能では『住吉詣』など、緌をつけた人物が登場する演目があるので、要チェックですね! また葛帯(かずらおび)※3など多彩な装飾品があるので、扮装の細かい所に注目するのも能を楽しむポイントの1つといえそうです。

※3:女性役が髪の上から抑えるように締める帯。結び目のところを除き、金・銀箔を置き、刺繍がほどこされている。

別世界を体験できるのが能の魅力

能が上演される能楽堂は独特の舞台構造をしているので、その場所に入るだけでも、特別感が味わえます。「今の時代になぜ能を楽しむのかというと、非現実的な世界を味わうことで、癒されるからではないでしょうか。一度に全てわからなくても、回数を重ねると能は理解が深まりますし、面白く感じると思いますよ」。日頃の仕事や様々なことを忘れて楽しんで欲しいと裕一さんは話します。

散楽から始まり、能として洗練された芸能になった歴史を考えれば、見る側の私たちも、一足飛びに理解できなくても良いのかもと、勇気がわいてきます。時の権力者やトップレベルの知識人が愛でてきた能を、現代人が生の舞台で見られるという奇跡。これを体験しないのは、ちょっともったいないかもしれません。装束からでも、歴史上の気になる登場人物からでも、自分なりの入り口を見つけて楽しむのも良さそうです。

空蝉の思いを描く『碁』と、光源氏のモデルが舞う『融』

裕一さんが出演する「大槻文藏裕一の会 東京公演」で披露する能2曲は、どちらも源氏物語に関連しています。「『碁』は現行曲ではなく、観世流では上演されていなかったのですが、文藏先生が復活させた復曲能です」。源氏物語の「帚木(ははきぎ)」と「空蝉(うつせみ)」の巻に登場する空蝉と継娘(ままむすめ)の軒端の荻(のきばのおぎ)が、亡霊となって碁を打つ姿が見どころです。

光源氏の気まぐれな恋愛に翻弄された2人の女性は、切ない思いが解消されないが故に亡霊となってしまったのでしょうか。紫式部自身を投影したとも言われている空蝉のやるせない心情も、感じられそうです。

左から大槻文藏 大槻裕一

もう1曲の『融』は、光源氏のモデルとされている源融(みなもとのとおる)を描いた作品です。「嵯峨天皇の子どもでありながら天皇にはなれなかったところが、源氏物語と共通していますね」

都へ上がってきた旅僧が桶を担いだ老人と出会います。源融の屋敷跡で、かつての栄光とさびれた現状を語り聞かせると、老人はこつぜんと消えてしまいます。後半、僧の前に現れたのは老人ではなく、源融の亡霊でした。名月の下、優雅に舞を舞い続けます。

「能には小書(こがき)と呼ばれる特殊演出があるのですが、今回『思立之出(おもいたちので)』を取り入れています。開演時にお囃子や地謡はすでに舞台上にいて、ワキ方の僧が謡を謡いながら登場します。これは『思い立つ』の言葉から来ていて、いきなりスタートするので注目して欲しいですね」。通常の能では、囃子方と地謡が現れて、それぞれの位置に座る様子も観客は見守ります。この時間を省略しているので、すぐに物語へと入り込める訳ですね。

大槻文藏

もう1つの小書は『舞返之伝(まいかえしのでん)』。後半に源融の霊が昔を思い出して華麗に舞いますが、舞を繰り返すという意味なのだそう。「平安時代からの『興に乗じる』の言葉通りに、ますます調子づくさまを表現しています。舞を5段舞った後に、楽しくなってしまってもう3段舞う。そんな高揚感がお囃子とともに感じられると思います」。源氏物語に繋がる能の世界に浸って、日常をしばし忘れるのも良いかもしれませんね。

公演情報

大槻文藏裕一の会 東京公演
開催日:2024年3月2日(土)
時間:13時開演(12時半開場)
会場:二十五世観世左近記念 観世会館
   (東京メトロ銀座線・丸ノ内線・日比谷線「銀座駅」A3出口徒歩約2分
入場料:SS席12000円 S席10000円 A席8000円 (学生5000円)

復曲能「碁」大槻文藏 他
狂言「伊文字」野村万作 他
能「融」大槻裕一 他

■チケット取り扱い:観世ネット https://kanze.net/
※学生券は電話申込のみ(観世能楽堂 03-6274-6579)

大槻文藏裕一の会 大阪公演
開催日:2024年6月1日(土)
時間:14時開演(13時半開場)
会場:大槻能楽堂
   (大阪メトロ谷町線・中央線「谷町四丁目」10番出口徒歩約5分)
入場料:S席9900円 A席7700円 B席6600円

対談「伝承と継承」大槻文藏 野村萬斎
能「養老」大槻裕一 他
狂言「蝸牛」野村萬斎 他
能「葵上」大槻文藏 他

■チケット取り扱い:大槻能楽堂ウェブサイト:https://noh-kyogen.com/ticket/
         
■公演のお問い合わせ:株式会社OFFICE OHTSUKI (06-6809-4168)

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瓦谷登貴子

幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。
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