自然とスタンディングオベーションをしていた
さて、前回の続きとなります。
今まで観劇してきた舞台の中でも特に印象に強く残り、感動を覚えたバレエの公演がありました。それが上野の文化会館で行われたオペラ座バレエ団による『マノン』です。
歌舞伎の場合、江戸(東京)や上方(京都・大阪)でも作風や芝居の運び方、謂わゆる型というものに違いがあるように、バレエの世界においても様々なバレエ団があり、それぞれ空気感から身体の使い方まで特徴が違います。中でもオペラ座バレエ団がもつ空気感のようなものに、惹かれる何かがありました。言葉にできる理由として、フランスのパリは幼少期から何度か足を運んでおり海外の中でも1番渡航回数が多い都市です。その影響もあり、オペラ座という劇場や芸術の街パリは僕にとって憧れの場所となっていました。いつしかパリを起源としたバレエ団の表現への興味や関心も人一倍強くなっていたのです。
『マノン』の幕が開くまでの時間、僕は観客として席にいながらも、緊張感や興奮で心拍数が上がったことを覚えています。そして幕が開いた瞬間から、劇場内の空気、厳密にはそれらを構成する原子や分子の色が一変しました。特別な見せ場が最初からあったわけではなく、ただ幕が開いただけなのに空気に飲まれ身体の細胞という細胞が興奮に包まれ、その舞台を観劇できていること、この場にいられることに感動を覚えました。そして、そこからの時間はあっという間に過ぎ去り、気がつけばカーテンコール。体が自然とスタンディングオベーションをしていました。
ここまでの文章を読んでいただいても、一体僕が何に感動し何が僕をスタンディングオベーションさせたのかをご理解いただくのは難しいと思います。僕自身、感動しすぎたせいかあの状況を言葉に表わすことを難しく感じます。しかし、これまでに僕が「言葉にすることが難しいほどの感動」を覚えた身体表現には一つの共通点があります。それは、演者が劇場空間を支配していた、ということです。
体から溢れるエネルギーを見るものにぶつける
バレエでも歌舞伎でも、空間を支配する力は「激しければ強い」「アグレッシブだから凄い」といったものではありません。指先の動きひとつ、それだけで空気を動かして波を作り、劇場に響き渡らせることができる力。残酷ではありますが努力というものの壁を超えた境地。努力した先に何を思い誰に向け、意識をどこにもっていくか。当のご本人は無自覚だと思いますが、演者自身の心情(モチベーション)や潜在意識なるものの絶妙なバランスで発揮されるように思われます。
現時点で、僕がその美しさを目の当たりにできたと感じる日本人バレエダンサーは、熊川哲也さん、そしてKバレエのプリンシパルである飯島望未さんです。
お二人は性別も違えば体格も違う、踊り方も違う。しかしたった一つの身体と心から、唯一無二の興奮や悦びを僕に与えました。生身の人間がその指先から足先から胸から太ももから溢れる生気に溢れたエネルギーを見るものにぶつける。この行為こそが、まさしく身体表現であるにちがいないと僕は思いました。
この考えは、バレエに限らず様々な身体表現で言えることことではないでしょうか。それは何故か。生身の身体を持ち生きている人間だからできる、生きているからこその強みだからです。
今回は歌舞伎を軸にバレエというものを見た僕自身の感覚を拙いながらに文章に纏めてみました。 書けば書くほどもっと伝えたい気持ちが溢れてきます。ただ文章では表現しきれない領域もあります。まだバレエに触れて日は浅いですが、これから更に様々な舞台を拝見し色々な感情や記憶を心に刻んでいきたいです。
そしてまたそこで学ばせていただいたことを僕は僕らしく僕自身のフィールドからいろんな表現を通して 皆様に共有させていただければ幸いです。
片岡千之助さん出演情報
NHK大河ドラマ「光る君へ」
敦康親王(あつやすしんのう)役
総合 日曜 午後8時00分 / 再放送 翌週土曜 午後1時05分 他
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