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討ち入りから47年後に初演された『仮名手本忠臣蔵』
——2024年11月に国立文楽劇場で『仮名手本忠臣蔵』が上演されます。この作品は、大坂竹本座※1が初演だそうですね。
竹本織太夫(以下織太夫):はい、寛延元(1748)年に初演されました。これは赤穂事件が起きて、討ち入りからちょうど47年後になります※2。
——事件からすぐに上演できなかっただけなのかと思っていました。
織太夫:もちろん、そのまま描くことはできないので『太平記(たいへいき)』※3の南北朝時代に置き換えていますし、登場人物の名前も変えています。そうしないと、当時の幕府から上演禁止が言い渡されてしまうので。
——47年に合わせたのでしょうか?
織太夫:おそらくそうでしょうね。床本を見ると、47という数字にこだわっていることがわかります。今回私が語らせていただく六段目には、金という字が赤穂浪士の人数と同じ47個出てくるのですよ。「金は女房を売った金」とか、よくできた作品だと思いますね。
豊竹咲甫太夫時代に語った平右衛門を再び
——織太夫さんは七段目の寺岡平右衛門を語られますが、以前にも語られたことがあるそうですね。
織太夫:襲名前の豊竹咲甫太夫時代に、亡き師匠が大星由良助で、私は平右衛門に抜擢していただきました。今回で2回目になりますが、師匠との思い出がありますので、感慨深いですね。平右衛門は足軽の身分ですが、敵討(かたきうち)に加わりたいと願っている人物です。太夫なら一度は語ってみたいと思う役の1つだと思いますね。
『仮名手本忠臣蔵』は、このような物語です。
大序(だいじょ)から十一段目まである大作。殿中松の廊下で、高師直(こうのもろなお・史実の吉良上野介)を塩谷判官(えんやはんがん・史実の浅野内匠頭)は斬ってしまう。あまりの無礼に我慢ができなかったためだが、とどめは刺せなかった。判官は、大星由良助(史実の大石内蔵助)に、敵討を託す。
塩谷家に仕えていたおかると勘平は、一大事に密会していたことから2人して駆け落ちをする。不始末を詫びて敵討に加わりたい勘平と、その思いを叶えたいおかる。ここから物語は思いもかけない方向へ動く。その後、夫となった勘平のためにおかるは祇園の遊女となる。そこには、毎日派手に遊ぶ由良助もいた。ある日、おかるの兄の平右衛門が現れて、おかるに衝撃の事実を伝える。次第に敵味方が入り乱れる虚実の駆け引きが始まり……。
1人だけ下手側で語る演出の訳
——七段目で平右衛門が登場する時に、下手側で語ります。これは、どうしてなのでしょうか?
織太夫:通常、太夫は上手(舞台向って右)の床で語りますが、平右衛門だけは下手(舞台向って左)で、見台も床本も無い状態で語ります。これは、ちょうど150年前の明治7(1874)年4月道頓堀竹田芝居で、初代豊竹呂太夫が平右衛門を語った時に始まったのです。呂太夫は「はらはら屋」という薬屋の次男で、素人浄瑠璃出身だったことから、他の太夫たちが同じ床で語りたくないと言い出して……。まあ、嫌がらせをした訳ですね。ところが観客にはこの演出がうけて、呂太夫の平右衛門も大当たりになりました。それ以来、この形が続いています。
——結果としては、見せ場となった訳ですね。でも1人だけ下手で、見台も床本も無い状態で。確か人形の平右衛門と同じ柄の衣裳なんですよね、何だか歌舞伎役者さんみたいですね。
織太夫:呂太夫はこの竹田芝居で『弁慶上使(べんけいじょうし)』を語り、呂篤(ろとく)改初代呂太夫としてデビューしたのですよ。この『仮名手本忠臣蔵』では、二代目織太夫は七段目で亭主に配役されていて、「ソーレ火を灯せ! 仲居ども」と語りましたが、綱太夫(六代目)風として現在も語り継がれています。
織太夫:最初に下手側から登場する時は「ヤレ聊爾(りょうじ)なされまするな!憚(はばかり)ながら平右衛門め!それへ参って……。」と舞台袖で立ったまま語っているのですが、このように重心を落として、両手を壁で押し出すようにして声を出しているんですよ。
平右衛門の衣裳は特別なもの
——平右衛門の衣裳にも特徴があるそうですが……。
織太夫:太夫の裃(かみしも)には、その家の紋をつけるのですが、この平右衛門だけは、平という紋になっています。舞台上の人形と同じ衣裳なのですよ。また菖蒲型(しょうぶがた)と呼ばれる生地を使っていますが、これは勝負の文様として、江戸時代に足軽などの袴地に用いられたものです。平右衞門は足軽なので、裃に取り入れられています。実際観劇にこられたお客様は気づかれると思いますが、舞台座布団も菖蒲型柄、履いている足袋も菖蒲型です。また前半で出演している時は深緑地の菖蒲型の裃ですが、後半に上手側で出演する時は濃茶色の菖蒲型の裃に濃茶色の足袋に着替えます。
——座布団も専用のものなのですか?
織太夫:はい! 前回は八代目の師匠さんの座布団で舞台を勤めましたが、今回は九代目のお師匠さんの座布団で勤めたいと思っています。ちなみ代々の師匠方から綱太夫家は、平右衛門を勤める時は尺の煤竹(すすたけ・燻した竹)の白扇(はくせん)に有松絞りの手拭いを持って勤めるんです。
次世代へと受け継いでいく演目
——忠臣蔵の通し狂言というのは、やはり特別なのでしょうか?
織太夫:今回は大序から七段目までなので、正式には通しとは言えないかもしれませんが。10年おきにやっておかないといけない演目だと思います。そうしないと、芸の継承が途絶えてしまいますので。私の太夫人生の中で、今後もあるのでしょうけれど、伝承していかなければいけないものですね。今後勤めなくてはならない演目、伝承しなくてはならない演目がたくさんございます。『仮名手本忠臣蔵』は、私達にとっても、お客様にとりましても10年に1度は是非とも体験していただきたい、特別な公演でございます。
インタビュー・文/瓦谷登貴子
撮影/篠原宏明
竹本織太夫さん公演情報
令和6年度(第79回)文化庁芸術祭主催公演
国立文楽劇場四十周年記念
11月文楽公演 『仮名手本忠臣蔵』第2部に出演
※第1部は『仮名手本忠臣蔵』大序~四段目
※第2部は『靫猿(うつぼざる)』『仮名手本忠臣蔵』五段目~七段目
■期間:2024年11月2日(土)~2024年11月24日(日)
※休演日 12日(火)
■開演時間:第1部 午前11時開演(午後3時20分終演予定)
第2部 午後4時開演(午後8時30分終演予定)
■観劇料 1等8000円(学生5600円) 2等6000円(学生4200円)
通し割引(第1部・第2部セット)1等14000円
■会場 国立文楽劇場(OsakaMetoro「日本橋」駅下車7号出口より徒歩約1分)
公演の詳細な内容:日本芸術文化振興会
https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/bunraku/2024/611/
チケットの申し込み:国立劇場チケットセンター
https://ticket.ntj.jac.go.jp/
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