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2025.01.01

一夜明けると新年!不思議な感覚は今も昔も。馬場あき子【和歌で読み解く日本のこころ】

歌人、馬場あき子氏による連載「和歌で読み解く日本のこころ」。第十九回は「逝く年来る年」。大晦日から元日と、一日で大きく変わる不思議な心持ちを、歌仙たちの歌からご紹介します。

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逝く年来る年のおもしろき違い

何となき世の人事に紛れきて暮れはててこそ年は惜しけれ 藤原公雄

いかに寝て起くる朝にいふことぞ昨日を去年とけふを今年と 小大君

少しの風にも木々は葉を落として静かな眠りに就こうとし、人はどことなく忙しい思いにとらわれはじめる。年の瀬である。一年という時間が尽きてゆく日々の折ふしに、ふと立ち止まって物思う心は昔も今も変わらない。

何となき世の人事(ひとごと)に紛れきて暮れはててこそ年は惜しけれ 
藤原公雄(ふじわらのきんお)

取り立ててこれという事もないが、世上の人事に関わり取り紛れて日々を過ごし、年の瀬も押し迫ってくるころ、ふと気づけば、残り少ない一年の終わりが見え、しみじみ惜しい思いがしてくる。
作者は後嵯峨院(ごさがいん)の近臣として院の崩御に殉ずるように出家。その後も多くの百首歌(ひゃっかうた ※文末に注あり)を残すなど活躍した。この歌は「正中(しょうちゅう)百首」の中の歌。作者の晩年に当たる作品だが時代は勅撰集編纂(ちょくせんしゅうへんさん)を命じた後醍醐(ごだいご)天皇の討伐計画が発覚するなど動乱の兆しが見える時代であったから、「世の人事」も「暮れはてて」の思いも並々ではなかったであろう。しかしこの歌には今日に通う内省的な年末の気分があり、人間って変わらない思いをするものだと感慨深い。

歌人で随筆家の兼好法師は「徒然草」の中で、この年末の気分を「年の暮れはてて、人ごとに急ぎあへるころぞまたなくあはれなる(身にしみる)」と述べている。さらにはこの晦日(つごもり)に追儺(ついな 鬼やらい)が行なわれ、祖先の魂まつりまで行なわれていたことが記されている。今日の節分につづく立春という暦が、昔は大晦日を節分とし、新年が立春となるように作られていたのだ。鬼やらいをして祖霊を迎え入れる新年というのもすばらしいではないか。こうして迎えられた新年にはどんな景色が見られるだろうか。

けさはみな賤(しづ)が門松立てなめて祝ふことぐさいやめづらなり 
藤原信実(ふじわらののぶざね)

門松が飾られ万歳が舞う新年の風景から始まる四季の絵巻。『四季風俗図巻』 伝菱川師宣筆 江戸時代・17世紀 29.1×472.7㎝ 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

一夜明ければ庶民はみな門松を立て渡して千代の初めを祝い「おめでとう」と挨拶するなどまことに新鮮である。
もう、今日と同じことがはじまっていたのである。食膳にお餅があってもおかしくない。時代をもう少し遡(さかのぼ)って、鎌倉初期の貴族の新年の祝膳には雉子(きじ)の羹(あつもの)や焙(あぶ)ったその足、鱒(ます)、鯉膾(こいなます)、海夜(ほや)、鮑(あわび)、海雲(もずく)などが供されている。

いかに寝て起くる朝(あした)にいふことぞ昨日を去年(こぞ)とけふを今年と
小大君(こおおぎみ)

巻末に「寛永の三筆」のひとりである烏丸光広の奥書があることから「烏丸光広奥書本」の別称がある。『後鳥羽院本(烏丸光広奥書本)三十六歌仙絵(模本)の小大君』 狩野晴川院〈養信〉、狩野勝川院〈雅信〉、小林養建・模 江戸時代・天保11(1840)年 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

何でまあ一夜を寝ただけで、目覚めた朝にはもう、昨日を去年と言い今日を今年という。なんというふしぎなこと。

平安中期の才女の新年歌。今もなるほどと思いつつほほえまれる歌だ。今日、現代の新年に私たちは何を思うだろう。万葉集の最終に置かれた一首を思いおこし今日に通う祈りの深さを味わいたい。

新(あらた)しき年のはじめの初春の今日降る雪のいや重しけ吉事(よごと)
大伴家持(おおとものやかもち)

意味は結句に置かれた「いや重け吉事」だが、新年の、年はじめの、まっさらな初春の「今日」という思いの深さが、結句にすべてかかってゆく重厚な美しさに少し悲しい祈りがある。

※百首歌/四季を中心に恋・雑(ぞう)その他のテーマのもとに百首の歌を詠むこと。または詠まれた百首の歌

馬場あき子

歌人。1928年東京生まれ。学生時代に歌誌『まひる野』同人となり、1978年、歌誌『かりん』を立ち上げる。歌集のほかに、造詣の深い中世文学や能の研究や評論に多くの著作がある。読売文学賞、毎日芸術賞、斎藤茂吉短歌文学賞、朝日賞、日本芸術院賞、紫綬褒章など受賞歴多数。『和樂』にて「和歌で読み解く日本のこころ」連載中。映画『幾春かけて老いゆかん 歌人 馬場あき子の日々』(公式サイト:ikuharu-movie.com)。

構成/氷川まりこ
※本記事は雑誌『和樂(2023年12・2024年1月号)』の転載です。

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和樂web編集部

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