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日本美術の決定版!「The 国宝117」

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Culture

2025.05.20

代々の歴史を紐解き、革新の道を進む。大名跡襲名の尾上菊五郎、音羽屋の“八代目さん”へ〈後編〉

2025年5月、尾上菊之助さんが八代目尾上菊五郎(おのえきくごろう)を、尾上丑之助(うしのすけ)さんが六代目尾上菊之助を襲名しました。

「菊五郎」は、歌舞伎の世界で300年以上受け継がれてきた、とても重要な名跡。八代目誕生という歌舞伎の歴史に残るビッグイベントにあわせて、八代目菊五郎さんのインタビューを前後編にわたりお届けします。

後編となる今回は、八代目として目指すこと、世襲制への思いについてお話を伺います。

前編は、こちら(「襲名披露演目から知る菊五郎らしさ。大名跡襲名の尾上菊五郎、音羽屋の“八代目さん”へ!〈前編〉)

八代目として、代々の歴史を紐解いて

——五代目菊之助さんから、八代目菊五郎さんとなりました。新たな菊五郎として、これからの歩みをどのようにお考えか、お聞かせください。

八代目尾上菊五郎(以下、同じ):
歌舞伎を守ってこられた先輩方への感謝を忘れず、恩返しができるよう懸命につとめてまいります。古典歌舞伎、復活狂言(上演が途絶えてしまった作品の復活)、新作歌舞伎、そして尾上菊五郎家の家の芸「新古演劇十種しんこえんげきじゅっしゅ」の復活にも取り組みたいと考えています。また、幹部俳優の方々とはもちろんのこと、名題なだいさん、名題下さん、部屋子さんまで幅広く門が開かれた歌舞伎界を目指し、皆さまとともに後進の育成、指導に努めてまいりたいです。

——襲名披露公演には多彩な作品が揃い、5月の歌舞伎座も大変な賑わいです。音羽屋おとわやといえば! とまず思い浮かぶ世話物せわもの(江戸時代の市井の人々にスポットをあてたジャンル)、所作事しょさごと(舞踊)、さらに6月は時代物(江戸時代の人々にとって、より古い時代を扱ったジャンル)の立役も。八代目さんの芸域の広さを感じます(前編参照)。

五代目菊五郎、六代目菊五郎が完成させた世話物は、音羽屋にとって大切な家の芸となりました。私の父・七代目菊五郎も世話物を得意としています。

ですが代々の菊五郎の歴史を紐解くと、六代目は舞踊の名人でもありましたし、三代目は鶴屋南北と怪談物や仕掛け物を数多く作りました。さらに遡って、初代は女方から始まりましたが、立役となり『仮名手本忠臣蔵かなでほんちゅうしんぐら』の大星由良之助、『菅原伝授手習鑑すがわらでんじゅてならいかがみ』では菅丞相かんしょうじょう、松王丸などでも当たりをとっています。音羽屋はもともと時代物を得意としていた家と言えるんですよね。

——代々の菊五郎の芸を、一度棚おろしするような、網羅的に取り組む八代目菊五郎さんとなりそうですね。

どこまでできるかは分かりませんが、初代より300年。時代、時代の菊五郎がそれぞれに得意なものを花開かせてきました。その功績をふり返り、受け継ぎ、やるべきことをやりたいと思っています。

3月31日には、神田明神で盛大に襲名披露お練りが行われました!

江戸時代の人たちが、この企画を立ち上げていたら

——「新古演劇十種」の復活はとても楽しみです! その十種にはどのような特色があるのでしょうか。

初代菊五郎は、女方から立役への転向は難しいと考えられていた時代に、その両方を演じました。三代目菊五郎にみられる変化物へんげものや仕掛け物の面白さ、五代目にみられる型を超えた心情のお芝居、六代目の踊り。それら全てをふまえながら、蜘蛛や化け猫、鬼ばばなど、この世にあらざるものが登場する作品を多く扱っています。

新古演劇十種

『古寺の猫』、『土蜘つちぐも』、『茨木』、『羅漢』、『一つ家』、『戻橋もどりばし』、『菊慈童きくじどう』、『羽衣』、『刑部姫おさかべひめ』、『身替座禅みがわりざぜん』。五代目菊五郎が選んだ変化物の舞踊劇9演目に、六代目菊五郎が『身替座禅』を加えた全10演目。市川團十郎家の家の芸「歌舞伎十八番」「新歌舞伎十八番」に対し、音羽屋の芸と位置づけて制定されました。

十種のうちの『羽衣』、『身替座禅』、『戻橋』、『茨木』、『土蜘』は、今でもご覧いただけますが、残り5作は上演が途絶えてしまいました。具体的にどのように演じられていたのか等、記録がほとんど残っていないんですよね。資料を集め、読み解き、新作創りに近いものとなるのではないでしょうか。


——その過程で、特に大事にしたいことはありますか?

現世で起こる出来事は、今、目の前で起こっていることだけでなく、前世より引き継いだ人間の業の影響を受けている。「新古演劇十種」で描かれる“人ではない者”が、なぜそうなったのか。その背景や、そうなってしまった者の悲しみ、人間の心の奥底から湧き出るものも含めて表現することを大切にしたいです。

(河竹)黙阿弥さんや(鶴屋)南北さんの作品をはじめ、歌舞伎にはそのような話が数多く書かれていますね。新作歌舞伎を創る時、私が意識するのは「江戸時代の人たちが、この企画を立ち上げていたら」という目線です。古典をベースに、古典の力を信じ、古典を大切に。そうでなければ、できあがるのは新作の演劇であって、新作歌舞伎にはなりません。

努力、研さんを重ね、真摯に向き合う。

——先ほど「開かれた歌舞伎界を目指したい」とのお話がありました。6月上演の『車引』では、桜丸役に上村吉太朗かみむら きちたろうさんを抜擢されています。吉太朗さんは、一般家庭から部屋子として歌舞伎の世界に飛び込まれた、現在24歳の俳優さんです。松王丸役の中村鷹之資たかのすけさんも、26歳と歌舞伎の世界では若手の俳優さん。新・菊之助さんの梅王丸を、若いおふたりが盛り上げる一幕となりそうです!

非常にフレッシュで、荒事にふさわしい顔ぶれです。荒事は、稚気(子供の心)を忘れず力いっぱい演じるものだと言われています。力任せではなく、それぞれの舎人の役の心で、力いっぱい演じていただければと思います。

鷹之資さんは、昨年私が松王丸をつとめた『寺子屋』で、よだれくり与太郎を演じてくださり、役に向き合う姿勢が素晴らしいなと思いました。吉太朗さんは、舞踊会でたまたまご一緒させていただく機会があり、やはり芸に向かう姿勢が素晴らしく、昨年『俊寛』で千鳥をお願いさせていただきました。

ただ、「抜擢」という言葉がクローズアップされ過ぎるのは、正直あまり良くないとも思っていまして。本人の努力が矮小化わいしょうかされかねませんし、努力、研鑽を重ね、真摯に芸に向き合う人間性をもち、実力をつけた人間が舞台に立つのは、今にはじまったことではないからです。

初代菊五郎が二代目團十郎さんに見いだされたことは、先ほど(前編)お話しした通りです。創意工夫を重ねて、見いだされた中村仲蔵さんの例も有名ですね。努力、研鑽を重ね、真摯な人間性があれば、どんな役でも舞台で輝いていくと思っています。そういう方々からは私自身、大変多くを学ばせていただいていますし、これからも舞台をご一緒していきたいと思うんです。

それも含めて、江戸時代からの歌舞伎の伝統

——よりいっそう歌舞伎界が開かれていった時、世襲制にはどのような意味があると思われますか?

先人の偉業を受け継ぎ後世に伝えていくのが、歌舞伎の血族、世襲の役割ではないでしょうか。

——たとえば老舗の和菓子屋さんが、一子相伝でレシピを伝えるような、代々で受け継ぐからこその純度や美学もあるような気もするのですが……。

ジャンルによってはあるのかもしれませんね。でも歌舞伎の場合、先輩方は、私たちがお教えをこえば、大変熱心に、惜しみなく教えてくださるんです。

もしDNAや血の繋がりによるものがあるとするならば、自分に先人の面影を見てくださる、温かいご贔屓様がいらっしゃることかもしれません。子どもの頃から舞台を観てくださり、「おじいさんに似ている」「お父さんに似てきた」と応援してくださる方々、そう感じてくださる方々のご期待を裏切らないよう、努力し、研鑽していかなくてはと思います。

代々の菊五郎も、ずっと血がつながっているわけではありません。私の家も、六代目菊五郎の養子となった祖父から数えて、息子で四代目です。子どもの頃から大きな舞台に立たせていただけたのは、世襲制に守られていたからこそ。役がつく(キャスティングされる)ことは、役者にとって最大のチャンスです。しかし、それで舞台に立ち続けられるわけではありませんし、皆、そこに甘んじてはいません。

私自身、幼い頃から修業を始め、父を師としてリスペクトし、「菊之助」という名前の大きさにもがき苦しみながら、菊之助時代を30年生きてきました。それでも音羽屋に生まれ、音羽屋には偉大な先人たちがいるということで、自分を奮い立たせることができました。その時代、その時々で、実力のある人間が舞台に立ち、名前を継ぐ。それも含めて、江戸時代からの歌舞伎の伝統だと理解しています。

——生まれだけで将来が約束されるわけではなく、名前の大きさの分だけ、背負うものは重くなっていくのですね。大変すぎて「襲名なんてなければいいのに」と思われたことはありますか?

襲名は、あくまでも修業した先にあるもの。その名前を守り、芸を受け継いできた先人たちの姿に憧れ、「自分もいつかそうなりたい」と修業をしていますから、それはありません。我々にとって襲名とは、その名前の重みを知り、芸を受け継ぎ、先人たちを敬う心だと思っています。

——八代目菊五郎さんと六代目菊之助さんの同時襲名、そして七代目菊五郎さんは引き続き菊五郎を名乗り、ふたりの菊五郎さんが並ぶ舞台。あらためて、おめでとうございます!

芸は一生かけて磨き上げていくもの。『連獅子』の親獅子ではありませんが、菊之助には私も千尋の谷に突き落とすくらいの気持ちで稽古し、焦らず長い目で見守り、鍛え上げていこうと思っています。八代目襲名を機に代々の菊五郎の功績をふり返り、菊五郎の精神とは、伝統と革新の両輪を成すことだと思いました。守るべきものは守り、守るために変わるべきところは少しずつ変えていく。その精神で、これからも懸命に精進し、歌舞伎の魅力を世界にお伝えしていきたいです。

公演情報

尾上丑之助改め六代目尾上菊之助襲名披露
團菊祭五月大歌舞伎
2025年5月2日(金)~27日(火)会場:歌舞伎座
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/890

六月大歌舞伎
2025年6月2日(月)〜6月27日(金) 会場:歌舞伎座
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/891

七月大歌舞伎 関西・歌舞伎を愛する会 第三十三回
2025年7月5日(土)~24日(木) 会場:大阪松竹座
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/osaka/play/892

第五十一回 吉例顔見世
2025年10月11日(土)~26日(日) 会場:御園座
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/893

當る午歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎
2025年12月 会場:京都南座
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kyoto/play/895

※各公演とも休演日あり。詳細はオフィシャルサイトにてご確認ください。
撮影:塚田史香
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塚田史香

ライター・フォトグラファー。好きな場所は、自宅、劇場、美術館。写真も撮ります。よく行く劇場は歌舞伎座です。
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