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Culture

2025.05.23

新橋芸者衆にとって憧れの舞台「東をどり」。第百回を未来への架け橋に【尾上菊之丞インタビュー】

「東をどり(あずまおどり)」が、今年5月で100回目の開催を迎えます。東京を代表する花街(かがい)のひとつ、新橋の芸者衆による舞踊公演です。

新橋芸者の皆さんは、日々、一見(いちげん)さんお断りの料亭でお客さんをもてなし、歌に踊りといった芸を披露しています。「誰もが気軽に」がもてはやされる時代に、限られた人にだけに扉を開いてきたお座敷文化。そこで磨かれた「芸」と「綺麗」を、「東をどり」で観ることができるのです。

新橋芸者衆の踊りの“師匠”のひとり、日本舞踊尾上流四代家元の尾上菊之丞(おのえ・きくのじょう)さんに、「東をどり」の見どころをインタビュー。振付を手掛ける「お好み」に込める思い、新橋芸者衆への敬意、そして花柳界に身をおく者としての矜持と、だからこその歯がゆさとは。

三代目尾上菊之丞
1976年3月生まれ、東京都出身
日本舞踊尾上流三代家元・二代尾上菊之丞(現墨雪)の長男として生まれる。2歳から父に師事し、1981年(5歳)国立劇場にて「松の緑」で初舞台。1990年に尾上青楓の名を許される。2011年8月、尾上流四代家元を継承すると同時に、三代目尾上菊之丞を襲名。

今から100年前、新橋で。

「東をどり」の歴史は、今からちょうど100年前の大正14(1925)年にはじまります。

東京の花街にも、京都の花街にあるような立派な歌舞練場かぶれんじょう(芸舞妓の歌舞音曲を披露する劇場)を。そんな人々の思いから、花街“新橋”のために、新橋演舞場は建てられました。ついに迎えたグランドオープンを飾ったのが、第一回「東をどり」でした。

全国には様々な花街があり、それぞれに特色がありますが、新橋は「芸の新橋」と称されるほど、芸の研鑽に力を入れています。新橋芸者の踊りは、日ごろから花柳はなやぎ流、西川流、尾上流の家元が、直接指導を行っているほどです。

菊之丞さんも家元として、おじいさま(二代目家元。初代尾上菊之丞)、お父さま(尾上墨雪ぼくせつ、三代目家元。二代目尾上菊之丞)に続き、新橋芸者の舞踊指導、そして「東をどり」に携わっています。

Check!!「見番」「置屋」「料亭」の関係

芸者を抱え、育成するのが「置屋(おきや)」で、「置屋」があつまり組織した組合が「見番(けんばん)」です。「料亭」は、お客さんのリクエストに応じて、「見番」に芸者の派遣を依頼します。その依頼に応じて「見番」は、芸者を「料亭」へ派遣します。芸者さんを繋ぐコミュニティーと、その土地を「花街」と言います。

銀座八丁目のビルのワンフロアにある、東京新橋組合の見番けんばん。この日は、「東をどり」の出演者だけでなく、演奏家、照明や舞台美術の方も揃い、「総ざらい」と呼ばれる、合わせ稽古が行われていました。稽古後の菊之丞さんに、お話を伺いました。

「東をどり」の魅力、新橋の特色

——第百回記念公演、おめでとうございます。今年の「東をどり」の見どころをお聞かせください。

どこの花街舞踊公演も明るく楽しいもので、街をあげてのお祭りです。その中でも「東をどり」は、東京指折りの立派な劇場である新橋演舞場がホームグラウンド。その大きさ、華やかさは、特色であり見どころではないでしょうか。

序幕では、ご祝儀物の古典舞踊「青海波せいがいは(振付:西川左近)」と「百年三番叟ももとせさんばそう(振付:花柳壽輔)」が日替わりで上演されます。芸者衆の日頃の稽古の成果をご覧いただければと思います。

二幕目では、全国各地19の花街から、日替わりで芸者衆が応援に駆けつけてくれます。かねてより「100回目の公演には、全国の花街よりお越しいただこう」「日本の綺麗が集まる、東をどりにしよう」というプランがあったんです。花街ごとの色合いをお楽しみください。

第99回東をどり「あずま獅子」

——三幕目「お好み」は、毎回趣向が凝らされるメドレー形式の小曲集ですね。今年は「橋」をテーマに、菊之丞さんが振付をされます。

新橋、築地、新富町界隈にある、橋にちなんだ踊りをお見せします。能や舞踊には「石橋しゃっきょう」という大曲があります。石橋の向こうは、文殊菩薩もんじゅぼさつのいる浄土。蝶が戯れ、牡丹が咲き乱れ、獅子が暮らしていると伝わります。しかし、その橋は、修行を積んで境地を得たものにしか渡れません。「東をどり」は、新橋芸者衆が憧れ、目標とする夢の舞台。懸命に修行したものだけに許される、橋の向こうにある舞台です。

100回という節目に、これまでの歴史に気持ちを寄り添わせ、受け継がれてきた藝と心を伝えられたら。それと同時に、101回目へ繋ぐ100回でなければなりません。102回、103回、200回、300回と、未来への橋を架ける百回記念公演にしたいです。

第98回東をどり フィナーレ

芸の新橋だからこそ

——「東をどり」は、新橋芸者の皆さんにとって、まさに晴れ舞台ですね。

同時に、NHK大河ドラマ『べらぼう』で取り上げられた、江戸吉原のにわかがそうであったように、街に人を呼ぶことも「東をどり」の目的のひとつです。日頃より料亭に来てくださってる皆さんには、より楽しんでいただき、また来ていただけるように。はじめての方にはこの街を知っていただき、また来ていただけるように。

ただ「また来てください」と言いつつも、料亭さんには「一見さんお断り」の目には見えない敷居があります。敷居を設ける以上は、そのお座敷でしか出会うことができない“芸者衆の芸”に、それだけの価値がないといけませんよね。

——一流の料亭さんで提供するものならば、芸も一流でなくてはと。

新橋は、幕末にはじまり明治になって発展した新興の花街です。他の花街に追いつき、新橋の特色を出そうと必死で芸を磨いた時代があり、それが今に受け継がれています。踊りは、当時カリスマ的な存在だった3人の家元を集めて、芸者が直接指導を受けられるようにしたのですから、相当力を入れていたことが分かります。当時の感覚でも、その稽古は相当にはげしいものだったのでしょう。今は厳しさにも配慮が必要な時代ですが、僕自身は、時代に合わせながらも指導は厳しく、烈しくありたいと思っています。

ちょっと寄り道
戦後の新橋芸者衆について、元新橋芸者で料亭「田中屋」女将となった樋田千穂さんは、次のように綴っています。

「『東をどり』には、京大阪はもちろん、博多あたりからも見に来ていただきますので、出演する芸者も血みどろな修行を積んで、新橋芸者として恥ずかしくない舞台を見せようとします。私はその稽古ぶりを見る機会が多いので、その余りに烈しい稽古ぶりに胸をうたれることが、しばしばです」(1956年刊行『銀座』高見順・編、「新橋芸者」より抜粋)

現代の感覚をはるかに上回る、熱を帯びた烈しい稽古だったにちがいありません。先人たちが築き、盛り上げた新橋の精神を、「東をどり」に重ねてみてはいかがでしょうか。

新橋芸者はすっきりしている

——菊之丞さんは、新橋芸者衆の「らしさ」をどのように感じていますか?

新橋芸者は、すっきりしています。芸も人も、すっきりしているし、すっきりしていたい。僕は京都・先斗町の舞踊指導もしていますが、京都は柔らかい印象があり、それが艶っぽくもあり魅力的です。東京の芸者には、江戸っ子好みの華やかな清々しさがあります。

Check!!呼び名もさまざま

地域により名称も変わります。おおまかに関東では「芸者」、その見習い修行中を「半玉(はんぎょく)」と呼び、関西では「芸妓(げいこ)」、その見習いを「舞妓(まいこ)」と呼びます。新橋では「料亭」に芸者を呼びますが、京都では芸舞妓を呼ぶ場を「お茶屋」といいます。「料亭」は、板前が厨房で調理したお料理をお出しします。「お茶屋」には、厨房がありません。お料理屋さんの「仕出し」と言われる料理を取り寄せて、お出しします。

——一庶民として生活をしていると、芸者さんは、日常で出会うことのない謎に包まれた存在です。芸者の皆さんは、ふだんどのようなサイクルで生活されているのでしょうか。

料亭さんがお休みの土曜・日曜はお座敷は休みですよね。でも僕がみる限り、彼女たちは、日々ずいぶん忙しく過ごしているようです。

午前は10時、11時から見番でお稽古です。新橋花柳界では、踊りは立方(踊り手)、演奏は地方と、基本的には一人一芸の専業ですが、踊り手であれば、長唄に清元、お囃子も学ぶでしょうし、茶道、華道、狂言などの稽古もあります。お昼過ぎに稽古が終わると、17時や18時には夜のお座敷が始まりますので、その前に髪結いへ行き、置屋で化粧をして、着物を着替えて料亭へ。お座敷ではお酌をし、時にはご返杯をいただき、一流の芸をお見せする。宴会が24時を越えることもあるでしょう。それでも翌日にはまた、午前からお稽古が始まるわけです。このサイクルで生活しながら芸を身につけ、一流の名妓となるのは大変なこと。芸はもとより、その生活に敬意を抱きます。


——「芸者」は職業というより、生き方ですね。

その意味でも、芸事が好きでなければ、芸者になるのはやめた方がいいですよね。昔は、自分の意志ではなく芸者になることも多かったかもしれません。今は血縁や身近なところに置屋や芸者、我々のような芸人がいることが、花柳界に入るきっかけになるようです。日本舞踊を習っていて「踊りが好きだから」「東をどりに憧れて」と芸者になる方も少なくありません。芸者衆の仕事の半分は芸事、もう半分はお座敷でのおもてなし。でも、芸なくしてはお座敷にも呼ばれませんから、それだけ芸が大切だということです。

芸で繋がる関係でありたい

——菊之丞さんが子どもの頃、ご自宅兼稽古場の隣りが新橋第二見番だったそうですね。おばあさまも元・新橋芸者で、ご自宅には日常的に芸者さんがいたと。

子どもの頃は、杏子さん、まりゑさんという新橋を代表するコンビがご活躍なさっていました。その上の世代の小喜美さんも、「東をどり」の舞台で、若くてすごくお綺麗だったイメージがあります。当時は子どもでしたから、芸者衆から、にこっと笑っておやつをいただいた思い出もあります。でも僕にとって、当時の芸者は少し怖い存在でもありました。行儀などにも厳しかったですし。

——今でも伝統文化は厳しい世界で、それに携わる皆さんは段違いに行儀作法がきちんとしている印象があります。

僕が「我々の時代は」なんて言うのはおこがましいほど、上の世代の方々の厳しさは、こんなものではなかったと思います。

たとえば祖父は、「稽古場に、紅もささずにくるなんて」と怒っていたと聞いたことがあります。芸事へ向き合う姿勢は、身だしなみからだということでしょう。鮮やかな紅をさしなさい、という意味ではないし、今、僕がそれを気にすることもありませんが、その精神は残さなくてはいけませんよね。

芸者の数は減っています。新たに芸者を志す方が増えてほしいし、若い方には続けてほしいから、どうしても甘くなる傾向はあります。でも芸者の数を増やすために遠慮して縮こまってばかりいたとして、それで残るものに意味があるのかにも疑問があります。

花柳界に限った話ではなく、それで滅びる程度ならば、滅びるべくして滅びる文化なのでしょう。守るべきところは守る。その矜持がなくては、本質を見失ってしまいます。でも、やっぱり滅びたくはないんです(苦笑)。その兼ね合いは歯がゆいですよね。

振付や演出として皆さんに何かを伝える時※は、譲れないことほど笑顔で言うようにしています。たとえばちょっと無理筋なリクエストも(穏やかな口調で、爽やかに、にこやかに)「そうですね、やってください。絶対に」って(笑)。でも、芸者衆や門弟に対しては、真っ正直に厳しく言うことが多い方だと思います。

※菊之丞さんは、日本舞踊の公演だけでなく、歌舞伎や宝塚歌劇団、OSK日本歌劇団、最近では大阪・関西万博の開会式などでも、演出・振付で活躍されています。

——師弟関係には、厳しさが必要ですか?

褒めて伸ばすことも大切です。でも芸に携わる身であるならば、本人に「自分は足りていないんだ」と思ってもらわなくては、意味がありません。やってもやっても足りない。芸とは、どこまでやっても足らないもの。その意識がなければ、芸の世界では生きていけないと思うからです。

平等や公平が求められる今の社会でも、芸である以上、優劣はつきます。ふるいにもかけられます。厳しい言い方になることもありますが、そこを繋ぐのが芸だと信じたいです。時間をかけ、芸を通じ、信頼関係を築いているつもりです。お酒を酌み交わすとか雑談で仲良くなるのではなく、芸で通じ合える関係でありたいんです。「東をどり」から話がそれてしまいましたが(笑)、おこがましくもそんな大きな理想を持ちながら、華やかな新橋花柳界を守り、盛り上げていきたいと思っています。

関連情報

演舞場百周年 百回記念公演
第100回東をどり
新ばしに集う 日本の綺麗

日程:2025年5月21日(水)~27日(火)7日間全14公演
会場:新橋演舞場
https://azuma-odori.net/

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塚田史香

ライター・フォトグラファー。好きな場所は、自宅、劇場、美術館。写真も撮ります。よく行く劇場は歌舞伎座です。
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和樂web編集部

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