Culture

2025.06.18

頭だけになっても主人を守る。踊り、戦い、詣る、昔話の「猫」の世界

猫は、不思議な生きものだ。人に飼いならされているようで、飼い主をこき使っているようにも見える。だいたい、動物でありながら人間の世界に入りこんでなお主体性を見失うことなく暮らしているというのも不思議だ。

化けたり祟ったり……猫にまつわる昔話といえば妖怪の類が有名だけれど、今回紹介するのは人間のすぐ隣で暮らす〈家猫〉たちの物語。飼い主も知らない飼い猫の知られざる姿を紹介しよう。

踊る猫

歌川広重「名所江戸百景 浅草田圃酉の町詣」(The Metropolitan Museum of Art)

神奈川県の戸塚には猫好きにはちょっと名の知れた場所がある。ここにはその昔、猫たちが夜な夜な踊っていたという伝説が残されている。だから地名は「踊場(おどりば)」。ユニークな猫たちの夜遊びを今日に伝えている。

その昔、相模の国(神奈川県)の戸塚宿に水本屋という醤油屋があった。主人夫婦に一人娘の三人家族、奉公人の番頭と丁稚と雌猫のトラが暮らしていた。商売柄、何度も汚れた手を拭くものだから、夜になると五人分の手ぬぐいを洗って干しておくのがこの家の習慣だった。

ある日、一枚の手ぬぐいが無くなり、べつの日にはもう一枚の手ぬぐいがなくなった。覚えのない罪をかぶせられた丁稚は、手ぬぐい泥棒の正体を暴くため夜のあいだ見張りをすることに。すると手ぬぐいが地をはって走っていくのが見えた。しかし正体は分からずじまいだった。

翌日、帰りの夜道で主人はふしぎな光景に出くわした。空き地で、手ぬぐいをかぶった猫たちが会話しているのだ。猫たちは誰かを待っているようす。そこに現れたのは、手ぬぐいをかぶった飼い猫のトラだった。

「晩御飯に熱いおじやを食べちゃってさ。舌をやけどして上手くしゃべれニャいんだ」

トラはそうぼやきながら、ほかの猫たちに踊りの手ほどきをはじめた。

次の日の夜。やはり、手ぬぐいが無くなっていた。犯人はトラだろう。主人は家族を連れて昨日の空地へ出かけた。隠れて待っていると、手ぬぐいをかぶったトラがやってきた。
集まった猫たちが、トラの音頭で踊りだす。なくなった手ぬぐいは、猫たちの頭に巻かれていた。家族は来たときと同様、こっそりと家に帰っていった。

しばらくすると猫の踊りの話が町のうわさになりはじめた。猫は敏感な生きものである。見られていることに気づいたのか、猫たちはそのうち空き地で踊らなくなった。いつの間にかトラも水本屋から姿を消した。
猫の踊りの話だけが語りつがれて、今は「踊場」と呼ばれるようになったとさ。(神奈川県の昔話)

守る猫

月岡芳年「風俗三十二相 うるささう 寛政年間処女之風俗」(The Metropolitan Museum of Art)

吉原遊廓の妓楼・三浦屋のお抱え遊女、薄雲は大の猫好きで有名だった。薄雲は普段から三毛の小猫に首玉をつけて、金の鈴もつけて、とても可愛がっていた。部屋にいるときは膝の上に抱き、お客を迎えに行くときも抱いていて、少しのあいだも猫と離れたがらなかった。
猫のほうも薄雲の側を離れず、厠へ用を足しに行く時ですら薄雲について行く始末。人びとは薄雲が猫に魅入られていると噂した。そしてついに、猫を打ち殺すことにした。

ある日、薄雲が厠へ行こうとすると、どこからともなく猫がやって来て一緒に入ろうとした。それを見た主人は脇差しを抜き、猫に斬りかかった。猫の首は、ごろごろ転がり、胴体だけが戸口に残された。猫の首を探したが見当たらない。ようやく見つけると、厠の下で大きな蛇が居座っていた。頭だけになった猫が、その蛇を食い殺していた。

猫が蛇を食い殺さなければ、薄雲が襲われていたところだった。日頃から可愛がられていた猫は、薄雲に恩を感じていたのだ。薄雲はその猫の死骸を丁重に葬り、猫塚を築いたという。(馬場文耕『三浦遊女薄雲が伝』)

お詣りする猫

奥村政信(The Metropolitan Museum of Art)

昔あるところに、夫婦が暮らしていた。夫婦は二人きりなので、よそから猫を借りて来て留守をたのみ、夕方に帰ってくると猫はニャアと鳴いて出迎えた。
猫なので家のことはなにもしない。「つまらない」と夫婦が話しているのを聞いた猫は、翌日、夫婦が帰ってくるころに挽臼(ひきうす)をぐるぐるとまわして粉を挽いていた。驚いた夫婦は「たっぷり食べなさい」と猫にごちそうを与えた。

ある日のこと。夫婦は猫に「伊勢詣りにやってけろ」と頼まれた。夫婦は猫の首に「伊勢詣り猫」という袋を下げると、猫を送り出した。
猫は、道々に人の家に寄ってはニャアと鳴き、ご飯をもらい、ニャアと鳴いては路銀をもらい、首尾よく伊勢詣りを果たした。そして、その功徳で帰りには年老いた尼の姿になったという。(昔話『伊勢詣り猫』)

戦う猫

あるお寺の住職は、たいそう猫好きで拾った子猫を大切に育てていた。ある時、住職は旅僧に宿を請われて寺に泊めることになった。
夜中、本堂で何者かが格闘する激しい物音が響いた。朝、住職が確かめに向かうと飼い猫が大きな化け鼠を噛み殺し、自分も息絶えていたという。(静岡県の昔話)

文学の猫

歌川国貞「源氏後集余情 五十のまき / あづまや」(The Metropolitan Museum of Art)

踊ったり、お詣りしたり、戦ったり。猫たちのすることには枚挙にいとまがない。日中は日向で丸まって過ごしているかと思いきや、意外にも家猫たちは日々を忙しく過ごしているようである。
それはそれとして、ものの本によれば日本に〈家猫〉がはじめて現れたのは慶雲二年、飛鳥時代のことらしい。最古の説話集『日本霊異記』に、こんな話が記録されている。

豊前の国の宮子の郡の小領、膳の臣(かしはでのおみ)広国なる人物が死んだ際、生前の罪のせいで、地獄のあらゆる責苦にさいなまれることになった。
彼は空腹に耐えかねて大蛇となって息子の家に入ろうとするも棄てられ、犬になってふたたび訪ねるも追い打たれ、最後、猫になって訪ねたことで、ようやくご馳走にありつけたという。

この時代、すでに人間は猫とかなり親密に暮らしていたらしい。家で猫を飼っていた人もいたのだろう。蛇と犬の姿では断られたのに、猫なら家に入れてもらえたというのは、なんとも甘え上手な猫らしい話である。

家猫という生き方

鈴木春信「女三の宮」(The Metropolitan Museum of Art)

猫にまつわる怪しい噂がもっともおおく見られるのは、やっぱり怪異譚だろう。化け猫に猫又。怪しい猫たちは江戸時代に隆盛をみたのち、いまも各地に伝説として残されている。江戸期の雑記帳は、猫の怪しい噂であふれかえっている。
とはいえ、意外にも江戸随筆のなかには人の言葉を話す猫、手ぬぐいで踊る猫、人の真似をする猫……など、飼い猫の話もたくさん登場する。

江戸時代には猫はペットとして大切にされており、首に紐をつけて飼われている猫もいた。中期になると、野良猫なのか飼い猫なのか分からない人の家に自由気ままに出入りする猫もいたようだ。家猫たちが江戸の世間話で主役級の扱いを受けた背景には、人との睦まじい関係があったのだ。

おわりに

鳥居清廣(The Metropolitan Museum of Art)

人間の都合で、偏愛されたり、疎まれたり、恐れられたり、感謝されたりしている猫たち。でも猫にまつわる物語を読んでいると、やはり猫の本質は愛されることなのだろうとつくづく思い知らされる。
遊女・薄雲も、恋人の身代わりのように猫をかわいがる柏木も(『源氏物語』)、猫を溺愛する一条帝とその母親にしても(『枕草子』)、猫を愛する人たちの物語は古今東西尽きることがない。

なにより「喋る猫」というのが、人間と猫の睦まじさを物語っている。飼い主には、かわいい猫の声が言葉に聞こえたのだろうか。化猫の怪異譚とちがって、飼い主たちの愛情から生まれた家猫の物語は、猫と人の絆が誰にも引き裂けないことを強く感じさせてくれる。

はたまた、それこそが猫の思惑なのかもしれない。

【参考文献】
横山泰子「猫の怪 (江戸怪談を読む) 」 2017年、白澤社
戸塚の歴史散歩編集委員会(編)「戸塚の歴史散歩」戸塚区郷土史跡研究会、1970年
柳田國男(編)「全国昔話記録 紫波郡昔話集」三省堂、1942年

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馬場紀衣

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。
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