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2020.03.19

北条政子の波乱万丈な生涯とは?夫の愛人の家を壊すなど、最強鬼嫁エピソードを紹介

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世の男性がた、強い女性はお好きですか? どのくらい強い女性がいいですか? 「鬼嫁」もお好きでしょうか?

日本史上には、男性が震え上がってしまうような、つよ~い女性が数人、記録されています。
その中から、「尼将軍(あましょうぐん)」と呼ばれた北条政子(ほうじょうまさこ)をご紹介しましょう。

政子は「日本三大悪女」の1人とされることもあります。
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波乱万丈の生涯を送った北条政子

北条政子は、平安時代末期~鎌倉時代初期に生きた女性で、鎌倉幕府を開いた源頼朝の正室です。

「北条政子」の名前は、学校の教科書にも書かれていましたが、これはどうやら本名ではないよう。「北条」は親の名字ですが、「政子」は建保6(1218)年に朝廷から位を賜った際、父・時政の名から一字取って付けたもので、それ以前にどう名乗っていたのか、どう呼ばれていたのかは不明(御台様[みだいさま]、という、将軍の妻としての呼び名はあり)だとか。女性の名前は基本的に記録に残らないことも大きく関係していそうです。

鬼嫁前夜

政子は保元2(1157)年、伊豆(現在の静岡県)の豪族、北条時政(ほうじょうときまさ)の長女として生まれました。
平治元(1160)年の平治の乱で敗北し、伊豆に流されてきていた13歳の源頼朝と出会ったのは3、4歳ごろですから、政子にとって頼朝は10歳年上の「お兄さん」だったのでしょう。

次第に政子と頼朝は惹かれ合い、恋仲になります。父・時政の大反対を押し切って政子は21歳で頼朝と結婚しましたが、ここにも政子の気の強さが表れていますね。

敗軍の身内としてかくまわれる

まもなく長女・大姫(おおひめ)が生まれましたが、治承4(1180)年の石橋山の戦いで頼朝が敗れると、伊豆山の保護を受けて隠れ過ごす日々を余儀なくされます。頼朝が鎌倉に居を構えて多くの武士から支持を受けるようになると、ようやく政子も頼朝と合流することができ、鎌倉で暮らしはじめました。

政子は単に頼朝の正室であるということだけでなく、この頃から東国の武士団を結び付ける存在として重要な役割を担っていたようです。

鬼嫁、嫉妬して夫が通う女性の家を壊す

政子が「悪女」と呼ばれる理由の1つに挙げられるのが、このトンデモ破壊エピソード。
第2子の懐妊中に頼朝が通っていた女性・亀の前(かめのまえ)の存在を知ると、その家を壊させてしまいます。ただ、これは政子にしてみれば感情論だけではない一大事だったから、のようですが、やり方の派手さから、そうしたレッテルを貼られてしまいがちなようです。

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また、娘婿を討った一族を処刑するなど、この頃から鬼嫁っぷりが遺憾なく発揮されはじめています。

鬼嫁、夫をたしなめて静御前の命を救う

頼朝と言えば、弟の義経との不仲が思い浮かぶのではないでしょうか。義経が寵愛していた静御前(しずかごぜん)が鎌倉に捕えられてきたとき、頼朝は鶴岡八幡宮で静御前に舞を奉納させました。義経を慕う歌を歌い舞った静御前に、頼朝は激怒しましたが、それをたしなめて静御前の命を救ったのは、政子でした。自分も同じような経験をしてきた、女性として当然の行為だ、と取りなした政子に、頼朝も怒りを収めて静御前に褒美を与えました。

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鬼嫁、尼将軍になる

正治元(1199)年に頼朝が死去すると、政子の子の頼家(よりいえ)・実朝(さねとも)が将軍になりますが、相次いで暗殺されてしまいます。また、争いごとの調停を担うなど、政子の幕府内での重要性はどんどん増していきました。

実朝が暗殺された後、政子は将軍の補佐・代行として幕府の実権を完全に手中にして尼将軍と呼ばれ、鎌倉幕府の安泰に全身全霊を注ぎました。承久3(1221)年の承久の乱の際には、亡き頼朝の恩を御家人たちに説き、士気を高めたと言われます。

嘉禄元年7月11日(1225年8月16日)、政子は波乱に満ちた生涯を閉じます。70歳近くまで生きた、当時としては長い人生でした。

「鬼嫁」様は女性のカガミ?

幕府の公式な記録とされる『吾妻鏡(あずまかがみ)』や慈円による『愚管抄(ぐかんしょう)』、『承久記(じょうきゅうき)』、室町時代の各書物での政子の評価はいずれも高いものとなっています。しかし、江戸時代に儒教の強い影響を受けてから、次第に政子の評価が下がっていったようです。

『愚管抄』では「日本の政治は政子のような女性により完成するのだ」とまで言われた北条政子。案外、鬼嫁様が旦那さんの成功のカギを握っているのかも!?

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