※1 染料液の中に漬けて染める方法。※2 黒色の染料を熱湯で溶いた物にもち米の糊を混ぜ、刷毛で引染めする方法
―尾張名古屋は宗春の時代、芸能が盛んで華やかだったこともあり、着物文化も一気に花開いたんですね。その名残りから、明治、大正、昭和になっても高級着物ブームが続き、名古屋は婚礼の際に、留袖、訪問着、黒紋付など箪笥に入れて持たせる風習もあり、京都や東京とはまた違った着物文化が根付いたんですね。
―型染め友禅の難しいところはどんなところでしょうか。
赤塚:型紙を動かしながら白布に染めていくので、文様がズレないよう正確に型紙を置いていく必要があります。また濃淡のボカシも手作業ですが、均一に入るよう染めていきます。これは長年の勘によるものなので、型で染められるようになるまでは、最低でも4~5年はかかるんです。
―それだけ訓練のいる技法なのに、職人さんの数も減り、このままでは技術自体が受け継げなくなっていきますね。今、名古屋友禅を作っていらっしゃる工場はどのくらいあるんでしょうか。
赤塚:うちのような型染めの名古屋友禅をやっているのは3軒です。手描き友禅も10 人ほどとなっています。こういった技を今後どうやって受け継いでいくかが大きな課題になっています。
職人の勘が決め手、型友禅の極意に迫る
ここで、型友禅の工程を簡単に説明してもらいました。
図案・型作り
1色に1枚の型が必要になります。
そのため使用する色の数だけ型を使う必要があり、だいたい7型~10型ぐらいは使用します。
地張り
作業台となる木の一枚板に、白生地を糊で貼り付けます。この時に注意しなければいけないポイントが、柄にズレが生じないよう、まっすぐに貼ることなんです。
型置き
型紙を生地の上に置き、色糊を乗せて防染します。
色摺り
糊伏せされていない部分に刷毛で地色を染めていきます。濃淡を表すためにぼかしを入れていきます。
蒸し
高温の蒸気を当て、染められた色を生地へ定着させる作業になります。
色をしっかり定着させるために蒸すのですが、その日の気温や湿度に合わせ、蒸気を当てる時間や温度などにも調節が必要になってきます。これらは職人の勘が活きる仕事でもあります。
水洗
落とされた染料などが生地へ再度付着しないよう、多量の水で洗い流します。昔はこれを川でやっていて、それが一つの風物詩でもあったのですが、現在は工場内で洗浄しています。
型友禅に欠かせない伊勢型紙も和紙も生産縮小へ
―三重県の鈴鹿市で作られている伊勢型紙は、手漉きの美濃和紙を貼り合わせた地紙に様々な文様を手彫りしたものですが、この細やかな文様を手仕事で作るというのは、本当に貴重な技ですね。平成に入ってからは、型紙もどんどん機械化されていき、伊勢型紙を彫る職人もどんどん減っていると聞きますが、この細やかな美しさは機械で作るのは難しいですよね。
赤塚:そうなんですが、伊勢型紙を作るための美濃和紙も減少していますし、和紙の長期保存も難しいため、現在は専用の紙に文様を彫って型染めをしている状況です。平成に入り、どんどん機械化が進んでいますが、長い間受け継がれてきた技術は、機械にはできない風合いがあります。ただ、本物を見たことのない世代が増え、その違いさえわからなくなっていますよね。型紙もそうですが、最近は染め自体もインクジェットに変わる時代となってきました。このままでは、染めの技術も失われてしまうという危機感はあります。本物の染めを見ていただくと、色の深み、ボカシの風合いは手染めならではですし、ツルッとした色合いのインクジェットとは全く色合いが異なるんです。そういったことも私たちがちゃんと伝えていかないといけない課題だとは思っています。
次世代に繋ぐため、テキスタイルとしての魅力を幅広く発信
―赤塚染工場では、型染めで染めた生地を使って、洋服や小物も作られているんですよね。若い方たちに着物の良さを知ってもらうには、良い機会になるなとも思いました。
赤塚:着物としてだけでなく、テキスタイルの魅力を伝えていくのも私たちの使命だと思っているんです。現在、アパレルメーカーで洋服のデザイナーをしている小沢明日美さんが、週に3回ほど来て、型染めをし、それでチュニックやスカート、アロハシャツなどを制作しています。着物の文様や生地感を洋服として楽しんでもらいながら、着物にも関心を持ってもらえたらと考えています。
取材を終えて
工場に入ると、思わずタイムスリップしたかのような緩やかな時間と、懐かしい匂いが漂って、時が経つのを忘れてしまいました。一つ一つの手作業は、同じことの繰り返しで、単調なもののように思われがちですが、板にぴたっと白布を貼り、型紙を移動させながら図案を崩さずに色を付けるのは至難の業。色の強弱をつけるボカシも驚くほどきれいに揃っています。赤塚さんは、これが職人の勘といいますが、身体で覚える感覚、勘どころは、人間がAIに勝てる能力だと思わずにはいられません。色を付けていく度に、モノクロの世界から美しい色合いへと世界が浮き上がってくるような瞬間には、心がときめきました。目の前で繰り広げられる作業のなんと美しいことか。赤塚さんは今年から大学でも染色を教えられるとのこと。人間の技を次世代に繋ぐため、見て、触って、本物の良さを少しでも多くの方に感じてほしいと強く願ってやみません。
赤塚順一
昭和32(1957)年愛知県名古屋市生まれ。昭和55(1980)年に京友禅(株)藤匠 飯田定良に師事。昭和57(1982)年京友禅高等職業訓練学校染色科を修了。昭和59(1984)年に赤塚染工場に入社。平成14(2002)年に伝統工芸士に認定。平成7(1995)年に名古屋伝統産業協会優秀技術者表彰受賞、平成12(2000)年に愛知県伝統工芸品産業優秀技術者表彰受賞、平成27(2015)年愛知県伝統工芸産業 功労賞、令和3(2021)年経済産業大臣賞受賞など、受賞多数。
合資会社 赤塚染工場
住所:名古屋市北区大蔵町6番地
赤塚染工場公式ホームページ
第38回 尾張名古屋の職人展
開催日時:令和5年10月21日(土)9:00~18:00/22日(日)10:00~17:00
会場:オアシス21「銀河の広場」NHK名古屋放送センタービル「プラザウェーブ21」
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黒田直美
旅行業から編集プロダクションへ転職。その後フリーランスとなり、旅、カルチャー、食などをフィールドに。最近では家庭菜園と城巡りにはまっている。寅さんのように旅をしながら生きられたら最高だと思う、根っからの自由人。